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小池徹平の美声と三浦春馬の恍惚感 ミュージカル『キンキーブーツ』再演で見せた“自信”

リアルサウンド

19/5/2(木) 8:00

 小池徹平と三浦春馬がダブル主演し、連日、拍手喝采に包まれているブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』。本作は2016年に初演され、大盛況を博した作品の再演である。

 2013年に本場アメリカで産声を上げた本作は、トニー賞で最多となる13部門にノミネートされ、作品賞をはじめ、オリジナル楽曲賞、振付賞など6部門を受賞した作品だ。これを、音楽・演出・振付とブロードウェイ版そのままに、小池と三浦が主演、さらにソニン、玉置成実、ひのあらた、勝矢らキャストを擁して初演を迎えたのが2016年のこと。それから3年の時を経て、主要キャストが再集結し、パワーアップして帰ってきたのである。

【写真】『キンキーブーツ』での三浦春馬

 イギリスの田舎町・ノーサンプトンの老舗靴工場「プライス&サン」。主人公のチャーリー(小池)は父の急死により、経営難で倒産寸前のこの工場を継がなければならなくなってしまう。彼は若き社長として、幼い頃より慣れ親しんだこの工場を守るため、従業員たちの解雇という苦渋の決断も迫られる。そんなある日、彼は偶然、ドラァグクイーンのローラ(三浦)と出会い、ドラァグクイーンのためのブーツ・“キンキーブーツ”を作るという新たな道へと足を踏み出していくのだ。

 10代の半ば頃より俳優として活躍し、このところは映画・ドラマだけでなく、舞台でのアクティブな姿も評判の小池。キャリアを振り返ってみれば『WATER BOYS2』(2004/フジテレビ系)などの出演作もあるように、その身体能力は高く、それでいてミュージシャンとしての顔も持つ彼なのだから、ミュージカルとは小池のポテンシャルの高さを堪能できる格好の作品である。2013年のブロードウェイでの本家の公演、そして2016年の彼ら自身の公演の好評を受けての再演とあって、そのプレッシャーの大きさは推し量ることはできないが、やはり相当なものだったのではないだろうか。だが、彼の小柄な身体が広い舞台を所狭しと駆け回り、その美声が場内に響き渡ると、それは微塵も感じられない。彼が演じるのは“自身のこれからに迷う”という役どころだが、小池自身は座長の一人として自信に満ち溢れているように見えた。多彩な出演者たちを、その聞き心地の良い声で、その軽やかな身振りで、彼は率いているのである。

 もう一人の座長が、初演に続き、小池とともに本作を成功に導いている三浦。彼もまた幼少期の頃よりの俳優とあって、その経験値の高さはバイオグラフィーに連ねらている作品の数々を眺めてみれば、一目瞭然である。そんな三浦が本作で演じるのは、ドラァグクイーン。自身の“あるがまま”の生き方を貫こうとする彼の姿が、周囲にはエキセントリックなものとして映るが、その姿勢は、“自身のこれからに迷う”チャーリーの背を押すばかりだけでなく、観客である私たちにも勇気をくれるだろう。それは、派手な女性ものの衣装に身を包み、野太くも伸びやかな歌声を披露しながらステージ上で舞う三浦自身の姿とも重なる。再びドラァグクイーン・ローラとして舞台に立つことになった彼もまた自信に満ち溢れ、堂に入っているという以上に、その表情からは恍惚感すら見て取れるほどだ。キャラクターの特性上、演じるのが難しいのであろうことは素人目にも明らかで、それを2度に渡って演じることができるのは、彼の役者としての評価の高さの証明でもあるし、同時に、“替えのきかない存在”であることの証明でもあるだろう。それでいて、ステージ上で見せるのは自信ばかりでなく、やはり差別や偏見を肌で感じ取るローラの心情を、声の微かな震えなどに反映させることで、彼女の存在ばかりが特別ではないことをも教えてくれる。周囲の者たちと同じ、いたって普通の存在なのだ。それはつまり、私たちとも同じということである。

 こうして三浦の表現力の高さに唸ってばかりだが(多くの観客がそうだろう)、彼は今年の頭に上演された、ドストエフスキー原作の舞台『罪と罰』でも主演している。難解な言葉の数々が並ぶドストエフスキーの世界から、ミュージカルというまったく毛色の違う作品への精神的・肉体的な切り替え。そして何より『キンキーブーツ』は再演だとはいえ、『罪と罰』閉幕からたったの2カ月で、誰もが見惚れるローラ像を仕上げてきたことに、やはりただただ驚くばかりである。

 そんな小池と三浦のコンビを支える愉快な面々。ソニンと玉置は、チャーリーを巡る二人の女性のローレンとニコラを好演し、その好対照なさまは舞台に彩りを添え、ローラとたびたび衝突を繰り返すドン役の勝矢は、物語のアクセントとして作品をさらに力強いものとした。また、工場長・ジョージ役のひのの穏やかさが、祝祭的な作品である本作に落ち着きを与え、地に足の着いたものとしていたように思う。これは本作のメッセージがミュージカルの世界だけでなく、私たちの日常においても、何にでも置き換えられるシンプルで明快なものだと静かに表明する。

 “どんなときでも自分らしく”。そう高らかに謳われるテーマとともに強く印象に残るのは、やはり演者たちの肉体とそれらが奏でるリズムである。孤独な個と個が集まり、一体となるとき、「個」は「孤」ではなくなる。劇場の一体感が、私たちにもそう教えてくれるのだ。

(折田侑駿)

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