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岡田健史の演技になぜ心揺さぶられるのか 『中学聖日記』が描く理屈を越えた衝動

リアルサウンド

18/11/24(土) 6:00

 現在放送中のドラマには恋愛ものが多いが、それぞれにテーマが違っている。『獣になれない私たち』(日本テレビ系)は、文字通り獣になれない、つまり自分の思うがままに動けない大人たちの関係性を描いたものであり、『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)は、病気と向き合いながらお互いがどう進むかの話であり、『黄昏流星群~人生折り返し、恋をした』(フジテレビ系)は、人生の黄昏に向かう男女の最後の恋愛の灯とそれが不倫であるという話であり、それぞれになんらかの「枷」が存在している。

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 では、『中学聖日記』(TBS系)はどうなのか。やはり恋をするふたりが中学生と先生であるという「枷」がある。その「枷」が大きいほど話題にはなるし、その「枷」が、倫理的に認められないものであれば、人々の反応や共感、反感も大きくなるものだ。

 そんな中、ドラマスタート時は中学生で、現在は高校生になった黒岩晶(岡田健史)というキャラクターは、まっすぐすぎるくらいに先生を好きになる役で、演じる上でもかなり難しい役ではないかと思える。

 中学生のときの晶は、その年代だからなのか、衝動で突っ走ってしまうことが多かった。勉強合宿の最中に母親(夏川結衣)が倒れてしまい、合宿を抜けて電車に乗って家に帰るという場面では、その電車のドアが閉まる瞬間、担任の先生で付き添っていた聖(有村架純)の手を引いて電車に引き込んでしまうし、聖との関係が周囲に知られることとなり、聖が学校を去る別れの場面では必死に自転車をこぎ、転倒して顔に傷を作りながらも、走って追い続ける。

 そんな姿に、大人の視聴者である私たちは、晶の若さ故の行動に怖さを感じるのも事実であるが、同時にそんなシーンを演じる岡田健史の表情や動きに、理解を超えてぐっとこみあげるものがあったりもする。自転車で転倒し、起き上がったときの今にも泣きそうな表情が強く印象に残っている。それは、このドラマが始まるときには、予想できなかったことのような気がする。

 『中学聖日記』と対照的でいつも思い出してしまうのが、『獣になれない私たち』の登場人物たちのことである。こちらの作品では、大人がいかに衝動を抑え、周囲との調和をとりながら、それでも自分の欲望にどう折り合いをつけていくのかが描かれている。もちろんこちらの作品も面白く、またむしろこちらの登場人物たちの気持ちのほうが理解はしやすく、共感もしやすい。だが、それは、自分たちも理屈で生きている大人だからだし、それもある種の他人へのやさしさでもあると思っているからだ。

 しかし、『中学聖日記』の晶には、そんな理屈で生きるところが一切なく、そんな晶の態度は、好意を寄せられた聖ですらも戸惑わせてしまう。7話の放送では、離れ離れになっていた聖の消息を聞くや否や、高校生になった晶は「一秒」で先生のもとに走っていってしまうのだ。

 前述の通り、晶の行動は理屈ではないから共感はしにくい。しかも、それを演じる岡田ですらも、晶の気持ちを理解して演じることが難しい場面もあったと語っている。今の若い世代でも、こんなに衝動で生きている人は稀なのかもしれない。

 それでも、岡田が演じる晶の表情は、そのときの衝動を表しているし、理屈を超えたものとしても見えている。だからこそ、それを観ている私たちも、自分の理解を超えて、ぐっときてしまうのだろう。

 このドラマがスタートするとき、晶という重要な役を、芸能界に入って間がなく、プロの俳優としてまだ演じたことのないまったくの新人が演じるということが話題となったし、岡田健史が中学生というには大人すぎるという声もあったのは確かだ。しかし、今になってみれば、あれだけの衝動をあれだけまっすぐな表情で演じることが、演技の経験だけではどうにもならないことのようにも思えてくるのだ。(西森路代)

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