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岩井俊二の“原点”がここに 『Love Letter』とシンクロする小説『ラストレター』を読む

リアルサウンド

19/1/10(木) 6:00

 岩井俊二。淡く美しい、あの世界。1990年代以降を生きた多くの若者たちが通過した何か。

参考:松たか子、広瀬すず、福山雅治、神木隆之介ら共演 岩井俊二監督最新作『Last Letter』公開決定

 『PiCNiC』(1996)のChara、『スワロウテイル』(1996)の伊藤歩、『四月物語』(1998)の松たか子、『花とアリス』(2004)の蒼井優といった少女たちの眩しさ。そして、いつも彼女たちを前に困惑し、置き去りにされてばかりの、優しい男たち。

 岩井俊二が描く世界は美しいが、どこか閉ざされた世界でもある。『undo』(1994)の山口智子が、自分は飼うことのできない犬を散歩させている子どもたちを恨めしげに眺め、『PiCNiC』のCharaは、世界を終わらせたくて自分のこめかみに銃を当て引き金を引く。

 彼らは時に、閉ざされた世界から脱出を試みる。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(1995)の少年が、憧れの少女のために、思うままにならない世界からつかの間脱出するように。また、『スワロウテイル』の三上博史たちがニセ札と音楽で、自由を手に入れようとするように。

 岩井俊二は常に当時の若者の「今」を切り取ってきた。そして、『リップヴァンヴィンクルの花嫁』で2016年の現代を見事に切り取り寓話として昇華した。人々が「集大成」と声高に叫ぶ傑作を作り上げた彼が、新たに書き上げた物語は、自身の長編映画初監督作品である、中山美穂主演映画『Love Letter』(1995)という原点に立ち返る物語『ラストレター』である。そしてこれは、何を書いても「自分」と、初恋の女性の面影から逃れることができない中年の小説家の物語だ。

 既に松たか子、広瀬すず、福山雅治、神木隆之介、庵野秀明らの出演が決まっている、岩井俊二監督・脚本・編集の2020年公開予定作品『Last Letter』の原作である。他ならぬ岩井俊二監督自身の原体験が詰め込まれているという本作は、岩井の出身地である宮城県仙台市でのロケ、庵野秀明の出演が決まっているということで、ある作品が頭に浮かぶ。

 やはり故郷山口県宇部市を舞台に、主演である、恐らくは自身を投影したかのように見える「カントク」役に岩井俊二を配し、庵野が監督した映画『式日』(2000)である。岩井俊二は、故郷・仙台で、自身の一部分を投影しているのかもしれない小説家の物語を、今度は逆に庵野を道連れにして、描こうとしているのだろうか。

 『ラストレター』の中でも電車での別れのシーンで登場する夏目漱石の『草枕』の終盤、主人公とヒロインが駅で人を見送る場面で、「吾々の因果はここで切れる。(中略)世界はもう二つに為った」という一節がある。その言葉ではないが、『Love Letter』『ラストレター』共に(『ラストレター』の場合は一度同じ場所にいた人たちが別れ)もう交わることはないはずの複数の世界が、手紙を通して繋がっていく。

 『Love Letter』の2人の中山美穂は、片や小樽、片や神戸というそれぞれの世界において、文通する。だが、映画の中で、同じ役者が演じる2人が交わることは決して許されない。だから2人はあの代表的なワンシーンにおいて、一瞬目が合ったような気がするだけで、すれ違う。

 『ラストレター』における想い人たちは、過去と現在という時間に分断されて、もしくは死に阻まれて、すれ違うことさえ許されない。SNSの普及でより不器用になってしまった現代人ゆえ、登場人物たちは慣れない手で、時に誰かの手を借りながら、一方通行だけれども、大切な人を想う手紙を書き続けている。

 『Love Letter』が岩井本人も「オスカー・ワイルドの『幸福な王子』を意識している」と言及しているように、『ラストレター』もまた、もう1つの岩井俊二版『幸福な王子』だ。

 『ラストレター』の主人公・鏡史郎は、冒頭、鳩を飛ばしている。小説家という肩書きの名刺を持ちつつ、若い頃に書いた『未咲』1作しか小説を書いていない彼は、イベントで鳩を飛ばす会社で働いている。「鳩屋」にのめりこんだ理由を彼はこう説明する。

「『幸福な王子』に出てくるツバメのような。つまりモチベーションはゼロでありながら、巻き込まれ、引き摺られ、気がついたらそれが人生の優先順位一番になっているというような」(『ラストレター』文藝春秋/P.9)

 「鳩屋」に限ったことではない。まるで、映画『Love letter』において松田聖子の「青い珊瑚礁」、つまりは南の島に向かって走る歌を歌いながら、雪山で遭難し、落ちていった“ツバメ”たる藤井樹(少年期:柏原崇)が、中学時代、同姓同名の女子・藤井樹(中山美穂、少女期:酒井美紀)の名前をありとあらゆる本の図書カードの一番上に記し、図書室中に散りばめたように、鏡史郎もまた「未咲」が長い間人生の優先順位一番の存在であり、未咲への手紙を何通も送り続ける。

 そして「ツバメ」である藤井樹(男)と鏡史郎に対して、「幸福の王子」の役割を担うのが、中山美穂演じる藤井樹と、未咲である。彼女たちは自分の一部をもぎ取っていくかのように与え続け、衰弱し、未咲の場合、死んでしまった。

 『幸福な王子』のツバメは、与えすぎて全てを失い、遂には失明し世界を見つめることさえ叶わなくなった王子の肩に留まって、王子が見ることのできないさまざまな世界の話を語り聞かせる。そのように、この物語は、「君の人生の後日談」、つまり君(未咲)がもう見ることのできない、「彼女が本当に愛していただろう、彼女の周りの人々が生きる世界の話」を、鏡史郎がもう会えない「君」のために見て、語って聞かせる物語なのである。

 では、この小説をどう映像化するのか。この本にはいくつもの謎が隠されている。いわゆる岩井俊二的な「不自然に語られていないこと」、言葉遊びである。映画はそれをどう描くのか、あるいはあえて描かないのか。

 そして、うだつが上がらない中年男・鏡史郎を演じる福山雅治は、『Love letter』の中山美穂と同じく二役を演じる広瀬すずは、なにより『四月物語』以来約20年ぶりの岩井俊二映画の参加である松たか子は、その世界にどう佇むのだろうか。 (藤原奈緒)

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