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リズムから考えるJ-POP史 第4回:m-floから考える、和製R&Bと日本語ヒップホップの合流地点

リアルサウンド

19/5/6(月) 8:00

 1999年5月、Dragon Ash「Grateful Days feat. ACO,ZEEBRA」がリリースされ、散発的なヒットに留まらない日本語ヒップホップの本格的な流行に先鞭をつけた。和製R&Bの流行と、日本語ヒップホップの本格的なメインストリーム化はほぼ同時期の出来事だった。そこではDragon Ashのkjが非常に重要な役割を果たしており、Dragon Ashでのヒップホップへの挑戦のほか、Sugar SoulのEP『Garden』への客演でもヒットをもたらした。

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 m-floがインディーズデビューしたのは1998年10月のこと。和製R&Bのブームはすでに始まり、日本語ヒップホップのブレイクスルーが待ち構えていた時期だ。メジャーデビューは1999年7月。最初期の代表曲「been so long」は、ループ構造を持ったビートのうえでVERBALのラップとLISAのボーカルがかわるがわる登場する、日本語ヒップホップと和製R&Bの融合になっている。この段階では、日本流のヒップホップソウルを高いクオリティで実現した3人組、といった具合だ。もちろんそれだけでもすでにリスナーからも業界筋からも熱い注目を集め、期待がかけられたニューカマーだったのは間違いない。しかし、その本領はメジャーデビュー以後に花開く。

■クラブシーンとメインストリームをつなぐ革命、2ステップ
 同じ頃、具体的には1997年から1998年にかけて、イギリスで2ステップと呼ばれる新たな音楽ジャンルが誕生していた。ニューヨークのガラージハウスと呼ばれる種類のハウスミュージックが、イギリスのDJのあいだで独自の進化を遂げた結果、スピードガラージというジャンルが生まれたのが90年代半ば。そこからさらにリズムパターンを複雑に組み替えていくことで誕生したのが2ステップだ。

 構造的に見ればトリッキーでわかりづらい音楽ながら、J-POPではこの時期こぞって2ステップが取り入れられた。クラブシーン発の音楽でありながら、ボーカルとの相性がよかったことが幸いしたのだろう。時代はちょうど和製R&Bブームに湧き、パワフルなボーカルの魅力を武器としたシンガーが数多く現れたころだった。挑戦した主なミュージシャンには、原田郁子(テイ・トウワ「火星」2000年)、bird(「マーメイド3000」2001年)、平井堅(「KISS OF LIFE」2001年)、CHEMISTRY(「FLOATIN’」2002年)など。この並びを見るだけでも、2ステップがどのような歌い手と相性がよかったかが伺えるだろう。ややアクが強いが、魅力的な声と高い歌唱力を誇るシンガーばかりだ。

■複雑なリズムパターンによって生じるグルーヴの多層性
 リズムの観点から見ても2ステップは非常に重要なムーブメントだった。過去の連載で述べたように、ジャングルであるとか、2000年代のR&Bには“32分音符”によるグルーヴの多層性があったが、2ステップにも同様の傾向が見られる。

 2ステップは変則的なキックドラムとシャッフルしたハイハット、シンコペートするスネアの絡み合いによって“四拍子でBPM130”の軽快なビートを“1小節に2つのムーブメント”に感じさせる。MJ Coleの言葉をひこう。

――2ステップという言葉の意味、音楽の特徴は?
「[…]今は1小節の中に2つのムーブメントがある音って理解している。頭を1小節で上下に4回動かす代わりに左右に2回動かす音。それが僕の今の解釈だよ。[…]」
(『remix』2000年7月号、21頁)

 ややこしい話のように思えるが、不規則にシャッフルしてゆくキックやハイハットに翻弄されつつ、偶数拍のスネアで全体の“グルーヴ”を掴む感覚、というとまだわかるだろうか。これはあくまでひとつの解釈の方法であることに注意してほしいが、少なくとも、「どん、どん、どん、どん」とわかりやすく四拍子が感じ取れるハウスやガラージハウスとは異なる、より複雑で解釈の自由度が高いリズムパターンが展開したジャンルだ。

 こうした複雑なリズムを持つ2ステップは、自身も当時2ステップを手がけていたテイ・トウワによれば、硬直化したクラブミュージックのリズムに起こった革命だった。

「[…]どんどんスピードアップしていくと1小節の中でのグルーヴっていうのが限られていくわけだから、可能性が減ってったわけだよね。で、やっぱみんな同じことを求めちゃうじゃないですか。よりハードにとか、ずっとピークとか。やっぱり4つ打ちである限り限界はあるなと思ってたの。でもこういう形でそれを打破するとは思わなかったね。」
(『LOUD』2000年6月号、23頁)

 BPMが上がれば“グルーヴ”が制限されていく、という指摘は、前回論じたティンバランドが“BPMの基準を一気に下げる”ことでビートに革新をもたらしたこととパラレルだ。2ステップは、同じ問題に対する別の解答と言えるだろう。

■m-floの雑食性と「コラボレーション」
 前述したように、m-floはメジャーデビューまでは和製R&Bと日本語ヒップホップの折衷、いわば和製ヒップホップソウルだった。インディーズでのリリースをまとめたメジャーデビューEP『the tripod e.p.』の収録曲は和製R&Bもしくは日本語ヒップホップとしてくくれるものばかりだ。対してメジャーデビュー以降はビートの多様性が増す。デビューアルバム『Planet Shining』のオープニングチューンである「Ten Below Blazing」からして、BPMが170に達するジャジーなドラムンベースだ。後述するように、2ndアルバムではジャンルの多様性がいっそう増す。

 こうしたジャンルを横断する遊び心はプロデューサーを務める☆Taku Takahashiの嗜好を反映したものであり、また、異なるバックグラウンドを持つ3人が結成したm-floならではのアイデンティティでもあった。『Planet Shining』の時期、インタビューでTakahashiはこのように語っている。

T […]僕達は3人がそれぞれいろんな音楽聴いてるんで、そういう意味で出せるものがいっぱいある。だから、ジャンルにこだわって自分達の可能性をおさえることなく、どんどん新しいものを取り入れて常にフレッシュだと感じることをやっていきたい。それにはいろんなリスクが伴うし、うまくいかない可能性もある。けど、リスクを踏まないと新しいことは生み出せないから。
(木下充「M-FLO」『remix』 2000.1 pp.50-51, p.50.)

T 要はヒップホップもR&Bもドラムン・ベースもラウンジも全部好きなんですよ。だから自然に音として出てきた。また、伝えたいことをいちばん伝えられるサウンドを選んでいった結果でもある。そういう意味では意識的ですね。
(「m-flo」『remix』 2000.4 pp.20-22, p.21.)

 この後リリースされるシングル『come again』でm-floは、当時イギリスのみならず日本でもムーブメントが盛り上がっていた2ステップを大々的にフィーチャー。しかもグループ最大のシングルヒットにさえなる。このころのインタビューでTakahashiは2ステップの魅力を「何でもありだし、お約束ごとがない」(『remix』2001年5月号、14頁)と語り、自身のスキルやグループのアイデンティティを存分に活かすことができるジャンルと捉えていたことが伺える。さまざまなテクニックやチャレンジを詰め込める2ステップは、m-floにとっては絶好のジャンルだったのだ。

■ダンスミュージックの博覧会、『EXPO EXPO』
 順調に活動を続けていたm-floだったが、2002年4月にLISAがソロ活動へ専念するために脱退してしまう。以降、m-floはユニットというよりも、コラボレーションのプラットフォームになることで、さまざまな才能をポップスの領域に接続する役割を担うようになる。LISAは2017年末にm-floに復帰するが、ユニークな活動形態は変わらない。

 こうしたLISA脱退後の動向も興味深いが、本稿では、2ステップを始めとしたクラブミュージックとJ-POPの関係性を考えるため、LISA在籍時の作品から2ndアルバムの『EXPO EXPO』に注目したい。同作は彼らがほかのミュージシャンとのコラボレーションも取り入れつつ、ポップスのフィールドだからこそできるジャンル横断的なアプローチを実現した重要作だ。

 同作は、“ヘルメット型のシミュレーションギア”を通じた、バーチャル空間での博覧会を舞台とする。そのため、曲のあいだに挟まれるスキットは「正門」「東門」「南門」「中央タワー」「西門」そして「アリガトウ」と、ツアーを思わせる構成になっている。ツアー終了後にあたる最終曲に、音楽産業に対する辛辣なリリックが飛び出す「The Bandwagon」が配置されているのは、ここがフィクションの枠組みをとっぱらった現実に対する直接的な言及であることを示している。よくコンセプトが練られていると同時に、それをリアリティの側に引き戻すギミックも忘れない、きわめて戦略的なつくりだ。

 重要なのは、このアルバムは架空の博覧会にとどまらない、いわば“ダンスミュージックの博覧会”だという点だ。2ステップ、ドラムンベース、ヒップホップ、R&B、ハウス、さらにはスキットの「南門」には四つ打ちのテクノがBGMとしてフィーチャーされ、「Dispatch」には唐突にユーロビートが挿入される。

 これだけの多様なジャンルが同居するのは、クラブのフロアでも難しいだろう。いまでこそこうしたオールジャンルな選曲は珍しくないとはいえ、特定のジャンルやシーンから離れた、ポップミュージックというフィールドだからこそ可能なことだったはずだ。

■「come again」のリズム的技巧
 そして、このアルバムからカットされた最大のヒット曲が、「come again」だ。BPMは130と2ステップとしては平均的。しかし、このシャッフルしたアップテンポにあわせてラップするのは存外に難しい。半分のBPMでとれば遅すぎる。日本語と英語を織り交ぜることでリズムを柔軟にコントロールし、拍を的確に分割していくVERBALの卓越したスキルがあってこそのラップだ。

 もともと2ステップがボーカルをフィーチャーした音楽ということもあってか、LISAは2ステップをとても好んでいたようだ。とはいえ、スタッカートを数多く含んだ譜割りは、歌手にわかりやすい見せ場を提供するバラードとは異なる技巧を必要とする。加えて言えば、それは裏拍を的確に把握するヒップホップ的な“グルーヴ”の作り方とも違う。変則的なビートのうえで、いわば飛び石のうえをはねていくように拍を掴んでいく必要がある。「come again」で聴けるLISAのボーカルは、シャッフルの感覚を強調するために16分音符が多用されている譜割りを、ピッチを明晰にしてメロディの味を活かしながら、2ステップの“グルーヴ”の上に配置する、非常に巧みなものだ。

 ビートについていえば、頭サビが終わってからのAメロでは一小節の3拍目にスネアが配置された、いわゆるハーフタイムのリズムが組まれている。つまり、BPM130の16分音符とBPM65の32分音符の重ね合わせが生まれているのだ。前回論じた32分音符が生じさせる多層的な“グルーヴ”がここにも聴き取れる。しかし前述したように、2ステップというジャンル自体、キックドラムの単純な反復を取り払って「一小節のなかに2つのムーブメント」という特殊な“グルーヴ”をつくりだす音楽でもあった。いわば多層性がさらに折り重なっているわけだ。加えて、3分28秒から始まるVERBALのヴァースを支えるビートは、ジャズドラマーのソロのようなダイナミックなリズムと、エレクトロヒップホップのシンプルなリズムが入れ替わり訪れるさらに変則的な構成になっている。

 2ステップが持つ複雑さやそれに適応するための技巧を以上のように検討してみると、「come again」をはじめとした2ステップ歌謡がゼロ年代初頭にそれなりにリリースされ、チャートにも登ったことは異例とも思える。実際、2ステップはメインストリームの定番入りすることなくごく限られた時期のブームとして終わってしまうのだが、スタイリッシュなイメージと豊かな“グルーヴ”によって一定の人気を保つジャンルとしていまも若いプロデューサーを惹きつけ続けている。

 数ある2ステップ歌謡のなかでも「come again」はTakahashiのビート、VERBALのラップ、LISAの歌唱のどれをとっても2ステップ歌謡の持ちうるポテンシャルを解放しきっており、これからも参照されつづける名曲となるはずだ。(imdkm)

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