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ハンブレッダーズ、マカロニえんぴつ……若者に支持されるバンドたちの“青春”の描き方

リアルサウンド

19/5/7(火) 7:00

 10代から20代のリスナーから支持を集めるバンドは、「青春」を題材にした曲を歌っていることが多い。なかでもリスナーから絶賛を浴びるバンドの多くは「青春」の描き方が特有でありながら共感できる、そんな相反する要素を兼ね備えている。この記事では、いくつかのバンドの歌詞の傾向を参照しながら、彼らがどのように「青春」を描いているのか改めて考えてみたいと思う。

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 まずは、「青春」を題材にした歌を数多く歌っているハンブレッダーズから考えていきたい。このバンドの歌詞で描かれている登場人物は、いわゆるクラスの人気者ではない。学校のクラスで言うならば、教室の隅っこにいる、あまり目立たないタイプのキャラクターだ。ハンブレッダーズの歌詞では、そのような人物が共感するような「青春」のあり方が描かれているように感じる。そのことが示すのは、バンドメンバー自身がそのような青春を過ごしていたのかはともかく、ロックバンドの音楽は、クラス全体で聴かれるようなポップなものではなく、一部の熱狂的な人たちが聴くマイノリティーな音楽であるということだ。大衆的=ポップであり、アンチ大衆的=ロックというフォーマットに落とし込むことが、このバンドが描く「青春」そのものになっている。

 また、ロックバンドの音楽は、「青春」を楽しく明るく過ごすことができない人たちの味方であり、ライブハウスはそのような人たちが集える場所であり、隅っこにいる人たちが自由気ままに振る舞うことのできる解放された場所なのだ、というところまでを含め、「青春」を描いているように感じる。ロックバンドの音楽が好きな人が学校の中でマイノリティーなのかは定かではないし、地域や学校によって、その差はあるとは思う。しかし、ハンブレッダーズのようなある種の「ネクラな青春」を描くことが、バンドによる表現の王道となり、ある程度のリアリティーを持って多くの若者に受け入れられていることには面白さを感じる。なぜなら、その源流には00年代の銀杏BOYZやBUMP OF CHICKENといったバンドたちが築いた「青春」の描き方があり、ロックバンドの音楽が好きなリスナーにおける「青春」のリアルは、ここ15年ほどそこまで変化していないことを意味するからだ。銀杏BOYZのような音楽性をより正当に受け継いだtetoも、音楽に対する信仰心や、青春特有の自意識などの「青春」の描き方には、ハンブレッダーズと通ずるものがある。また、ハルカミライのように、やや開かれた言葉でキャッチーに「青春」を描いているバンドも、ベースにある感傷性は、他のバンドと似たようなものがある。

 ただ、これは歌詞における<僕>にスポットを当てた上での見方となる。ロックバンドの歌詞で描かれる世界は<僕>だけで成立するものではなく、多くの場合、<君>も同時に存在する。「青春」を歌う歌は自分語りになることも多いけれど、他者との関係性を通じた歌がほとんどだ。青春=甘酸っぱい恋愛だけにとどまらず、幅広い人間関係にスポットを当てて「青春」を描いてみせるバンドの中でも、特に繊細に他者との関わりを描きながら、人の心の機微を表現するバンドがいる。マカロニえんぴつである。マカロニえんぴつは、歌の主人公と<君>との関係性を通じて「青春」を描くタイプのバンドであり、<君>の喪失を歌うことで「青春」そのものの儚さをイメージさせる。ハンブレッダーズが当事者意識を強くして「青春」を歌っているのだとしたら、マカロニえんぴつは少し引いた視点、青春を終えた立場の人間からの視点から「青春」を描くというスタンスをとっているように感じる。

 このようにいくつかのバンドの「青春」の描き方を見てみると、スマホやSNSをはじめコミュニケーションが変容したと言われている昨今においても、意外と「青春」の描き方自体に大きな変化はないということがわかる。逆を言えば、変わらないものに強く惹かれる人ほど、「青春」を歌うロックバンドの音楽に強く惹かれるのかもしれない。いずれにしても、青春時代特有の心の機微だけは、どれだけ時代が流れても変わらないものなのだろうし、だからこそ、スタイルの違いや視点の違いはあれど、「青春」を描くバンドはいつの時代にも多く現れるのだろうと考える。(ロッキン・ライフの中の人)

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