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『ゲーム・オブ・スローンズ』はなぜTV史上初のグローバル大作となったのか 時代背景とともに考察

リアルサウンド

19/6/26(水) 6:00

 2019年春、人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』ファイナル・シーズン作り直しを求める署名がオンラインで過熱した。最終回を迎えた頃には100万の大台を突破。要するに、TV史上最大のグローバル人気を築いたこのファンタジー大作は、多くのファンを怒らせるかたちで幕を閉じたのである。その一方、こんなことも大真面目に語られていたーー「このシリーズが2010年代の象徴だからこそ、酷い終焉は必然なのだ」。一体全体、『ゲーム・オブ・スローンズ』とはなんだったのだろう?

 『ゲーム・オブ・スローンズ』は、中世ヨーロッパのような架空の大陸ウェスタロスを中心とするファンタジー大作ドラマだ。「鉄の玉座」に座す王が死去したことで、諸名家の勢力均衡がゆらぎ、争いと波乱が生まれる。大勢のキャラクターと複数ストーリーライン同時進行、史実をリファレンスした政治的リアリズム、ドラゴンや魔法などの状況を一変させるファンタジー要素など、とにもかくにも情報量が膨大なサーガになっている。なかでも特筆すべき魅力は「予想がつかない展開」だろう。シリーズ原作であるジョージ・R・R・マーティンの未完小説『氷と炎の歌』シリーズは「ファンタジーの典型・慣習」を打破する物語だった。たとえば「死」。選ばれしヒーローと思われたメイン・キャラクターが早い段階で殺されてしまったり、多くのキャラから恨まれる最悪な悪役があっけなく退場したりする。視聴者が既存作品ではぐくんできた「展開予想の勘」は、この残酷な世界ではあてにならない。俗に言う死亡フラグはいつなんどきも全キャラクターに被せられている。ファン集計によると、10話からなるシーズン1時点で、名前のあるキャラクターは28人死んだ。

 「フィクションのお約束」を破りつづける『ゲーム・オブ・スローンズ』は、その衝撃によって、世界最大のTVドラマとなった。2011年にリリースされるやいなやアメリカで旋風を巻き起こし、スター選手を起用したNBCオリンピック・キャンペーンでオマージュされるほどの国民的人気を築く。もちろん欧州各国でもヒットしたが、世界同時配信を心がけるHBOの尽力もあり、2015年ごろにはシンガポールやフィリピンなどアジア圏にも人気が広がっていった。対米貿易摩擦に揺れる中国で最終エピソード配信が急遽中止されるハプニングも起きている(当局にその人気を見込まれ対米威嚇に用いられたと推測されている)。こうして、『ゲーム・オブ・スローンズ』は「もっとも需要の高いTVシリーズ」としてギネス記録を樹立した。ファイナルにあたるシーズン8開始時点では、173カ国におよぶ同時配信、総勢38ものエミー賞受賞、またTorrentにおける違法ダウンロード数ですら史上最高レコードを保有していた。

 2011年より始まり2019年に終わった『ゲーム・オブ・スローンズ』は、まさしく2010年代を代表するポップカルチャーであったし、この時代に新たなるヒットの王道を築いたとも言える。「TV史上初のグローバル大作」と謳われたこの映像大作は、この時代でないと到底成立しなかった代物なのだ。じつは、2000年代にも『氷と炎の歌』実写化案はあったが、それらの中身は「ジョンかデナーリスどちらかを単一主人公に据えた大幅カット版の映画化」。もちろん全てご破算になった。創造主マーティンは、映画にするならば7作は必要だと考えていた。初作の興行収入が認められないと続編が動かない劇場映画システムでは不可能だった。何十時間もかけて大勢のキャラクターが思惑を絡ませ合い、複数のストーリーラインが同時進行する、ライト視聴にはまったくもって向かない映像作品……そんな構想を可能としたプラットフォームこそ、1シーズン10エピソード展開が可能な2010年代のTVドラマ産業、ひいては高予算と過激描写を可能とする有料チャンネルHBOだったのである。なにより、このときには、オーディエンス側の環境も整っていた。初見では主要キャラクターの認知すら困難なほどハイコンテキストなサーガは、ソーシャルメディアと相性抜群だったのである。「考察を繰り広げるオンライン・ファンダム」が『ゲーム・オブ・スローンズ』の活況を支えた。このドラマには、セリフどころか、衣装、髪型、小道具、背景、さらにはキャラが立っている場所にまで意味と伏線が巡らされている。原作と分岐する物語で「予想できない展開」が重なれば重なるほど、TwitterやRedditは考察合戦が燃え上がった。世界同時配信方針も功を成して、世界中のファンが国境を超えて盛り上がりを共有し、その規模を拡大させたのである。この前代未聞で掟破りのドラマは、その複雑さにより、放送開始たった1年で『スター・ウォーズ』や『ハリー・ポッター』を超える「もっとも献身的なファンベース」を味方につけていた(Vulture選)。

 2010年代の終わりには、『ゲーム・オブ・スローンズ』のような膨大な情報量でファンダムに考察させるコンテンツは常態化する。たとえば、意味ありげな結晶や石碑が議論を呼んでいる『アナと雪の女王』続編トレイラーは、あからさまに『スローンズ』的な伏線の蒔き方だ。新作「You Need To Calm Down」MVでオンラインの話題を独り占めしたテイラー・スウィフトは「『スローンズ』の情報の出し方を参考にしている」と公言済み。そして、2010年代ハリウッドを代表するMCUシリーズは、19作目となる集大成『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』において『スローンズ』を参考にした4~5ストーリーライン同時進行構成を採用し、ヒーローたちの勇姿と危機を描いてみせた。このメガ・フランチャイズとそのファンベースに関しては説明不要だろうーーつまるところ、2010年代最大のTVドラマと映画シリーズは、どちらも膨大な数のキャラクターと情報からなる複雑微細な物語を組み立て、考察に沸くファンダムの期待に応えるかたちで覇権を築いたのである。

 MCUインフィニティ・サーガと『ゲーム・オブ・スローンズ』が同時に終局を迎えた2019年春には、両フランチャイズについて多くのことが語られた。New York Timesの座談会では、2つの共通項として「ファンサービス」なる言葉が登場している。この表現は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』においてはわかりやすいだろう。中盤で展開される「タイム泥棒」は、過去作を観てれば観てるほど面白く、逆に一見さんフレンドリーとは言えない、ファンへの贈り物のような内容だったのだから。このとびっきりの「ファンサービス」にMCUファンダムが歓喜と祝福に包まれたことは言うまでもない。一方、『ゲーム・オブ・スローンズ』は暗雲に覆われていた。そう、一番最初の話に戻ろうーーファイナル・シーズンは不評がつづき、オンラインでは作り直しを求める署名が100万に到達。ファンの予想を裏切ることこそ「ファンサービス」と評されてきた『スローンズ』は、最後の最後に「めちゃくちゃな展開」とバッシングされることとなったのである。なかでも議論を呼んだエピソード5は評価が定まるには時間を要するだろうが……監督を務めたミゲル・サポチニクは、その際の演出について興味深い見解をIndieWireに示している。

「私にとってあのエピソードはオーディエンス参加型のイベントでした。視聴者があれを望んだんですよ。あれこそ、あなたがたが望んだことでしょう。ファンたちは血に飢えていました。復讐や報復のためにね。それを体現したのがあのキャラクターなんです。私は、そのことが実際なにを意味するのか見せたかった」

 『エンドゲーム』とは対極の「ファンサービス」ではなかろうか。多くのファンを怒らせた展開は、まさにそうしたファンに宛てられていたのである。ファンダムと共にフィクションの常識を打ち破りポップカルチャーの「玉座」に登りつめたシリーズは、最後、ファンたちをも戦火に巻き込んだ。

 『ゲーム・オブ・スローンズ』が2010年代を象徴する作品だからこそ「酷い終わり方」が正解とするトリッキーな論まで持ち上がった。このシリーズが「ミレニアル世代を定義するポップカルチャー」とされてきたことを考えれば、ある程度腑に落ちるだろう。ドラゴンが舞う中世風ファンタジーだったにも関わらず、『スローンズ』の子どもたちの運命は、2010年代を生きる若者たちの写し鏡だったのだ。最たる例はスターク家の長女サンサかもしれない。理想的な夫婦に愛されて育った彼女は、裁縫を得意として王子様との結婚を夢見る、つまりは社会の「女らしさ」模範に適合する少女だった。しかし「玉座」ゲームが始まったことで立場は一変し、性的暴行の被害にまで遭い、変わらざるを得なくなる。アメリカのミレニアル世代も同じだった。9.11と世界金融危機を通して成長した彼らは、親より豊かになれない年代とされる。2010年代に入ると、社会の価値観も大きく変わり、前世代まではなんとか通っていた「男女で結婚して懸命に働けば幸福になれる」信奉は機能を停止させた。まるでウェスタロスのように、それまでの常識は解体され、政治経済は荒れ狂い、気候変動が若者を襲いつづけた。子どもたちはカオス化した世界の生き残りゲームに投げ込まれたのである。だからUSA Todayのケリー・ローラーはこう書いたーー「スターク家と私たちの違いは、脅える対象がドラゴンか金利かということだけ」。さらにはこの10年間、社会の激変を下支えしたものにソーシャルメディアがある。それらプラットフォームが人々に力を与えた一方で、満場一致で肯定される正義や正解など存在しないことを露見させた。そして、人間たちは争いつづけ、ときに集うことで考えを停止させ、義を暴走させる。『スローンズ』の物語とその反響は、最初から最後までこの問題を指し示していた。サポチニク監督は語る。「決断の正誤に関係なく、我々を人間たらしめるものとは、自分自身への問いかけなのです。それをやめたらーー」。

 最後に、未来への問いかけをしよう。“史上初”のグローバルTV大作『ゲーム・オブ・スローンズ』は、“史上最後”のTV大作になるのだろうか? アメリカのメディア陣は悲観的だった。ストリーミング普及により供給と嗜好が細分化した今、「大衆がこぞって観るTVショー」は生まれ得ないとする論が飛び交ったのである。しかし、Voxのエミリー・トッド・ヴァンダーウルフは反対の立場をとった。『ブレイキング・バッド』どころか『LOST』終了時でさえ同じことが言われていたのだから、視聴形態が変わろうと大衆の心を掴む作品は出てくるはずだと。事実、現在は数々のスタジオがポスト『ゲーム・オブ・スローンズ』の座を狙ってファンタジー大作ドラマを企画製作している。たとえば、Amazonは『ロード・オブ・ザ・リング』『時の車輪』。Netflixは『ナルニア国物語』『ウィッチャー』『Cursed』、おまけに日本版『スローンズ』と噂される『Age of Samurai: Battle for Japan』。Showtimeは『キングキラー・クロニクル』、HBOは『ライラの冒険』、そして『ゲーム・オブ・スローンズ』スピンオフを予定している。これらのショーがどうなっていくかはわからないが……もし次なる『ゲーム・オブ・スローンズ』が生まれるとしたら、それは2010年代を征した「鉄の玉座」の幻影を燃やし、人々に新たな地平を見せる作品だろう。(文=辰巳JUNK)

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