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趣里の身体が奏でる音楽ーーダンスを披露した映画やMVから魅力を探る

リアルサウンド

18/12/8(土) 10:00

 映画初主演作『おとぎ話みたい』、そして最新作『生きてるだけで、愛。』、スクリーンにおける趣里さんの身体の圧倒的な強さと、肉体の奏でる音楽が溢れていました。

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 お母様の伊藤蘭さんの面影を映す、猫のような可愛らしいお顔。飄々とした独特のリズムはお父様の水谷豊さんを思い出させます。2012年からほぼ毎年舞台に出演され、演劇界で一目置かれる存在でしたが、近年はTVドラマでも『ブラックペアン』のクールな看護師、『とと姉ちゃん』の親しみやすい等身大の女性等々、くるくる変わる表情に確かな演技力で、着実に注目を集めています。

 趣里さんの身体の輝きは、人間の体が何倍にも拡大されてしまう映画のスクリーンにおいて、趣里さんにしか奏でられない音楽を奏で、大いなる力を発揮します。

 雑踏の中、少女がたった一人で踊るCOSMOS (おとぎ話)のMV。初めて観た時、その年齢を超越した佇まいと、体重を感じさせない妖精のような動きに驚きました。

 MVを観た後、映画館の暗闇で出会った、『おとぎ話みたい』の中で踊る趣里さん。

 映画のストーリーは、おとぎ話の音楽と、趣里さんのダンスと共に進みます。

 映画の中で音楽は背景に流れるBGMではなく、かと言ってセリフが歌となるミュージカルでもない。物語の52分間はおとぎ話のライブ時間と重なり、沸き起こる情動のスピードが、音楽と物語とで完全に一体化した、初めての映画体験でした。

 かつてない体験に心打たれ、家に帰ってすぐにスケッチブックに趣里さんの姿を描き写そうとしたけれど、絵に描くためにあの美しい動きを止めてしまうことに、大きな矛盾を感じました。

 主人公はダンサーを夢見て、地方の高校を卒業後、先輩たち(おとぎ話の4人)と一緒に上京を志します。廊下で掃除道具を放り投げて踊る姿、ライブハウスでダンサーとしておとぎ話と共演する姿、レッスン着で踊る姿、ラストの屋上のシーン……最も美しいのはあの「動き」なのに、オルゴールの蓋を閉じたら音楽が止まり踊り子は見えなくなってしまうように、絵に写した瞬間、彼女の「動き」は消えてしまいます。

 映画館で何度も上映され、ディスクでも再生可能なはずなのに、過ぎてゆくこの一秒一秒に美しさが詰まっていること。時間を止めてしまったら、美しさが消えてしまうこと。それは音楽体験で感じる儚い切なさと、全く同じでした。

 映画『生きてるだけで、愛。』の根底に流れている“たった一瞬でもいいから分かり合いたいと願うこと”、その一瞬の美しさ、かけがえの無さは、趣里さんの身体によって説得力を持って浮かび上がってきます。

 原作である本谷有希子さんの同名小説では、葛飾北斎の浮世絵『富嶽三十六景』の一枚、『神奈川沖浪裏』の巨大な波と富士山の構図を科学的に検証したところ、「1/5000秒のシャッタースピードで撮った写真が画の構図と寸分違わなくて奇跡!」(『生きてるだけで、愛。』より)というエピソードが象徴的に描かれ、本の表紙でもその浮世絵が引用されています。

 1/5000秒=人と人が分かりあえる一瞬というテーマは、映画では肉体そのものが表す瞬間的魅力に預けられていました。

 主人公・寧子(やすこ)が、布団にくるまってゴロゴロし、部屋の中をのそのそ移動し、カフェで失敗ばかりする場面の鈍臭さ。頭から血を流しながら街を全力疾走する姿、感情を爆発させ自分も周囲も傷つける姿、バイト先から脱走しラストに向かって一気に弾ける肉体の、静と動のコントラスト。

 寧子が寝坊した朝、目覚まし時計を自分の頭にゴツンと打ち付けた瞬間、映画館の隣の席から「ウッ」と知らない女性の呻き声が聞こえたほど、一挙手一投足がリアルに迫ってきました。

 人が他人と繋がれるのは、北斎が波の形状を捉えられた1/5000秒と同じくらいにほんの一瞬。だからこそ、その一瞬が眩しい輝きを放つはずです。

 バレリーナを志し海外留学するも、怪我によってバレエを諦めた経験を持つ趣里さんが、寧子の絶望と共鳴し、「この役は絶対に自分が演じたい」(『生きてるだけで、愛。』パンフレットインタビューより)と、熱意をもって寧子を演じきっていたこと。

 朝が来ているのにどうしても起きられない、布団から出られない。寝てはいけない時に眠ってしまい、眠らなくてはいけない時には目が冴えて、いつの間にか外は明るくなっている。光り輝く朝焼けの虚しさ。普通の人が普通にできている日常生活がどうしてもできない自分への絶望感。自分は自分から決して逃げられない、どこまで行っても自分でしかない辛さ。映画の中の風景が美しければ美しいほど、その絶望感が際立ち、息が詰まりそうでした。

 そんな中で、爪の先と爪の先がほんの一瞬触れ合うくらい微かに、自分以外の存在と繋がれる時間が人生にあること。津奈木(菅田将暉演じる寧子の恋人)が、滅茶苦茶な寧子を美しいと感じたその一瞬。

 絶望が深ければ深いほど、一瞬の輝きは強く刻まれます。

 寧子のようにエキセントリックな表し方でなくとも、「生きているだけでしんどい」という絶望は誰もが味わうもの。

 この世のすべての人が、一人一人別々の形の絶望を抱えているけれど、わかりあえる一瞬がある。

 趣里さんの身体が奏でる音楽がフィルムに焼き付けられる時、その一瞬が自分の人生にも存在するかもしれないと、信じることができるのです。(松村早希子)

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