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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

現代日本を泳ぐ気鋭のクリエイターに聞く「現代クリムト講座」

菊地成孔とクリムトは、空港である

特集

第7回

19/4/13(土)

現代クリムト講座の第7回は、音楽家・著述家として活躍しながら、幅広く活動を続ける菊地成孔さんに話を聞きます。ジャンルを横断して活躍するために、2人はどんな方法論を身につけたのでしょうか。

文=田尾圭一郎(ライター)

5ヶ月の娘を連れて、海外旅行に出かけた。しかも長時間のフライトとなる欧米だ。慣れない環境に苦しむ彼女をなんとか寝かしつけ、ホッとするのだが、どうやら近くの席にも同い年ぐらいの幼児が乗っているらしく、泣き声が聞こえる。そうすると、不思議と熟睡していた娘が共鳴するかのようにビクリと身体を動かし、反応するのだ。様々な機械音や動作音で氾濫している機内において、彼らは仲間の声を聞き分け、そして自らの存在を同様に主張するのだ。「私はここにいる!」

クリムトはたしかに19世紀末ウィーンを代表する画家でその中心人物と言えるが、美術以外の分野においても世紀末の芸術は爛熟した。アール・ヌーヴォーが生命を希求し若木のように茂ると、その対となる“死”についてアーティストたちは議論を深め、グスタフ・マーラーは庶民舞踊だったワルツにそれをまとわせた。クリムトももちろん、生と死をモチーフにし、《ベートーヴェン・フリーズ》にはマーラーをモチーフにしたといわれる人物も描かれている。つまり、広義の“芸術家”である彼らは呼応するかのように、同時代の空気を感じ取り、各々の分野において同質の表現を試みた。19世紀末ウィーンとは、そういう時代だった。

クリムトの興味深い点は、多分野で展開される同時代性を、彼自身も横断し、多面的に展開していたことだ。「影響を受けた」に留まらず、画家でありながらファッションやデザインも発表し、ジャンルを飛び越えた。物理的にも、そして文化的にも、まるで国際空港のように、外に開いた19世紀末ウィーンにおいて、観光客よろしく、クリムトは様々な芸術分野にアクセスし渡るフライトチケットを持っていたのだ。

菊地成孔から話を聞くとき、「この人もまたフライトチケットを持っている」と感じた。音楽家としてプレイヤー/プロデューサーという立場を往復し、また著述家として様々なジャンルについての寄稿もしている。「影響を受ける」に留まらず、実際に多ジャンルにアクセスしているのだ。それはどのような意識のなかで行われているのだろうか。

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