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関和亮

映像で音楽を奏でる人々 第8回 関和亮は“映像メディアのバブル”の中で何を目指すのか

ナタリー

18/12/27(木) 12:06

ミュージックビデオ制作をはじめ、さまざまな形で音楽に関わる映像作家たちに焦点を当てるこの連載。今回登場するのは、PerfumeのMVやアートディレクションをインディーズ時代から数多く手がけ、最近では星野源の一連のMVを制作している関和亮だ。

関の作品の特徴は、観る者に「その発想はなかった」と思わせる、アイデアに富んだインパクトのある映像だろう。そのアイデアの源泉がなんなのかを探るべく、この記事では彼に自身のキャリアを振り返ってもらった。また、最近ではドラマ制作にも積極的に取り組み始めたりと、活躍の場をさらに広げ続けている彼に、今後の展望についても話してもらった。

あの子たちに出会ったことは僕の中で一番の転機

僕はもともと音楽好きだったんです。高校生の頃はUKロックとかが好きだったんですけど、長野の田舎に住んでたから都会みたいに情報が得られなくて、30分くらい電車に乗って長野駅の輸入レコードショップに通ってました。当時は今やってるような裏方の仕事には特に興味はなかったけど、ちょうどその頃“ジャケ買い”という言葉が使われるようになって自分もジャケットデザインに惹かれたり、情報収集の一環で夜中に毎週欠かさず観てた「BEAT UK」とか「ミュージックトマトJAPAN」でMVについて興味を持ったりした気がします。それで高校3年生になって自分の将来をどうするかとか考えたときに「これを仕事にできたら面白いな」って漠然と意識するようになって、浪人して東京の大学に入ったんです。

でも期待に胸を膨らませて田舎から上京したのに、大学の空気になじめなくて。ゼミでも一番後ろの端っこの席に座ってて、だんだん行かなくなって3カ月くらいで不登校になっちゃったんですよ。ただその頃はもう「学校を出たら映像の仕事に就きたい」って気持ちだったから、「大学行かないなら行かないで、すぐ映像制作を始めよう」って思って次の年から映像系の専門学校に通うことにしたんです。そしたら運がいいことに、アルバイト先の店長が「知り合いに映画監督がいるから紹介する」って言って現場に連れて行ってくれて。助監督さんにガムテープを渡されて「これは映画業界では“ガバチョ”って呼ぶんだ。ガバチョって言われたらお前これ持ってこい」みたいに。ちなみに専門学校の授業はもう始まってたんですけど、現場に行くほうが楽しいし、学校も「撮影現場で仕事してるんだったら一応授業に出たことにしてあげる」と言ってくれたので、半分くらいしか出席してないけど卒業させてもらいました。

そしてその頃に、トリプル・オーというデザイン事務所の社長、永石勝さんと出会って、僕もトリプル・オーで働くことになったんです。プロデューサーの金子富美さんから「学校卒業したらどうすんの?」って聞かれて、何も考えてないって答えたら「そんなんだったらうちで働いてみない?」って。それからアシスタントとしていろんな仕事を手伝いながら、いろいろなスキルを身に付けていきました。デザインとか写真はそれ以前に勉強したことはなくて、会社に入ってからイチから学び始めた感じです。

トリプル・オーに入ったのは20歳で、24歳くらいから女性シンガーとかバンドのMVを監督するようになりました。で、26歳の頃に初めてPerfumeを担当することになるんです。「CAPSULEの中田ヤスタカが曲を作る、女の子3人組のCDジャケットをお願いしたいんだけど、若手で誰かやれる奴いないか」って話が回ってきて、聞いた瞬間に自分から「やります!」って(笑)。それで「モノクロームエフェクト」っていうシングルのCDジャケットを作らせてもらって、スタッフの人に「僕は映像も作ってるんで、今度よかったらぜひ」みたいなことを言ったら、次の「ビタミンドロップ」ではMVを監督させてもらえて。それ以来ずっと関わらせてもらうようになりました。Perfumeが売れ始めて僕のこともいろんな人から認知してもらえるようになったので、あの子たちに出会ったことは僕の中で一番の転機ですね。

CDバブル時代より、今のMVのほうが健全でいいと思う

僕の世間的な認知度は、サカナクションの「アルクアラウンド」のMVを作ったことでもう一段上がりました。あれは広告業界の人だったり、音楽界隈じゃない人たちがすごく話題にしてくれたんです。

このMVを手がけたのは、後藤正文くん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)がやってる「NANO-MUGEN FES.」ってイベントに仕事で参加したときにサカナクションを初めて観て、「こんな面白いバンドがいるんだ」って驚いて、「この人たちと仕事をしたい」って言ったのがきっかけなんです。ちょうどこの頃“バズる”っていう言葉が使われ始めたくらいの時期で、「カッコいい映像よりもTwitterで拡散しそうな面白い映像を作ろう」っていうのを目標にしてMVを作りました。このMVが実際にバズって、話題がネットで徐々に広がっていくのを見るのは面白い体験でしたね。今じゃ当たり前ですけど、それ以前はテレビでMVが流れても作った人には評判は伝わってこないものだったので、「ここが面白かった」みたいな感想がどんどん流れてきたのは新鮮でした。MVが何を目的に作られるのかは、あれくらいの時期から明らかに変わったような気がします。ひたすらカッコいいものを作るのもいいけど、面白ければテーブルの上だけで全部済ませたような映像でもOKと言うか。「お金をかければいいってもんじゃない」って言う考えが如実に表れてきたように思います。

そしてこの頃から僕は、MVを作るときに「人と同じことをやっても勝負が付きづらいから、違うことをやろう」と考えるようになりました。CDバブルの時代からこの仕事を経験していたからわかるんですが、スタジオにセットを何個も組んだり飛行機を飛ばしたりみたいな、すごいお金のかけ方をしていたあの頃の映像を超えるのって相当大変なことです。

とは言え、今のほうがMVを作るのが難しいかと言うと、それは逆で。年に何枚もミリオンセラーがあった時期って、MVは「That's 宣伝物!」って感じで今よりも広告の要素が強くて、「とにかくお金をかければいいんでしょ?」って思われてたところがあるんです。だからクリエイターは「これだけお金を出すんだから絶対すごいのを作れよ」っていう圧がかけられてたし、クライアントからの理不尽なダメ出しも多かったんですよ。でも今はそんなに予算をかけられないから、クリエイターとクライアントの間に「お金がない代わりにがんばって面白いものを一緒に考えよう」っていう空気が流れるようになってきました。僕は今のほうが健全でいいと思います。YouTubeが登場して、MVを1つの作品として長く楽しんでもらえるようになったし。

予算がかけられなくなってきた一方で、機材はどんどん手頃になってきていますよね。最近だとiPhoneでMVを撮るっていうのも珍しい話じゃないし、もうどんな機材を使ってるかはクオリティとは関係ないんだなって思います。むしろ、機材が軽くて小さいことを生かせる映像が作れるようになってきて面白いです。星野源くんの「アイデア」なんて、カメラを70台以上用意して撮ったんですよ。昔だったらそんなこと考えられない。でも今は、広いスタジオにセットを作るのと比べて全然少ない予算でそれができるんです。

ちなみに星野さんはすごくダンスが好きな人で、ダンスが音楽のグルーヴ感をより際立たせると考えているように思うのです。最初に「SUN」のMVを担当することになったときに、星野さんから「踊りたいんですよね」って言われたので、「踊るなら振付師が大事になってくるから、MIKIKOさんにお願いするのはどうですか?」って提案したらすごく喜んでくれて。それ以来「アイデア」までずっと連続で僕がMVを作らせてもらっています。

今の時代だから作れたMVといえば、ドローンで全編ワンカット撮影したOK Goの「I Won't Let You Down」もそうですね。あれ、最初は全部をドローンで撮ろうなんて思ってなかったんですよ。カメラマンがクレーンに乗ってステディカメラで撮るつもりだったんですけど、撮影中のカメラを手渡ししながらつないでいくのがどう考えても難しくて。そしたらカメラマンの奥口陸さんが「頭から全部ドローン1台で撮ろう」って言い出して。最初に聞いたときは「なに言ってんだこの人」って思いました(笑)。今ではドローンで映画撮ったりするのも普通のことになってきましたけどね。

映像制作はソフトウェアもどんどん優秀になっています。昔は撮影時にフォーマットをそろえないと、編集が難しくなったりワークフローがややこしくなったりして大変だったんですけど、今はiPhoneで撮ろうが、ARRIFLEXのすごいカメラで撮ろうが、ADOBEのPremiereみたいなソフトなら、どんなデータも混在させたまま編集できちゃう。最近なんて、撮影した次の日に事務所に素材が届いて、それをそのままPCに入れてすぐ編集を始められるから、楽になりましたよ。

僕は今「こんなMVを作ってみたいな」と思っています

MVのアイデアに関しては、普段からネタをストックしておくことはないです。技術とか機材の新しい情報についてアンテナを立てて「今はこういうライトがあるんだ」みたいなことを知っておく、というのはありますけど、「こういう映像を撮ったら面白いから今度誰かのMVで使おう」っていうのは今まで一度もないかもしれない。よく「前にボツになったネタでもいいので何かないですか?」って言われるんですが、それはその曲だから思い浮かんだネタなので、曲が変わったら合わないと思うんですよね。MVの場合は楽曲自体がお題みたいなものだから、サウンドに特徴があったりテーマが強かったりしたらそこからどんな映像にするのかを考えてますし、「このアーティストは誰にこの音楽を届けたいんだろう?」みたいなことからアイデアを出すこともあります。なので「何をしてもいいしお金も無制限に使っていい」って言われるよりも、「この小さい部屋の中だけで全部済ませてください」って言われるほうが燃えます。

例えばPerfumeの「Let Me Know」は、MIKIKOさんから「ほかのアルバムの曲で衣装を着たMVを作るから、今回はリアルな3人を撮ったほうがいいと思ってる」っていう話があったんですよね。それを受けて僕からいくつか提案した案の中に、この「バスに乗ることを人生と掛けて、過去の自分たちに会う」っていうストーリーがあったんです。Perfumeでドラマを撮りたかったんですよ。自分が最近ドラマを監督してるからというのもあるけど、昔からPerfumeでドラマをやりたくて「MVとして15分くらいある映画を作ってみよう」っていう企画を出したこともあって。もし彼女たちがヤダって言わなければ、いずれセリフがあるものも撮ってみたいですね。

MVを作るうえで意識しているのは、観る人がいろんなことを考えられる幅を持たせるというか、余白を残すことですね。MVはいろんな場所でいろんな時間に観られるものなので、どういうシチュエーションやタイミングでもいろんなことを感じてもらえる映像にしたいなと思ってます。

僕が今「こんなのを作ってみたいな」と思ってるのは、例えば、観る回数によって、あるいは観る場所によって別の映像になるMV。普通は1曲に対して1つのMVがあるのが当たり前ですけど、そうじゃなくて「観るたびに映像が違う」みたいなものが作れたら面白いだろうなと思います。ただ、それがいいことなのかどうかはわかんないですよ? 「やっぱりこの曲にはこの映像だよね」みたいに、「曲と映像はしっかり結び付いてないとダメだった」っていう結論になるかもしれないし。新しいことに挑戦しているかどうかと、それが受け入れられて普及するかどうかは別の話です。だからこそ、それを確かめる実験として実際に作ってみたいですね。

MVのように作り方のルールが決まっちゃってるようなものでも、何か新しいことができる余地はいっぱいあるはずなんです。そして、それを可能にしてくれるのがテクノロジーの進歩なんだろうと思うんです。

ある意味、映像メディアは今バブルなんです

気付けばもうこの仕事を20年以上やってるんですけど、僕が20代のときに当時40歳ぐらいだったMV監督さんが何をしていたのかを考えると、MVだけじゃなくて違うフィールドを開拓しようとしていたと思うんですよね。僕がすごくお世話になった永石さんと中野裕之さんがいつも「とにかくコンテンツを作らないといけない」って同じようなことをおっしゃっていて、実際に映画も撮られていたんです。僕も、MVやCMの業界にいる人がほかのコンテンツを作るのが当たり前になったらいいなと思っていて、最近ではそれを自分から率先してやってみようと思い始めたんです。MVもCMもクライアントありきで「自分のものじゃない」という感覚があるから、自分の作品として残るものも作っていきたいなと思って。

それで去年から「下北沢ダイハード~人生最悪の1日~」とか「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」っていうテレビドラマの監督をやらせてもらったんです。2019年1月期にはフジテレビの木曜ドラマ「スキャンダル専門弁護士QUEEN」の演出もさせてもらうことになりました。MVはビジュアルを見せることが重要だけど、ドラマはストーリーや芝居がメインだから、今までやってきたこととまったく勝手が違うのでイチから勉強って感じでしたね。ただ、一般的なドラマの撮り方のセオリーをある程度崩して、カット割りとかを躊躇せず大胆にやれてるのは、これまでMVを撮ってきた経験が生かされてるのかなという気がします。

僕は2017年にトリプル・オーから独立して、株式会社コエを設立しました。ディレクターカンパニーというか、アーティストをいっぱい抱えたマネジメントのように、監督とかが所属する会社にしていきたいと思ってます。会社を作った理由はさっき言った「ドラマのようなコンテンツを手がけていきたい」というのが一番大きいです。今までもできたっちゃできたんですけど、ドラマに携わると3カ月くらい不在になっちゃって会社にかなり迷惑をかけるので、果たしてそれでいいのかなと思って。トリプル・オーは居心地がいいし、何もできない頃からずっと長くお世話になったんでいろいろ考えたんですけど、ドラマとか映画とか新しいフィールドに踏み出すなら環境を変えてみようと思ったんです。

実際に独立してみて、自分のことだけ考えていればよくなったので、ちょっと気が楽になりましたね。今まではチームや組織の中でやってきたので、自分のことだけでなくいろんなことを考えなきゃいけなかったんです。今は仕事の数をそんなに詰め込まないようにしてるのもありますが、ほかのことを考えずに集中してじっくりできるようになったのは大きな変化です。

今後、自分の映像制作の軸足をドラマなどに移していく可能性はあると思います。やっぱり「残るものを作っていきたい」っていう気持ちがあるので。それに今はドラマを流せるメディアがいっぱいあって、テレビじゃなくてもスマホやPCで観れたりしますからね。NetflixもあるしAmazonプライムビデオもあるし、そういう意味では映像メディアは今バブルなんです。MVだってそのうち「スマホで観る人しかいないもの」になるでしょうね。メディアが増えるっていうのはそういうことだと思うので。

機会を待ってるだけじゃ、誰もやらせてくれない

「どうやったら監督になれるんですか?」みたいなことはわりと聞かれるんですけど、今の時代は機材やツールはたくさん転がってるから、まず作りたいものを作ればいいんじゃないですかね。機会を待ってるだけじゃ、誰もやらせてくれないと思うので。勝手に作って「僕、監督です」って名乗っちゃえばいいんですよ。僕も最初にPerfumeのCDジャケットを作ったとき、それまでCDジャケットを作ったことは1回もなかった。でも「できるんすか?」って聞かれて「できますよ」って答えたから今があるわけで。もちろん嘘をつくのはよくないと思うんですけど(笑)、今は昔と比べたらスキルを身に付けやすいし、作ったものをネットにアップしたりとか発表の場もあるし、「どうしたらできるんだろう」って悩んでる暇があったらやり始めたほうがいいです。

そのうえで、MV監督としてやっていくのに必要なのは「1曲に対してどれだけ集中できるか」ということだと思います。MV制作は仕事のスパンが短いので、「一気に作って一気に帰る」みたいなイメージがあります。それができる集中力があるとか、スイッチが切り替えられる人は向いてる気がしますね。時代的にスピード感が求められてる部分はすごくあるので、面白いと思ったことをフットワーク軽くすぐ形にできる人は強いと思います。

関和亮が影響を受けたMV

ゆらゆら帝国「夜行性の生き物3匹」(2003年)

超名作だと思います。ひょっとこのお面をした人たちが阿波踊りをしているところを正面から撮ってるだけのMVなんですけど、1つのことを1つのシチュエーションでやってる映像の中で、これが一番面白いんじゃないですかね。「白ホリをバックに踊ってる」っていう意味では、例えばCOMPLEXの「BE MY BABY」もそうですけど、このMVには何か違ったよさがある。影響を受けたっていうか、度肝を抜かれたって感じですね。

これを作った山口保幸さんは以前よくお手伝いをしていたんですけど、MV監督としてレジェンドのような方で。フリッパーズ・ギターの「Cool Spy on a Hot Car / クールなスパイでぶっとばせ」を信藤三雄さんと一緒に監督してたりするんです。山口さんはすごい。この連載で山口さんに取材してくださいよ。「レジェンド監督から見た今のMVの状況」とか、僕も聞いてみたいですもん。

マイケル・ジャクソン「Black Or White」(1991年)

曲名は「黒人か白人か」っていう意味なんですけど、マイケルがダンスしながらシームレスに世界中を渡っていくことで、国や人種には壁がないってことを表現してるんです。ラストシーンではいろんな国の男女の顔をモーフィングしてて、当時としてはすごい技術を使ってます。たぶんモーフィングをやりたかっただけなんだろうなって気はするけど、「みんな同じ人類」みたいなメッセージに落とし込んで、その技術を使う必然性を持たせてるのがいいですよね。マコーレー・カルキンを出演させたりとか、そういう遊び心があるところもいいと思います。

取材・文・構成 / 橋本尚平 撮影 / 梅原渉

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