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ついに田中圭が家出を決意 『獣になれない私たち』引きこもり・黒木華は本当に悪なのか?

リアルサウンド

18/11/8(木) 13:50

 ある日目覚めたら、突然魂が抜けてしまったかのように身体が硬直して動かなくなる。今から行くべき場所の無機質な白い壁に、莫大な恐怖心を覚えてしまい、ベッドから抜け出すことができなくなってしまった。これが、わたしが引きこもりになった日の朝だった。

参考:直接対決となった晶(新垣結衣)&朱里(黒木華)【写真】

 11月7日に放送された『獣になれない私たち』(日本テレビ系)の第5話では、晶(新垣結衣)の恋人・京谷(田中圭)の家に、4年も住み続ける朱里(黒木華)の人生の1つのチャプターに幕が降りた。晶と京谷の関係を壊す、2人の恋の“がん”と言っても過言ではない朱里にはバッシングも多い。何も努力せず、口だけが達者。あの手この手で、京谷の家から出ていこうとしない。そういった声はすべて正論で、一字一句うなずけるものだった。「甘えだ」なんて言われたら、返す言葉もない。

 それでも、そういう言葉を見たときに、「でも……」と朱里をかばってしまうのは、わたしの心に朱里が宿っているからなのだろう。ただ、面白いことに朱里のこれまでを紐解いていくと、晶にも松任谷(伊藤沙莉)にも朱里のような部分が存在しているのである。

 これまで明かされてきた朱里のプロフィールはこうだ。人付き合いが苦手で社内で孤立した朱里は毎日のように「会社をやめたい」と当時の彼氏の京谷に打ち明けていた。貯金もなくて、会社を辞めても家賃が払えないと頭を抱えた朱里に、京谷は同棲を提案し、救いの手を差し伸べた。しかし、面接をすっぽかすなどをして朱里は無職を続行。その間に、京谷は晶と意気投合し、ついには付き合うことになる。そして朱里は「仕事が見つかるまでここにいていい」という条件で、京谷から別れを告げられた。その後4年間引きこもり、ネットゲームとマンガを読む生活を続けている。

 で、前途した晶にも松任谷にも朱里のような部分が存在しているというのは、人々が持っている(あるいは、無理やり作り出している)社会性や理性を1枚1枚剥いでいくと朱里のような人間が出来上がると考えるからである。例えば、晶の場合、特別チーフクリエイターという肩書きをつけられ、社長の九十九(山内圭哉)から休日の間に28件の業務を押し付けられるほど忙しい日々を送っていた。晶の中のなにかがプツっと切れてしまい、第5話で晶は「幸せなら手をたたこう」の鼻歌を歌いながら“イエスマン”と化した。第1話では電車のホームに思わず飛び込もうとしてしまった晶だが、朱里もオーバードーズし緊急搬送された過去があるという。仕事のストレスから、壊れそうなのが晶、壊れてしまったのが朱里と言えるだろう。そう思うと、誰しもの中に朱里の人格は存在し、頑丈でない理性の吊橋を危なっかしく渡っているのが人間なのではないかと思う。

 また、松任谷が佐久間(近藤公園)になぜ転職しないのか聞かれたとき、彼女は「新しい環境に行くのがいや」「慣れた場所で、ずっとずっとぬるま湯につかっていたい」とさらりと明かす。それは第4話で派遣の面接で朱里が出した、「朝早いのは嫌」「遠距離は無理」「電話は取りたくない」という条件を緩くしたバージョンのようにも見える。松任谷の場合は高すぎるコミュニケーションスキルがあるゆえに、今の場所に滑り込めたものの、他社でのプレゼンテーションの場ではひどく緊張してしまう一面を考えると、朱里が抱える“見知らぬ環境への恐怖”は松任谷にも存在している。

 世界的に社会というのは、内向的な人よりも外向的な人が優遇されるようにできている。これについては、作家のスーザン・ケイン氏がTEDで行ったスピーチで詳しく語られているので、興味がある方は見てほしい。要約すると、小学校の頃からグループ作業が求められ、協調性のない子は最悪の場合、問題児としてみなされてしまう。社会に出ても、他人の目や雑音の中で仕事をせねばならず、内向的な人はリーダーシップが求められる場所から外される、というもの。研究によると外向的な人より内向的な人のほうが、成績が良かったり、リスクを避けられたりする利点があるのに、プロジェクトからはなぜか除外されてしまう傾向にあるそうだ。ちなみに、人口の3分の1から2分の1は内向的だそうで、ほとんどの人が少し無理をしながら社会と向き合っている。(映像を見るとわかるが、決して外向的な人を否定する内容ではない)

 もちろん外向よりの内向的な人もいるし、内向よりの外向的な人もおり、そのバロメーターは人それぞれ。そのバーを極限まで内向的まで振り切ったのが、きっと朱里で、朱里の周りにはそれを理解して救済してくれる人がおらず、社会と心の齟齬が朱里をあの部屋に閉じ込めてしまったのだろう。京谷が家を出ていく際に映った朱里の足は、きれいにペディキュアが塗られていた。それは、職なし、友人・恋人なしで、すべてを失い、クタクタになったジャージで過ごす朱里の最後の社会性のように見え、一層彼女の人生の切なさを増していた。

 OECD(経済協力開発機構)が昨年公開した報告書では、30歳未満の推計32万人(この年齢層の約1.8%)が引きこもり状態にあるのだそう。引きこもるというのは必ず誰かに迷惑をかけるし、理解ができない人がいて当然だ。でも、あなたの中の引きこもりの人格が活発に活動しなかっただけであり、あなたの中の片隅に、朱里が存在している可能性はゼロとは言えない。現にわたしも、予兆なしに突然身体が動かなくなってしまった。

 そのときを振り返ると、晶が朱里のうさぎをなでていたときに、強引に引き戻した彼女の姿があまりにもリアルで怖かった。四面楚歌で光が見えなくなってしまった朱里は、新しい環境に進むどころではなく、今ある自分のものを守るので精一杯だったのだ。「うさぎまで手懐けないで」。下を向きながら話す朱里からは、そんな声が聞こえた気がした。家を引き換えに、京谷を失った今、彼女は新しいストーリーを綴ぐことはできるのだろうか。(阿部桜子)

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