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米津玄師の求心力はどこから生まれるか? 最新ツアーに見た“変化し続けるカリスマ”の姿

リアルサウンド

19/3/27(水) 12:00

 一挙一動に注目が集まるという点で、今の米津玄師ほど強力な求心力を持つアーティストは稀だろう。特に「Lemon」ヒット以降の彼は国民的スターと呼べる存在となりつつある。では、米津玄師の求心力やカリスマ性はどこから生まれ、どんな特徴を持っているのだろうか。それに対するひとつの答えが、3月11日の幕張メッセ『米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃』最終公演のステージにあった。

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 「Flamingo」で幕を開けたこの日のライブ。鉄骨で組まれたステージセットは一見シンプルであるが、「LOSER」でステージ自体がゆっくりと上昇すると、会場の熱気は一気に高まった。米津がギターの中島宏士、ベースの須藤優、ドラムの堀正輝と生み出すのは、バンドサウンドと電子音が融合した幻惑的なサウンドである。まずは現在の米津のパフォーマンスと音楽性をダイレクトに伝えるオープニングといえるが、そこからステージはパーソナルな色彩を強めていく。米津がギターを手にした「飛燕」「かいじゅうのマーチ」あたりからは、卓越したシンガーソングライターとしての米津が強く印象付けられた。パーソナルな情景を哀切を込めて歌い上げる姿は、ある意味で古典的な才能と言っていいかもしれない。

 もちろん、米津玄師への信頼はそうした「ギターと歌」で表現される情景によるところは大きい。しかし、それだけでは今の彼が発する表現の強さを示すことはできない。圧巻だったのは、2名のダンサーを伴って登場した「Moonlight」からの流れだ。光量を落とした会場内にアブストラクトな電子音が響き渡り、幻想的ながらも張り詰めた空気が生まれていく。10数名のダンサーがステージ中央で体を揺らした「amen」は、まるでひとつの聖なる儀式が立ち上がっていくかのようであった。それは確かに米津玄師の身体から生まれた音楽であるが、広がり方はもはや身体という制約を超えている。ファルセットとシャウトを巧みに使い分けた歌声、バンド演奏と電子音を重ねたサウンド、そしてシアトリカルなステージ演出。それらが一体となって巨大なペルソナのような存在となり、会場の空気を掌握していくのだ。ドラムパフォーマンス集団=鼓和-core-を率いて花道を歩いた「Undercover」で、その劇的なパフォーマンスは頂点を迎えた。

 一方、そうした空間を作り上げつつも、バンド演奏の楽しさやダイナミズムを決して手放さないのが今の米津玄師でもある。「ピースサイン」「TEENAGE RIOT」といった楽曲ではパンクバンドのような直情的サウンドを展開し、ライブを重ねる中でバンド演奏の切れ味がさらに増していることを伝えていた。

 「TEENAGE RIOT」を歌い終えたあとのMCで、米津は自身の活動を振り返って「この船から誰一人落としたくない」という趣旨のことを語った。それはリスナーとの関係についての言葉であると同時に、自身が生み出した音楽との関係についての言葉でもあるのではないか。彼はデビュー以来、一枚として同じアルバムを作っていない。まさに変化の人である。ただし、その変化のあり方は過去との連鎖を断ち切って進むタイプとも違う。過去と現在を行き来しつつそれぞれの方法論を磨き上げ、いわば螺旋の塔を築くようにしてキャリアを重ねてきたのが米津玄師の音楽である。だからこそ米津の音楽には個と全体、具象と抽象といった一見相反する要素が複雑に絡み合っており、この日のステージがそうであったように、どの部分を切り取っても刺激的なのである。

 本編ラストの「Lemon」が感動を生んだのは、この曲が現時点における米津の音楽の集約点であるからではないか。シンガーソングライターとしての叙情性と、斬新なリズムアプローチ、そしてバンド演奏の切れ味。それらが一体となって、まさに歌詞にある「光」の発生源のようにして観客を強く惹きつけていた。本ツアーの追加公演で米津は中国と台湾でライブを行うが、この「変化し続けるカリスマ」の音楽は彼の地のリスナーも魅了するに違いない。(神谷弘一)

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