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トム・ヨーク、初の映画音楽作品『サスペリア』に浮かぶ音楽的野心 宇野維正が解説

リアルサウンド

19/2/13(水) 8:00

 今年の『FUJI ROCK FESTIVAL ’19』での来日も決定したトム・ヨーク。昨年の11月から12月にかけて突発的にUSツアーをおこなったばかりだが、そこではアンコールの最後に「Suspirium」や「Unmade」といった『サスペリア』からの楽曲も披露していた。いくつかの同じテーマが反復する曲を含めて全25トラック、80分以上に及ぶ大作となった、トム・ヨークにとって初の映画音楽作品『サスペリア』。収録曲の中でトム・ヨークの歌声が聴こえてくるのは6曲だが、少なくともそのうち何曲かは今後『サスペリア』という作品の文脈を離れて、彼の重要なレパートリーになっていくだろう。

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 これは『サスペリア』の劇場パンフレットに寄稿した文章の中でも触れたが、トム・ヨークはルカ・グァダニーノ監督から『サスペリア』の音楽を正式にオファーされる前に、「Burn the Witch」という曲を書いている。2016年のRadioheadのアルバム『A Moon Shaped Pool』のリード曲として発表されて、アルバムでも冒頭を飾っていたあの曲だ。〈魔女を焼き尽くせ/魔女を焼き尽くせ/俺たちはお前たちがどこにいるかわかっている〉とコーラス部で繰り返す「Burn the Witch」。〈影に隠れて/絞首台に歓声をあげる〉という導入部からも、この曲の「魔女」はネット社会における炎上対象を指していると一先ず解釈できるが、Radioheadのリリックの多くがそうであるように、そこにはいくつもの両義性や暗喩が込められていた。

 まるでその「Burn the Witch」に引き寄せられるように、「嘆息(Suspiria)の母」=魔女を巡る奇譚にして狂気の映像詩、ホラー映画史に燦然と輝くダリオ・アルジェントによる1977年版『サスペリア』のリメイクのサウンドトラックの制作に没入することになるトム・ヨーク。数年前、『サスペリア』のリメイクを手がけることが発表された直後から、ルカ・グァダニーノは世界中のホラーファンからのバッシングに晒されることとなった。それはルカ・グァダニーノだから起きたバッシングではなく、「誰であれ聖典を汚すことは許されない」という『サスペリア』原理主義者たちの脊髄反射のようなものだった。興味深いのは、そのサウンドトラックをトム・ヨークが手がけることが明らかになった途端、そのバッシングが一旦止んだことだ。おそらくは、これまで映画音楽を手がけてこなかったトム・ヨークを映画音楽の世界に引きずりこむのに成功したことで、このプロジェクトの「本気度」が伝わったのだろう。

 「トムは映画の撮影が始まる前に音楽の頭の部分などを送ってくれた。トムの音楽は、僕やキャストや編集の(ヴァルテル・)ファサーノがやりたかった方向に製作を進める力になった」(『サスペリア』劇場パンフレットより)とルカ・グァダニーノが語るように、今回のリメイクの推進力にまでなったトム・ヨークの音楽。それは、バンドメイトのジョニー・グリーンウッドのように映画音楽に取り組む際に数あるアプローチから最も適したものを選択するといった作業ではなく、ゴブリンによる1977年版『サスペリア』の音楽との参照点も意識的にほとんど排除した、「今の自分にはそれしかできない」が故のインテンシティによって映画作品からもこぼれ落ちるパーソナルな音楽的探求として結実した(実際に、曲の断片も含めて劇中で使用されているのは書き下ろした25曲中10曲足らずだ)。

 作品世界と何度か重要な交差をしながらも、基本的には終始無軌道に漂っているかのような本作のトム・ヨークの音楽は、作品全体の基調と一致している。物語の舞台として設定された1977年のベルリンにおける、ナチスによる負の歴史、ドイツ赤軍によるテロ、フェミニズム、精神分析といった社会状況、さらには前衛舞踏、絵画、ニュー・ジャーマン・シネマ、クラウトロック(これはトム・ヨークが持ち込んだものだ)などの引用やオマージュが放り込まれた今回の『サスペリア』。そこでは、どれか一つの要素がどれか一つの要素を補足や説明するのではなく、それぞれがそのまま観客に次から次へと提示されていく。

 各国でのリアクションと同様に、今年の1月下旬に公開されて以来、日本の観客も賛否両論で真っ二つに割れている『サスペリア』。ダリオ・アルジェント版『サスペリア』原理主義者の一人であり、同時にルカ・グァダニーノの熱烈なファンでもある自分としては、正直、最初に観た時は呆然とするしかなかったのだが、何度か繰り返し観た今では、新たな発見の喜びとともに、様々な人たちによる作品にまつわる解釈や見解を見聞きするのが楽しくて仕方がない。中でもハッとさせられたのは、『サスペリア』のサウンドトラックのバックカバーに描かれた人物のシルエットの元ネタが、エーリッヒ・ヘッケルの絵画にあるのではないかという滝本誠氏の指摘(『サスペリア マガジン』洋泉社)。ヒトラーから忌み嫌われていたドイツ表現主義のグループ「ブリュッケ」の一員だったエーリッヒ・ヘッケルは、デヴィッド・ボウイに多大な影響を与えた画家であり、彼の絵画はベルリン時代の代表作『ヒーローズ』(リリースされたのは1977年だ)、そしてデヴィッド・ボウイがイギー・ポップをベルリンに招いてプロデュースした『イディオット』(こちらもリリースは1977年)のジャケット写真における、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップそれぞれのポージングの参照元でもある。

 『サスペリア』のタイミングでのインタビューでは、主に70年代のクラウトロックへの偏愛について語っていたトム・ヨーク。しかし、「1977年のベルリン」をキーワードに、当時そこで創作と思索に耽っていたデヴィッド・ボウイにまで補助線を引けば、ソロワークにおいてリズムの探求から旋律の探求への転換点とも位置付けることのできる『サスペリア』でのトム・ヨークの音楽的野心が、より鮮明に浮き上がってくるのではないだろうか。(宇野維正)