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『第61回グラミー賞』で象徴的だった人種と女性問題への提起 受賞作やスピーチなどから解説

リアルサウンド

19/2/17(日) 8:00

 『第61回グラミー賞』には、始まる前から泥がついていた。主役であるはずの主要部門候補ラッパー、ケンドリック・ラマー、ドレイク、チャイルディッシュ・ガンビーノが揃ってパフォーマンスを拒否。そして開催直前、出演予定を取り下げたアリアナ・グランデが番組プロデューサーを糾弾。2015年以降ほぼ毎年そうであったように、今回も不評に終わるだろう……そう思われたディケイド最後のグラミーであったが、フタを開けてみると意外も意外、それなりに好評だった。アワードが抱え続けてきた人種と女性の問題が少しばかり緩和したのだ。

(関連:グラミー5部門ノミネートの新鋭シンガーH.E.R.、ジャネット・ジャクソンらも賞賛する才能を紐解く

・ガンビーノの受賞は「新しいグラミー賞」の象徴?
 音楽賞としての話題は、とにもかくにもチャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」の主要2部門獲得だろう。ここ4年のグラミー賞は、主要部門で本命とされたビヨンセやラマーが敗北しつづけたこともあり「黒人は受賞できない賞」だと糾弾されてきた。アワードとHIPHOPカルチャーの軋轢の歴史は長く、たとえばラップ部門が新設された1989年開催の第31回においても、同部門ノミニー5組のうち3組がボイコットしている。その20年後となる2019年、ついに「This Is America」がHIPHOPジャンルとして初の最優秀楽曲賞受賞に輝いたのだ。この快挙は、グラミー賞の転換点になりうる。主要部門の投票権を持つレコーディング・アカデミーの会員は高齢白人男性ばかりとされてきたが、近年はダイバーシティを意識した増員が行われていると報じられている。ガンビーノの勝利は、そうした投票者層の変化を表す最初の受賞結果かもしれない。

 筆者個人としては、去年はエド・シーラン、今年はテイラー・スウィフトという「主要部門で強いが受賞したら炎上しそうなアーティスト」をノミネーション時点で除外する施策も功を奏したと感じたりもするが……。

・女性パワーの年
 近年のグラミー賞で人種問題と並んで問題視されてきたのが、女性への冷遇だ。2013年から2018年の年間のノミネーションは約91%が男性であり、女性は1割にも満たない(参照)。そして2018年、この問題について、アカデミー会長ニール・ポートナウが口を開けた。「女性が音楽産業のトップに就きたいのなら、女性側がステップアップしなければいけないよ。業界は歓迎するだろうから。個人的に、女性を阻む壁を感じたことはないが……」もちろん、この発言はP!nkやレディー・ガガを筆頭とした多くの人に批判された。ポートナウは2019年をもって会長職から退くことを発表している。

 スキャンダル後となった『第61回グラミー賞』は、内実ともに「女性のパワー」がメインテーマとなった。司会は14年ぶりの女性であったし、ケイシー・マスグレイヴスを筆頭とした女性受賞者は前年比82%増の31組に至った(参照)。男性ラッパー3人の拒否も影響し、パフォーマンスも女性アクトが目立ったと言える。新星の才能を知らしめたH.E.R.やカーディ・B、中堅スターとして豪華舞台を作り上げたジャネール・モネイとレディー・ガガ、大御所の貫禄を証明したダイアナ・ロスにドリー・パートン……印象を残したステージを挙げればキリが無いだろう。

・グラミーならではの豪華クロスオーバー
「カントリー、ラップ、ロック……なんであろうと、音楽は、我々の尊厳や悲しみ、希望や喜びを共有しあう手助けをしてくれます」

 サプライズ登場となったミシェル・オバマの演説が示すように、調和が感じられる番組構成でもあった。カントリー勢によるHIPHOPの紹介といった演出のみならず、パフォーマンスにおいても既存ジャンルや世代を超えた組み合わせが炸裂。カミラ・カベロとリッキー・マーティン、ケイティ・ペリーとドリー・パートン、ポスト・マローンとRed Hot Chili Peppers等々、クロスオーバーな文化継承の舞台は、これぞグラミー賞な豪華さだ。

 一方、今年度は直接的な政治要素が控えめとなった。その代わりに目立ったのは、受賞者によるグラミー賞批判だ。

・受賞者によるグラミー賞批判
「俺たちは、事実ではなく意見によって決まるゲームをプレイしてる。ときに音楽ビジネスは、俺のようなミックス・レースなカナダ人や、ニューヨークのスペイン系の女の子、ヒューストンに住むトラヴィスのような存在を理解できない奴らによって回されてるんだ。大事なことは、もし君の曲が多くの人々に歌われてるのなら、すでに君は勝利を手にしているということだ」

 これは「God’s Plan」で最優秀ラップ楽曲賞を獲得したドレイクが子どもたちに宛てたスピーチだ。中継シャットダウンも話題となったこの演説は、マイノリティやHIPHOPに理解を示さない音楽業界のみならず「グラミー賞の価値」をも間接的に否定するものだ。「多くのリスナーこそ価値」とする姿勢は普遍的とも言えるが、ストリーミング王ドレイクが呈するからこそ、ひとつの現状を象徴している。それは「インターネット台頭によるグラミー賞の権威の低下」だ。今まで、圧倒的なブランド力と高視聴者数を誇ってきたグラミー賞は、ミュージシャンたちにとって絶好の宣伝機会だった。しかしながら、2019年のスターたちは、グラミー賞に頼らずともSNSやストリーミングを介して大金を稼いでいけるし、大衆に音楽を聴いてもらえる。リスナー側も同様で、アワードやTVをチェックしなくても簡単に音楽に出会える。こうした大局的な背景があるからこそ、人種や女性に関するイシューを緩和させようと、グラミーはパワー低下の流れを変えられない可能性がある。なにせ、トロフィーを貰い受けながらグラミー賞を批判したアーティストは、ドレイクだけではないのだ。

 最優秀新人賞を受賞した23歳のデュア・リパは、壇上でこうおどけてみせた。

「素晴らしい女性アーティストたちと共にノミネートされて光栄です。今年、私たちは本当に“ステップアップ”したんじゃない?」

 ここで出された「ステップアップ」とは、前述したポートナウ会長の失言からの引用であり、彼への反撃を意味するものだろう。去りゆく男性権力者に対して、若き女性がおもねることなく女性同士の連帯と誇りを示す。皮肉にも、アワードの権威低下を知らしめるこの構図こそ、第61回グラミー賞が最も「女性のパワー」を象徴した瞬間だったかもしれない。(辰巳JUNK)