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日本人はなぜ“空耳”を好んできた? MONKEY MAJIK×岡崎体育「留学生」を機に考える

リアルサウンド

19/3/23(土) 10:00

■“空耳”がいっそう複雑になった「留学生」

 「You gotta stay」という英語が「留学生」という日本語に聴こえる。そんな気づきから出発してまるまる1曲を空耳で埋めつくしたのが、MONKEY MAJIK×岡崎体育「留学生」だ。NHK連続テレビ小説『まんぷく』でMONKEY MAJIKのメイナード・プラントとブレイズ・プラントが米兵役、岡崎が日系2世役で共演したのが、コラボのきっかけ。詞も同バンドのメンバーと岡崎の共作だが、英語詞は日本語に聴こえ、日本語詞は英語に聴こえるというかなり凝った内容である。同曲の字幕付き動画を見ると、いかによく作りこまれているかがわかって感心する。

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 ミュージックビデオのあるあるネタ満載だった「MUSIC VIDEO」をはじめ、岡崎はこれまでにも戦略的に工夫した曲を作ってきた。2017年にも彼は、英語のようでありながら実は日本語詞という「Natural Lips」を発表していたから、空耳をテーマにしたのは今回が初めてではない。ただ、カナダ人兄弟と日本人からなるバンドで英語と日本語の両方を詞に使ってきたMONKEY MAJIKと岡崎が出会ったことにより、「留学生」では空耳の扱いかたがいっそう複雑になったのが面白い。

 「Natural Lips」は日本語が英語に聴こえるという一方向であったのに対し、「留学生」では、交互に出てくる日本語と英語がそれぞれ逆の言語に聴こえる。しかも、他国を訪れている「留学生」と、訳せば「君がいてくれなきゃ」になる「You gotta stay」が重ねられている。詞の意味のうえでも、外国人「留学生」あるあるが盛りこまれていてユーモラスだ。

 同曲のような手のこんだ仕掛けを面白がれるのは、私たちがすでに空耳というものに親しんでいるからでもある。2015年には、移住促進のために作られた宮崎県小林市のご当地PR動画が話題になった。自然豊かな地方の景色と生活をフランス語のナレーションで紹介しているように思えるが、実は現地の方言である西諸弁で語られていたというどんでん返しが待っている。岡崎の「Natural Lips」と似た発想で作られた動画だったわけだ。

■タモリが広めた“空耳”と日本語ロック論争の存在

 この種の空耳の楽しさが広く知られるようになったのは、長寿バラエティ番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)で1990年代前半から続いているコーナー「空耳アワー」の影響によるところが大きいだろう。視聴者の投稿を募り、洋楽の曲なのに日本語に聴こえる部分があることを紹介するコーナーだ。多くの傑作が放送されてきたが、一言だけではなく、二言三言たたみかけるもののほうがインパクトは大きい。Queen「My Melancholy Blues」の「花のパリそば なめこそば」、Metallica「Through The Never」の「寿司 鳥 風呂 寝ろ」などが特に記憶に残っている。前者は美しい高音、後者は凄んだだみ声で歌われており、歌いかたと聴こえる言葉の落差が笑いを誘う。

 タモリは同番組のスタート以前の1970年代から、言葉をネタにした芸をやっていた。中国語、韓国語、英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語などに聴こえるデタラメな外国語で行う四カ国国際親善麻雀を得意にしていた。また、逆に外国人にとってのこの国の言葉と称してインチキな日本語を話すハナモゲラ語という芸もあったのである。

 さかのぼれば『タモリ倶楽部』スタート以前の時代から、Queen「Killer Queen」に「がんばれタブチ」と聴きとれる部分があるといった話は、雑誌やラジオなどでしばしばとりあげられていた。外国語をめぐる笑いを持ちネタにしていたタモリが、冠番組で空耳のコーナーを作ったのは自然な流れだった。

 言語と音楽の関係をめぐる話題ということでは、今年で創刊50周年を迎える『ミュージック・マガジン』が『ニューミュージック・マガジン』と名のっていた1970年代初頭に誌上で展開された日本語ロック論争も思い出される。輸入音楽であるロックのリズムに日本語は乗るのかどうかが問われ、細野晴臣や大瀧詠一、松本隆が在籍したはっぴいえんどが日本語派、先ごろ亡くなった内田裕也が英語派の位置づけだった。

 この問題設定に関しては、英語を多く混ぜた詞にするほか、子音に伴うはずの母音を脱落させR音を強調するなど日本語を英語風に発音する対処法が開発され、広まっていった。その代表格である桑田佳祐が作詞したサザンオールスターズ「いとしのエリー」では、「in your sight」となっている部分を日本語の「いなさい」と受けとっても意味は通じる。一種の空耳であり、リスナーが勝手に深読みしてダブルミーニングだと感じることもある。聴く側の解釈次第という意味の揺れを桑田は楽しんできたと私は想像しているし、それと同様の作詞法を岡崎体育、MONKEY MAJIKの場合は、「Natural Lips」、「留学生」で意識的に拡大して仕掛けたわけだ。

■「留学生」は言葉の壁と対峙する主人公を応援する歌にも

 一方、最近のQueenブームでは、彼らが日本語入りの詞で発表した「手をとりあって Teo Torriatte(Let Us Cling Together)」が、早くからバンドを認めてくれたこの国への感謝を示したものと美談の扱いで紹介される。その通りではあるけれど、洋楽のアーティストが日本語で歌ってファンサービスすることに関して、日本の洋楽ファンすべてが素直に喜んできたわけではない。The Police、デヴィッド・ボウイ、King Crimsonなどが日本語を使った曲を発表した際、発音のおかしさやリズムに対して間延びした響きなどを揶揄する声はあった。「手をとりあって」にも「を」が「YO」に聴こえるなど微妙な部分はある。

 日本人は、義務教育で少なくとも中学の3年間は英語を習う。高校、大学でさらに長期間、英語を教わった人も大勢いる。なのに、話せるようになった人は少ない。私も話せない。母国語以外の言語をどれだけ操れるか、K-POPアーティストとJ-POPアーティストの差をみれば日本人の語学力の平均はわかる。

 それでいて、コンビニなどの外国人店員のたどたどしい日本語を嘲笑したり怒ったりする人がいて、その行為が批判されもする。ぎこちなくても他言語で仕事ができるというレベルの語学力を身に着けた日本人がどれだけいるのか、恥ずかしいほどなのに。

 日本語ロック論争にもあらわれていたように、この国の人間は、外国語を喋れることへの憧れと喋れないことへのコンプレックスをずっと抱えてきた。その反動で外国人によるぎこちない日本語を攻撃する人もいる。言語をめぐるそんなモヤモヤした感覚をくすぐるところがあるから、空耳というものが長く楽しまれてきたのだろう。

 そして、「留学生」は、英語が日本語に、日本語が英語に聴こえる構成で、2つの言語の間で生活する人物の姿を描いている。空耳だらけで笑いに包んでいるものの、よく聴くと、言葉の壁と対峙する主人公を応援する歌にもなっている。実は感動する詞だし、意外と意味深い曲なのだ。(円堂都司昭)

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