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豊田利晃監督の本当の意味での“復帰作”に 『泣き虫しょったんの奇跡』で再び放たれた輝き

リアルサウンド

18/9/17(月) 10:00

 『青い春』(2001年)や『ポルノスター』(1999年)を撮った豊田利晃監督は、「天才」と呼べる数少ない若手監督だった。演出におけるやることなすことが、とにかく才気走っていた。それは近年でいうと、例えば『溺れるナイフ』(2016年)、『おとぎ話みたい』(2013年)を撮った山戸結希監督のように、“映画の神様”がもし存在するのなら、そういう存在から愛される対象だと感じていた。

参考:『泣き虫しょったんの奇跡』で4度目のタッグ 松田龍平×豊田利晃監督が語り合う2人の関係性

 豊田監督が2005年に、覚せい剤取締り法違反(所持)で逮捕されたという事件以降、この流れは変化を見せる。法的には執行猶予となったものの、もちろん当分の間は映画を撮るどころでなく、次の作品を嘱望されながらも数年間、監督の新作は撮影されなかった。その期間が歯車を狂わせたのかと思ってしまうほど、復帰後に発表したいくつもの作品は、それぞれに魅力はあるものの、以前ほどの圧倒的な才能は陰りを見せていたように感じられる。

 だが、今回の『泣き虫しょったんの奇跡』は違った。そのほほえましい印象のタイトルや、サラリーマンから将棋のプロを目指した人物のノンフィクション書籍を映画化するという企画という、これまでにない平凡な題材であるかと思われた内容は、以前のまばゆい輝きを取り戻しているように感じられたのだ。つまり本作は、天才・豊田利晃監督が帰還した、本当の意味での「復帰作」だったのではないだろうか。ここでは、そんな本作『泣き虫しょったんの奇跡』の内容と、豊田監督の足取りを追いながら、再び放たれた輝きの秘密を解き明かしていきたい。

■豊田監督から失われた輝きとは

 そもそも、豊田作品から本来の圧倒感が失われていた本当の原因とは何だったのか。こういう場合、「感性の衰え」などと安易に表現する向きもあるだろうが、ここで影響を及ぼしたのは作家性の後退というよりも、むしろ監督の内面的な成長だったのではないだろうか。

 かつて豊田監督が撮ってきたのは、『青い春』に代表されるように、出口のない絶望に満ちた世界であり、そこで生まれる、破滅へと向かう登場人物たちが放つ一瞬の輝きだった。その光の源泉とは、損得勘定で動く大人の世界の入り口に立った、まだ純粋な子どもの感性を宿す若者による、どうにもならない現実社会へ、ささやかな反抗を試みようとする魂である。豊田監督は、その若者と感性を同化させることで力を最大限に発揮し得たといえる。

 しかし破滅へと向かった後も、そこで命が絶たれない限り人生は続いていく。脚本と演出両方の仕事を行う豊田監督は、遅かれ早かれ、これまで描いてきた“絶望の先”の世界を描くという、作家として不可避の課題に挑戦せざるを得なかったように思える。

 閻魔大王のはからいによって現世に復活したという小栗判官の説話に、作家・魯迅の奇妙な短編『剣を鍛える話(鋳剣)』の描写を組み合わせた、『蘇りの血』(2009年)だったり、また、雪深い山荘で暮らしながら爆弾を製造するテロリストの孤独な精神世界に宮沢賢治の詩が引用される『モンスターズクラブ』(2012年)がそうであるように、豊田監督は続くこれらの作品で、いままでより深く高度な領域に足を踏み入れることを望んだのだと思われる。

 だが同時に、表現したいものが複雑になればなるほど、ここで追い求めようとする知的な“大人の世界”と、以前からの持ち味であった社会への反抗心は衝突を起こし、これまでの単純で直線的な作品に存在したドライブ感は失われ、主人公に監督がうまく同化できなくなっているように感じられた。

■現実の厳しさを痛感する「将棋残酷物語」

 本作『泣き虫しょったんの奇跡』の脚本は、大きく分けて3幕に分けられる。すなわち、「〈1〉将棋との出会いを描く学生編」、「〈2〉プロ試験に挫折する養成期間編」、「〈3〉再びプロを目指す社会人編」という流れだ。子役たちと松田龍平によって演じられる主人公「しょったん」が、〈1〉によって将来を嘱望された将棋の才能の持ち主であることが示されながら、〈2〉によって日本将棋連盟のプロ棋士養成機関である「奨励会」に入会した後、年齢制限が設けられているプロ昇段試験において足踏みを繰り返し、まさに文字通りズブズブと泥沼に入っていくような恐怖が、おそろしいリアリティで描かれていくのである。

 将棋のプロといえば、明晰な頭脳を使って、将棋の勝負を繰り返すことで生計を立てるという、まさに全国将棋ファンの夢を具現化した存在だ。だからこそ、プロになれるかなれないか、当落線上に置かれたプロ予備軍の戦いである「三段リーグ戦」は熾烈を極める。

 このリーグを戦う者たちは、上位に食い込むために連勝しなければならない。妻夫木聡が演じる、年齢制限によって脱落していく青年は、三段リーグの残酷さを嘆く。必勝を期すためには、勝ちを確信してもなおトドメを刺すリスクを避け、対戦者を苦しめ続ける戦い方が強いられてゆくのだという。真剣を持った侍の斬り合いに例えるなら、手傷を負わせ有利に立った側が、踏み込んで勝負を決することなく、卑怯にも遠くから細かな攻撃を繰り返すことによって、じわじわと相手をなぶり殺していく、血だらけの凄惨な戦い方ということになるだろう。

 そんな非情さを要求される環境に置かれた者たちが集う、窮屈なリーグ戦会場は、静かながら殺伐とした雰囲気に満ちている。だが劇中で描かれる背景を知れば、それも無理はないと分かる。プロになれれば雲上人、なれずに年齢制限で落とされれば、つぶしの利かないただの趣味人として社会に放り出されることになる。その落差が、挫折する者の悲壮さを倍化させる。そして、崖っぷちに立たされ自殺すら考える者も出てくるのである。その意味で、ここでの年齢制限は、プロ棋士を目指す若者にとって、まさに「死刑宣告」を意味するのだ。

■しょったんの“奇跡”が導いた、新たな世界の描き方

 頭脳ゲームに過ぎない将棋の世界を描いた本作が、多くの観客にとって無視できないのは、それが圧縮した人生のモデルに見えるからだ。かなり多くの人が幼いときに、プロスポーツ選手やアイドルなど競争率の高い職業につく夢や理想を思い描いたりするが、それがそのまま叶うのは、ごく一部の人間のみである。限られたチャンスに努力の成果をぶつけ、将棋の「感想戦」のように失敗から学び、成功へと結びつけなければならない。才能の無い者はもちろん、言い訳を見つけ努力を怠る者や、美学やプライドを捨てることができずに精神の弱さを見せる者は、機会を無駄にしてしまい、徐々に当初の夢を諦めていくことになる。

 娯楽映画としては、やりすぎだと感じられるほど、この胸の痛くなる厳しさは真に迫ったものだ。そこでは間違いなく、豊田監督自身がかつて「奨励会」に入会し、プロになることを断念した経験が下敷きになっている。豊田利晃監督の映画界でのキャリアは、将棋映画から始まっている。弱冠21、2歳で阪本順治監督の『王手』(1991年)の脚本を書きあげ、作品を成功へと導くという快挙を成し遂げたのは、もちろんその数々の引用元であっただろう、伊藤大輔監督の名作将棋映画『王将』(1948年)の存在は大きいと想像するが、豊田監督自身の濃密な人生体験があったためであることも確かなはずだ。そして、そこで目の当たりにしたに違いない、若者を押しつぶしていく残酷な現実のシステムは、その後の豊田監督の青春映画に強く影響を与えているように感じられる。

 さすが、豊田監督の「懐刀(ふところがたな)」といえる将棋映画ということで、本作の絶望的な青春の切れ味は鋭い。だがさらに、本作はいままでにない展開が用意されている。〈3〉幕目のパート、つまり絶望の後のリベンジ戦があるのだ。プロになることができなかった「しょったん」は、一般的な会社のデスクワークの仕事をこなしながら、将棋のアマチュア名人となり、プロとの交流戦によって連勝するという快挙を成し遂げたことで、将棋界を変革するかもしれない状況を作り出したのである。結果を出すことによって、年齢制限に達した者は絶対にプロ棋士になれないというルールの存在意義を揺るがしたのだ。

 それはプロになれなかった多くの将棋ファンや、かつて自分の夢を諦めた人々に希望を与える“奇跡”でもあった。泣き虫で優しい心を持つ「しょったん」は、自分のためにだけでなく、そんな多くの人々の期待や夢を背負うことで、新しい将棋の指し方に目覚め、運命の六番勝負に挑むことになる。この状況が指し示しているのは、現実はいつでも残酷なわけではないという“事実”である。

 大人になったからこそ、直線的でない新たな選択肢が生まれ、このような奇跡が目の前に現れた。現実の壁に押しつぶされ敗残したことすらも、ここでは意味をともなって「しょったん」を助けている。絶望をくぐり抜けて大人になることには「意味」があったのだ。まさにこの事実が描かれる瞬間、豊田監督を阻んでいた壁であったはずの“大人の世界”が、一気にポジティブな性質を備えたものに変貌したように思われた。

 いままでの直線的で絶望的な青春映画そのままの〈2〉幕から、その苦しみを内包することで生まれた、複雑で豊かな、未踏の〈3〉幕へ。本作で「しょったん」に訪れた奇跡は、豊田監督の経歴をもなぞりながら、作家として新たな達成を果たすことにつなげ得たように感じられる。大人の映画作家として「再生」した豊田利晃監督の今後に、もう一度期待を寄せたい。そう思わせてくれる傑作『泣き虫しょったんの奇跡』を、多くの観客にぜひ観てほしい。(小野寺系)

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