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宇多田ヒカル楽曲の変遷 3つの音楽的ポイントから探る

リアルサウンド

18/11/24(土) 18:00

 やっと、生で宇多田ヒカルのパフォーマンスに触れることができる機会がやってきた。11月6日より開催中の全国ツアー『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』だ。前回のライブー『WILD LIFE』からは約8年、国内ツアーとしては『UTADA UNITED 2006』以来約12年ぶり。『Fantôme』(2016年)を皮切りに、新作をコンスタントに発表しているものの、ライブの機会はなかったため、今回のツアーを心待ちにしていた人も多いのではないだろうか。

(関連:宇多田ヒカル「Too Proud」新リミックスでグローバルなコラボ 参加アジアンラッパー3名の実力

 ツアー初日には、アジア各国から3名のラッパーを招いたリミックス楽曲「Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)」を発表するなど盛り上がりを見せる今、改めて宇多田ヒカル楽曲の「リズム、速さ」「音色」「コード」の3つのポイントに注目し、初期~中期~現在に至るまでの音楽的傾向を探っていきたい。

<初期…『First Love』『Distance』>

 R&B色が最も色濃く、「グルーヴ感」と「抜き」がキーワードになっている。

■リズム、速さ

 デビュー時から一貫した特徴として、楽曲の中で歌とリズムがもっとも引き立つようにしてあることが挙げられる。その二つがガッチリかみ合い、バスドラのキック音を強めにすることでグルーヴを出し、伴奏は極力控えめな印象だ。また、伸ばす音を歌っている時だけ、ドラムのキックやキーボードが刻む伴奏の音を、隙間(休符)を残しつつ少しだけ入れることにより、グルーヴが出る。例えば、「Movin’ on without you」の裏で鳴っているエレピのような音がこれに当てはまる。

 一方、速さには差がある。『First Love』のBPMは、平均して95くらいなのに対し、『Distance』のBPMは少し早く、110~120ほど。『Distance』のほうが全体的にどこかせわしなく聞こえるのは、速さとグルーヴの取り方の違いがあるからだろう。『First Love』は4拍で、『Distance』は16拍で刻みながら聞くと心地良い曲が多い。

■音色

 上記のように「歌とリズム重視」な上、メロディの歌いだしは、コードのメインの音と離れた音を使っているため、全体的にベースの音が聞き取りづらい。これは特にサビでは顕著である。ゆえに、コードのメインの音をベースにしてメロディの音を探しづらく、カラオケなどでは歌いづらい。曲をコピーしようとした方ならお分かりいただけると思うが、途中で必ず一般的なコードの流れでは考えられないような音が出てくるのは、あるある話のひとつだと思っている。

 『First Love』ではR&B感が強く、テイストの似ている楽曲「Automatic」、「In my room」、「time well tell」などは、コーラスではなく、丸みを帯びたシンセの音が曲を切なくさせている。これが『Distance』になると少し変わり、「Can You Keep A Secret?」のように隙間を埋める細かな音をつめたり、低音を中心に3~4層に重ねたコーラスを入れる曲が出てくる。1作目で肩の荷がおり、音で遊ぶ余裕が出たのかもしれない。

■コード

 2作とも、マイナーキーが暗くなりすぎない絶妙なラインのコード(和音)を選定している。ただ、『Distance』では、マイナーなモードから少し抜け、メジャーコードをベースに、複雑な構成の和音をつなぎに据える曲が増える。

 主旋律のキーを上げる前に、ちょっとした工夫を凝らして次の展開へ向かうのも特徴のひとつ。楽曲の「First Love」では、2回目のサビ終わりの〈新しい歌 歌えるまで〉のあとのハミングの部分で、C→Am7/D→B♭m7/E♭と、たったの4拍で3つのコードを駆使し、歌の邪魔をせずスルっと転調。エモーショナルな展開を生んでいる。「Wait & see~リスク~」では、徐々にメロディのキーをあげつつ、ラストは突然転調し、〈キーが高すぎるなら下げてもいいよ〉と歌い、笑って終わるという茶目っ気ある展開がある。

 J-POPではありがちな転調後の主旋律の繰り返しもなく、スパッと終わる潔さがかっこいいのは、こういった細かいディテールに徹底的にこだわっているからであろう。

<中期…『DEEP RIVER』『ULTRA BLUE』『HEART STATION』>

 初期に比べ、マイナー調でしっとりした曲が増える。ベースの音が強く感じられる曲が増える。詞も「恋愛」というよりは「愛」にシフトしていった感じがある。

■リズム、速さ

 3作全体を通し、裏の16ビートがきちんと聞こえるように鳴っているが、全作に続きしっかりしたメロディがあるのでそちらに意識が向き、あまり強く感じさせない曲の方向性に。初期はハネたグルーヴを出す曲が多かったが、中期は、ハネたリズムというよりは、四分音符を意識して2拍目と4拍目だけ強めにし、「タテ」を強調している曲が多くなった。「プレイ・ボール」のように3拍目や4拍目に意識がいく、少し後ろ倒しのリズムも出てきているが、これは歌詞とリンクしたリズムになっているので、歌の肉付けとして役立っている。また、「静と動」をうまく使い分けており、メロディの節目で止めて空白を作ることでリズムを切り替え、推進力を生んでいる。

 『DEEP RIVER』と『HEART STATION』のBPMは平均100くらい。ほぼ同じなのに、『DEEP RIVER』の方が重く聞こえるのは、ベース音を前に出しているからであろう。『ULTRA BLUE』は120くらいの曲もあれば80くらいの曲もあり、振り幅が大きい。曲のテイストを変えるためにテンポをバラバラにさせたのだろうか。

■音色

 『DEEP RIVER』は、ストリングスを入れて壮大に。裏で細かく動くシンセがアクセント程度にちょこちょこ入り、これが支えとして機能している。歌はハモったりせず、主旋律一本で勝負している部分が大きい。

 『ULTRA BLUE』は強い主旋律のモードへ回帰。高音を用いる歌が増える。

 「This Is Love」や「BLUE」はサビでガツンと頭に響くメロディを歌うことで、切迫感が出る。この2曲はどちらも基調がAmだが、サビで一気にほぼオクターブくらいのキーに上げる。シンセの音色がさらに増え、バックで長く伸ばすものと、裏でうごめくものの2パターンを使い分け、曲のテイストを変えている。

 全米デビューを果たしたのもこの頃だったので、J-POPにはない要素が顕著に出て当然といえる。

 ただし、「誰かの願いが叶うころ」は、ピアノをメインに、ごくわずかなストリングスを盛り込む静かな構成で、歌詞がより一層際立つようになっている。全体の流れからすると少々異色だ。のちにリリースされる『Fantôme』を思うと、この頃から徐々に、より歌詞を最大限に生かす楽曲のつくり方を、模索し始めていたのかもしれない。

 副旋律は楽器ではなく歌で取り、バックで鳴らすのではなく、主旋律を強固なものにするために同じメロディを1オクターブ下でとったり、掛け合いのような形で展開。『HEART STATION』になると、ハープやピアノのような優しい音を基調とした曲が増える。サビに向かってガツンとかましてやるぜ! といった気張った感じはなく、しっとりとした洋楽ポップスのようなモードへ入る。

■コード

 全体的に、マイナーコードの曲が増える。中期の3作だと『DEEP RIVER』が圧倒的に暗いが、これは遠藤周作の小説『深い河』にインスパイアされて制作したことや、宇多田ヒカル自身が卵巣腫瘍の摘出手術を受けたことも影響しているだろう。

 ちょっと暗めに鳴らす1曲目の「SAKURAドロップス」に対し、前向きに捉える「光」は、テーマが真逆のようだが、中心となっているコードがどちらも「E♭(E♭m7)」なのは偶然ではないと思う。喪失と希望は一本の道に通じていると思わされた。数あるコードの中で、当時、希望を感じたのはこのコードだったのかもしれない。

 また、「FINAL DISTANCE」は「DISTANCE」の続編のような曲だが、主となるコードはFとC♭m。メジャーとマイナーなので陰と陽の関係といってもいい。ちなみに楽曲「DEEP RIVER」もC♭m。「生と死」を感じられるような曲について、この頃C♭mが使われている。

 『ULTRA BLUE』になると、転調を多く挟み、コードはさらに複雑化。ただ、決して突飛なコードの組み合わせではなく、同じコードを用いるが区分けはメジャーとマイナーといったような、関係性のあるコードである。最後の曲「Passion」ではもう次のモードを見据え、C#mとC#m/Aを基調とし、これを繰り返して曲が展開していくという洋楽のようなモードに。コードをガラッと変えるというよりかは、歌のキーの上げ下げで曲の盛り上がりをコントロールしているのが特徴といえよう。

 『HEART STATION』は、「Prisoner Of Love」のように、主軸はFm、サビで用いているのはD♭M7と、メインで取り扱うコードを変えながら、歌詞に合わせて希望と絶望の両方の要素を表現する、より高度な楽曲も出てくる。また、前作では考えられないような子供向けの曲、「ぼくはくま」が収録されていることからもわかるように、「ポップ」に軸足を置いたまま、新たなチャレンジをしている様子が聞いて取れる。

 歌詞も、そっと背中を押すような前向きな意志を感じさせるものが多いが、音はマイナーコードを使い、ストリングスで強弱をコントロールすることによって、心の葛藤が表現されていると思われる。転調をたくさん仕込み、フックをきかせているため、暗くなりすぎないのがすごいところ。

 使用しているキーの幅を狭めたことで歌を最前に出すのではなく、伴奏と並走するつくりへとシフトしている。

<現在…『Fantôme』『初恋』>

 前作から8年半の人間活動期間を経て、曲より詩を中心に構成がなされた時期。『Fantôme』ではKOHHを客演に、また、ネットイベントにもPUNPEEを呼ぶなど、彼女が注目しているラップの要素を取り入れはじめた。若干コードを変えて同じ伴奏をループさせたり、「Forevermore」の中間でジャジーなピアノを入れたり、「花束を君に」では、クラシックの古典によくあるような装飾音(トリル)を入れるなど、R&Bをベースに様々なジャンルの要素を取り込んでいる。

■リズム、速さ

 『Fantôme』は歌詞を中心に据えるとあまりわからないが、実は、意外とテンポが速い。平均してBPMは80~100くらい、『初恋』は100くらいである。「重い」と感じさせない絶妙なテンポに設定している。拍は4拍子をタテで取るようなつくりになっているが、「花束を君に」はサビ前で2/2に一瞬変えサビを引き立たせるなど、細かいギミックは健在。

 今まで、曲展開を変えるときは歌のキーを転調させて変化をつけることが多かったが、『初恋』では、3連符ベースと16分音符ベースの2軸を中心に、交互にスイッチすることで曲の印象を変えている。「Play A Love Song」や「Forevermore」はまさにその好例だ。

 「嫉妬されるべき人生」は歌が主導となり、タイを駆使しながら全体的に3連符を意識したリズムをとっている。ドラムがわかりやくすく3拍子をとる「誓い」は、宇多田ヒカルは16分音符を意識して歌い、感情の揺れ動きを表現している。

■音色

 2枚ともピアノを中心に沿え、ストリングスで盛り上げるのが基本。映画音楽のように、バックで鳴らすことを目的とした配置になっている。アルバム『初恋』収録の「残り香」には、彼女がTwitterで聴いているとつぶやいたことでも有名なフランク・オーシャンを感じさせるオルガンが入る。

■コード

 他の時期と比べ、転調をつなぎに使う頻度が減った。これは、いつも曲先行でつくっていた宇多田ヒカルが、先に歌いたいテーマが決まり、そこから逆算して、音をつけたからだろう。転調が入ると、エモーショナルな展開を生みがちだが、あえてそれをしないことで、シンプルに詩が真っ先に届くような曲構成になっている。

 最近「やり直し!」という言葉を添え、アジアのラッパーを招聘しRemixをリリースした「Too Proud」。これは、ラップをベースに、音としては鳴っていないがトラップビートが裏で鳴っているようなリズムのトラックを用意して、歌詞を乗せている。〈おの れを なぐ さめ るすべの〉と新しい文字の切り方が新鮮だが、これはかつて「Automatic」で歌詞を区切ることでグルーヴを出すのと方法論としては同じである。ただ、異なるのはそのグルーヴを出すための曲のバックボーンがR&Bからラップへ変わったこと。彼女は常に新しいものを取り入れて曲に昇華しているのだ。

 『Fantôme』は特に、亡くなった母のことを思い、作ったアルバムだからこそ、音より先に詩が真っ先に届くような曲構成にする必要があった。それを経て制作された“2度目”の『初恋』は、デビュー時の自分を踏まえ、新たなジャンルの要素を取り入れてまた新たなモードに突入している。

 時期によって主軸が異なる宇多田ヒカルの音楽。今後、どんな曲を出すのか気になって仕方がない。(pohiko)