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「怖さ」を超える映画的興奮! 『ヘレディタリー』でアリ・アスターが到達した「高み」を検証

リアルサウンド

19/4/8(月) 12:00

 2018年に公開(日本公開は11月30日)された本作『ヘレディタリー/継承』は、海外、日本を問わず多くの有力映画メディアや批評家から年間ベスト作品に選出されて(自分も年間4位に選出した)、「2018年を代表する1作」という評価を確立している作品だ。もっとも、アカデミー賞やゴールデングローブ賞といったメジャーなアワードで、本作でキャリア最高の演技を披露しているトニ・コレットが主演女優賞にノミネートさえされなかった事実には、いまだホラー映画というジャンルに対しての根深い偏見があることも痛感させられた。本サイトの読者の中にも、「ホラー映画だから」という理由で本作をまだ観ていない人もいるのではないだろうか。今回、国内でBlu-ray/DVDがリリースされるのを機会に、本作の監督、アリ・アスターが長編デビュー作にしていきなり到達してみせたその「高み」について今一度検証してみたい。

参考:『ヘレディタリー/継承』音楽がもたらすエレガンス  ポピュラーミュージックと映画音楽は更に接近

 ホラー映画をあまり観ない人、あるいは苦手としている人にホラー映画を勧める際に、「いや、それほど怖くないから」みたいな誘い文句が使われることがあるが、本作に関しては、そう言って観せたら一生恨まれることになるだろう。『ヘレディタリー』は、はっきりと、きっぱりと、メチャクチャ怖い。今回、ソフト化にあたって収録されたメイキング映像、「CURSED: THE TRUE NATURE OF HEREDITARY」(「呪い:『ヘレディタリー』の真実」)でアスターは「自分にとっていくつかの映画がそうであったように、観客の人生にまで影響を及ぼすような映画を作りたい」「自分が目指しているのは、観客の心に残って(stay)、その生活に絶えず付きまとう(haunt)ような作品」だと語っている。彼は本気で観客を呪いにかけようとしているのだ。

 AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)出身のアスターは筋金入りのシネフィルで、これまで『ヘレディタリー』に関しては、『サイコ』、『ローズマリーの赤ちゃん』、『エクソシスト』、『オーメン』などのホラークラシックのほか、イングマール・ベルイマン、溝口健二、ミヒャエル・ハネケなどの諸作品からの直接的な影響が指摘がされてきた(そして、それを裏付ける発言を監督自身もしている)。興味深いのは、そのメイキング映像でアスターが「人生に影響を及ぼされた」作品として具体的に語っているのが、ブライアン・デ・パルマの『キャリー』とピーター・グリーナウェイの『コックと泥棒、その妻と愛人』の2本であることだ。特に『コックと泥棒、その妻と愛人』に関しては、「『ヘレディタリー』の撮影に入る前にスタッフたちに観てもらった」というから念入りだ。

 80年代後半には、『ZOO』、『建築家の腹』、『数に溺れて』、『コックと泥棒、その妻と愛人』と毎年のように作品が公開されて、日本でアート系作品単館ブームのハシリとなったグリーナウェイ。『コックと泥棒、その妻と愛人』公開時には日本でも「ピーター・グリーナウェイ&ジャン・ポール・ゴルチェ展 その世界とヴィジョン」という展覧会(連日大盛況だった)が開かれたことにも象徴的なように、何よりもその作品デザインの「箱庭的」とも言うべき緻密な構築力において突出した才能を持つ映像作家だ。一時期長編フィクション作品から離れていたこともあって、近年はその名前を(特に日本では)目や耳にする機会が減っているが、現在32歳(つまり、それらの作品と同時期に生まれた)のアスターはまったくフレッシュな視点から、自身のデビュー作の指針としてそんなグリーナウェイの映画に対するアプローチを強く意識したというわけだ。

 一方、80年代に入ってからのホラー映画はジャンルムービー化が進んで(その背景には供給先としてのレンタルビデオ店の普及があった)、安易な続編やスプラッター作品やセルフパロディが横行する、ある種の「雑さ」や「ユルさ」が多くの映画ファンから免罪されてきた(むしろ愛でられてきた?)ジャンルであった。その功罪については論を改める必要があるが、2010年代に入ってからのホラー映画の再メインストリーム化(最大のきっかけはジェームズ・ワンの『インシディアス』と『死霊館』だった)の理由には、そうした「雑さ」や「ユルさ」からの決別も大きかったはずだ。

 そうした時代の流れも追い風にして、ホラーというジャンルに対して深い理解のある独立系映画製作会社A24のバックアップのもと、新人監督アスターは並外れた映画的素養とグリーナウェイ仕込みの作品デザイン(音響デザインも含む)への徹底したこだわりを本作『ヘレディタリー』に注ぎ込んでみせた。作品のデザインというと室内シーンのことを真っ先に思い浮かべる人も多いかもしれないが、本作においては制約のないカメラワークを可能にするためにロケ地に家のセットを丸ごと建てて撮影された室内シーンだけでなく、例えば屋外の墓地での埋葬シーンにおいては墓の下にある地面の断面をカメラの下降移動で見せるといった、これまで他のどんな作品でも観たことがないようなアイデアが随所に仕掛けられている。言うまでもなく、そのデザイン力と豊富なアイデアは彼自身が手がけた脚本にも隅々まで行き届いていて、本作には開いた口が塞がらないような驚愕の展開が終盤に待っているのだが、二度、三度と観直すと、ラストシーンへの伏線がストーリー上だけでなく細部の美術も含めて完璧に敷かれていることに驚かされる。『ヘレディタリー』はあらゆる点において、「観客に呪いをかける作品が、その精度において観客から揚げ足を取られるようであってはいけない」というアスターの強い信念に貫かれているのだ。

 というわけで、決して「いや、それほど怖くないから」などと嘘を言うつもりはないが、怖い映画が苦手な人も、その「怖さ」を乗り越えてあまりある映画的興奮が『ヘレディタリー』にあることだけは約束できる。前述したようにベルイマンにも心酔しているアスターの次作は、そのベルイマンの故郷、スウェーデンのストックホルム近郊の小さな村で撮影された『Midsommar』(全米公開7月3日)。その予告編からは少女、邪教、謎の光といった『ヘレディタリー』と共通するモチーフも確認することができる。製作はA24。ジャンルはもちろんホラーだ。(宇野維正)

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