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ぴあ

長谷川博己の拷問シーンから“食”を紐解く お腹も心も満たされる『まんぷく』の意味

リアルサウンド

18/10/21(日) 6:00

 軍事物資の横流しが疑われた萬平(長谷川博己)は憲兵に拘束された。そこで彼を待ち受けていたのは、あまりにも過酷な取り調べであった。体を縛られた上で、殴られ、押し倒され、竹刀で何度も叩かれる。

参考:『まんぷく』第19話では、結婚後1年の福子(安藤サクラ)と萬平(長谷川博己)の生活が苦しくなる

 今週の『まんぷく』(NHK総合)では、思わず目を逸らしたくなる萬平のそんなシーンが何度もあった。いつも柔和な笑みをたたえる人当たりの良い萬平は、加治谷(片岡愛之助)曰く、“人が良すぎる”のだとか。ただ、そんな過酷な状況下で垣間見えたのは、萬平の“不屈の意志”であった。「やってもないことを認めるくらいなら、僕は死んでもかまいません」。このセリフを呟いた後の萬平の顔は、ナレーションで流れたようにまさしく“福ちゃん(安藤サクラ)の知らない萬平さんの顔”だったのだ。

 獄中でのエピソードを語るうえで欠かせない人物が1人いる。同じ牢獄にいた稲村(六平直政)である。憲兵に抗う萬平の姿を、当初は冷ややかに見ていた稲村。ところが次第に、そんな萬平から何か強い意志のようなものを感じ始めている節があった。

 ある時、稲村は萬平にこう語りかける。「あんた、家族はおるんか? 家族や」と。「いません」と答える萬平であったが、「でも、大切な人はいます」と呟く。そんな萬平に対して、稲村は1つの助言を施す。「女か。ほな、生きてここを出なな。死んでも二度と逢えんぞ。食え。生きて大事な女に会いたかったら、食わんとあかん」。そして、萬平は稲村から手渡された一握りの飯を口にした(それを、萬平は「まずい」と言った)。第16話では、床にこぼれた飯を舐めとろうとしてでも食べようとした萬平。「食わなくなったら終わりだ」。ここで食わずに死んだら、もう福子には会えなくなる。生きるためにはやむをえなかったのだろう。

 本作は、“食”が重要なテーマの1つとなっている。萬平が幸せそうに何かを食べているシーンといえば、もちろん福子とラーメンを食べた時のあのシーンだ。相手が福子ということもあったのだろう。あの時の萬平は本当に楽しげだった。“美味しいもの”を、“好きな人”と食べること。獄中での萬平はその真逆の状況にあって、“まずいもの”を、“好きな人がいない中で”食べたのだ。恐ろしいくらいの対比である。

 単に生きるだけならば、最低限何かを食べられれば十分なのかもしれない。1人でいいという人だっていて良い。ただ少なくとも萬平に関して言えば、よりワクワクしながら、より心温まる食事をすることに価値を見出していてもおかしくない。釈放後、萬平はようやく温かい食事に戻ることができた。福子の作った芋の料理を口にする彼の顔色からは、どこか安心が垣間見えたものだ。大好きな福子のそばで、美味しい食事を口にできる。何気ない食事シーンであったが、ようやっと獄中での“真逆の状況”から戻ってきたなと、見ていてホッとした。これこそまさしく『まんぷく』だな、と。本作は、インスタントラーメンの発明を描く物語であるという。“食”は今後もきっと大切な要素となっていくことだろう。

 本作のタイトルには、一般的な“満腹”に加えて、“福=幸せでいっぱい”という意味で“満福”の願いも込められているという。腹が一杯になれさえすればそれでいいということではない、同時に福も満たされて“まんぷく”なのだとすれば、素敵なタイトルだ。今週は冒頭で述べたように、萬平にまつわる暗いシーンが続いた。それでも、そんな悲惨なシーンをあえて描くことで、“食”についての本作の大切な価値観が暗に示されたとも言えよう。(國重駿平)

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