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フランス全土に漂う“倦怠感”を物語る 『シンク・オア・スイム』に滲み出る生々しい哀愁

リアルサウンド

19/7/9(火) 12:00

 昨年フランスで公開されて、400万人を動員する国民的大ヒットとなった『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』が日本公開される。監督は『この愛のために撃て』の妻を誘拐される主人公や『セラヴィ!』のマヌケな司会者役で、近年のフランス映画のファンにはおなじみのジル・ルルーシュ。コメディアン、劇作家としても知られる彼は、これまで共同監督作やオムニバス作品への監督としての参加はあったものの、長編作品を単独で監督するのは本作が初めてとなる。それでいきなりの大ヒット、さらに今年のセザール賞で最多の10部門ノミネートという高い作品評価も得て、その才人ぶりを改めて証明した。

【動画】『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』本編映像

 『シンク・オア・スイム』がモデルとしているのは、実在するスウェーデンの中年男性ばかりのシンクロナイズドスイミング・チームだ。ジル・ルルーシュはそのチームを追ったドキュメンタリー作品(2010年に製作。日本でもNHK BS1で『オヤジたちの“ウォーターボーイズ”』として放送された)を見て、それ以前から自身が練っていた初監督作品のアイデアをこの題材で語ることができると考えたという。インタビューによると、そのアイデアとは「僕の世代の人々、もっと包括的に言うと、この国(フランス)全体に感じる“倦怠感”について語りたかった」とのこと。ちなみに、よっぽど吸引力がある題材なのだろう、この題材はほぼ同じタイミングでイギリスでもオリヴァー・パーカー監督(『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』)によって映画化されていて、『シンクロ・ダンディーズ!』というタイトルで9月に日本公開も決定している。

 モデルとなったスウェーデンのシンクロナイズドスイミング・チームに所属するためには、「40歳以上であること」と「体を鍛え過ぎていないこと」という二つの条件があったという。『シンク・オア・スイム』で描かれるチームもその二つの条件を踏襲していて、つまり、本作ではフランス人中年男性たちのたるんだ裸を延々とスクリーンで眺めるという不思議な体験をすることになる。で、鬱病持ちの主人公を演じるマチュー・アマリックは本作でもさすがの名演を披露しているのだが、チームの主要メンバーの中に、自分がかつてよく知っていて、それにもかかわらず作品のエンドロールでクレジットを確認して初めてそのことに気づいたキャストが二人いてとても驚いた。

 一人はジャン=ユーグ・アングラード。80年代からフランス映画を追っていた人なら誰もが知っているはずの、『サブウェイ』や『ベティ・ブルー』や『ニキータ』や『キリング・ゾーイ』でお馴染みのあの二枚目俳優だ。本作で彼はロックスターになる夢を諦めきれず、ビンゴ大会の余興などでステージに立ち続けてトレイラー生活を送っている痛々しい中年男性を演じている(監督によると売れないヘビメタ・バンドを追ったドキュメンタリー映画『アンヴィル』からこのキャラクターの着想を得たという。まさにあの感じ!)。もう一人はフィリップ・カトリーヌ。90年代前半、彼のやっていた音楽ユニット、カトリーヌのネオアコとフレンチポップを絶妙のバランスでブレンドしたデビューアルバム『Les marriage chinois』は、東京の輸入盤CDショップで大ヒット。その後、カヒミ・カリィの作品のプロデュースなども手掛け、日本でも広く名前を知られるようになっていった。それが、本作では仲間から童貞扱いを受ける孤独なプールの管理人を演じているのだ。

 自分が10代から20代の頃、フランスのカルチャーの「カッコよさ」や「オシャレさ」を象徴していた存在が、今ではブクブクに太って、禿げ上がって、「みっともない中年」の代表みたいな役にぴったりとハマっていることに衝撃を受けつつも、自分自身、彼らとまったく同じだけの年月を過ごしてきたということを顧みないわけにはいかない。映画自体は(フランスで大ヒットしたことや、題材からも想像できる通り)終盤にむけて大きなカタルシスと感動をもたらしてくれる爽快な作品なのだが、そこからどうしようもなくはみ出てくる生々しいペーソス(哀愁)こそが、自分にとっては最大の魅力だった。

 もう一つ、基本的には純粋なエンターテインメント作品であるこの『シンク・オア・スイム』が意外に大きな意味を持っているのではないかと思えるのは、本作が2018年10月25日にフランスで公開されて、しばらく興収ランキングのトップを独走したということ。毎週土曜日、現在もまだ続いているフランス全土の「黄色いベスト運動」が始まったのは2018年11月17日だった。第二次大戦以後におきたフランスのデモの中で最も大規模で、最も長期間にわたっているこの運動。もちろん、この『シンク・オア・スイム』が何かのきっかけになったわけではないだろうが、本作でシンクロナイズドスイミングのチームを結成する「中所得層以下の白人中年男性たち」こそがまさにその運動の中心となっていること、そして同時期に本作が国民的ヒット作になったことを考えると、特にフランス以外の国に住む我々にとっては理解の手がかりの一つにもなるのではないだろうか。作品を観終わった後にジル・ルルーシュ監督の「僕の世代の人々、もっと包括的に言うと、この国全体に感じる“倦怠感”について語りたかった」という言葉を思い出した時、ハッとさせられることは少なくない。

(宇野維正)

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