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いま、最高の一本に出会える

『遊星からの物体X〈デジタル・リマスター版〉』 (C)1982 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. ALL RIGHTS RESERVE

第2回

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短期集中連載 あの中子真治が解説 この秋公開の“超カルト映画”5本

『遊星からの物体X』 生々しくも鮮烈な最恐のホラーSF映画にしてシュルレアリスムな怪物ショー

18/10/17(水)

 ある時まで映画は、ムービー・カメラの前で繰り広げられるお芝居を撮影するものだと相場が決まっていた。合成といえども、カメラのファインダー越しにその様子が見極められるスクリーン・プロセスというアナログな手法で撮影された。背景が投影されたスクリーンの前で俳優を撮影して、困難なロケを回避したり、不可能なシチュエーションを映像化したのだ。つまり監督が覗くファインダー越しの風景が、そのまま映画になったのである。

 たとえば怪物や恐竜もいまではコンピュータの中で生成された超リアルなデジタル・データだが、かつては尊敬と憧れを込めてモンスター・メーカーと呼ばれたSFXマンによるハンドメードの造形物だった。宇宙人ならライブ・アクション用にライフ・サイズで、恐竜ならスクリーン・プロセス用にミニチュア・サイズで、モンスター・メーカーが粘土をこねて彫刻し、石膏で型取り、そこに特殊なゴムを流し込んで作り上げ、カメラの前に置いたのだ。

 最近のデジタルSFX映画とかつてのアナログSFX映画の主たる相違点は、映像に宿る空気感といえるだろう。コンピュータを媒介としない昔ながらの映画には、それが撮影されたときのセットやロケ現場の空気、被写体とムービー・カメラの間に存在したであろう熱気までもが記録されていたように思う。

 そんなことを強く思い出させてくれるのが、ジョン・カーペンター監督、ロブ・ボーティン特殊造形の生々しくも鮮烈なSFホラー映画『遊星からの物体X』なのだった。1980年代に映画ジャーナリストとしてハリウッドに滞在していた時、幸運にもカーペンター監督とは『物体X』のプリプロダンクションのころと、ユニバーサル・スタジオでのセット撮影が終わるころの2度にわたり会見できた。ボーティンとはそれよりまえ、狼男の変身メイクが話題になったホラー映画『ハウリング』(1981年)を取材して以来、気が合い、プライベートでも何度か会っていた。

『遊星からの物体X〈デジタル・リマスター版〉』

(C)1982 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. ALL RIGHTS RESERVE

ハワード・ホークスを信奉したカーペンターの夢の実現

 『物体X』は1938年に発表されたSF作家ジョン・W・キャンベルの短編小説『影が行く』の2度目の映画化作品である。最初の作品はハリウッドの名匠ハワード・ホークスが1951年に発表した『遊星よりの物体X』(遊星“から”ではなく遊星“より”)で、映画史初の本格的侵略SFとして名高い。低予算ゆえの機転を利かせた改変が随所にほどこされ、一級のホラーに仕上がっていた。たとえば原作の、どんな生物にも擬態する怪物、物体Xは、モダンなスペース・スーツを着たフランケンシュタインを思わせる大男の宇宙人に書き変えられ、たったひとつのもの、すなわち鮮血を渇望して人間を襲い、必要に応じて自分自身を再生できるという不死身の能力を備えることになった。

 出世作『ハロウィン』(1978年)の劇中テレビにホークスの『物体X』のオープニング・タイトルを流すほど、カーペンターはホークスを信奉し、そのころからずっと『物体X』のリメイクを夢見ていた。『ハロウィン』のけっして死なないブギーマンに、ホークスの物体Xをダブらせてもいたのだ。積年の夢が叶い、いざ映画化できる段になると、カーペンターは名作のプレッシャーに苛まれた。それを見事に打ち破ってくれたのが、擬態する物体Xを映画のハイライトに持ってきたビル・ランカスターの脚本であり、ほかでもない想像を絶する造形力と魔術師にも似た技でそれを見事に具現化した天才モンスター・メーカーのロブ・ボーティン(当時22歳)だった。

 カーペンターいわく「これは、どんなカタチや姿にも変身できるカメレオンのようなモンスターによって修羅場と化す南極での、アメリカ人探検隊員たちの闘いのドラマなのだ。ホークス作品のリメイクというよりも、まったく新しい、別の映画を撮っている気分さ。俺はね、違うものをね、非常に違ったものを作っているんだよ」。関係者以外、完全極秘の工房とセットを行き来しながらせっせと怪物作りに精を出すボーティンの仕事についても言及していた。「ロブが作るモンスターはユニークで興味深く、いままでのどんなモンスターとも違っている。それを言葉で説明することは困難だし、だいいちこのモンスターには決まったカタチがないのだ。そんなモンスターの一部を公開するよりも、閉ざして秘密にしておく方が正解なんだよ」。

『遊星からの物体X〈デジタル・リマスター版〉』

(C)1982 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. ALL RIGHTS RESERVE

『E.T.』旋風のなか、初公開は最悪のタイミングだった

 映画は、ホークスのモノクロ作品のタイトルを、そっくりカラーで再現して幕を開ける。かつてホークスがモンタナの零下20度という極寒の雪原にオープンセットを築いたように、カーペンターもまたブリティッシュ・コロンビアの「雪の都」といわれる小さな街スチュワードで1カ月に及ぶロケを敢行した。南極基地の男たちの寒々しい白い吐息、凍てつく空気感はまさしく本物で、物体Xの恐怖を際立たせるのに十分だった。

 物体Xに全滅にされたノルウェー観測隊の基地から、人間やその他さまざまな生き物を取り込み畸形した醜悪の極みのような変死体を持ち帰ったあたりから、シュルレアリスムの画家ダリですら舌を巻くにちがいないボーティン監修による圧巻の怪物ショーがはじまる。デジタル処理皆無、すべてがカメラの前で実演された生の迫力で。同時に、誰が人間で、誰が人間そっくりの物体Xなのか、むさい男ばかり12人の疑心暗鬼の集団劇はヒステリックに盛り上がり、ついには爆発と破壊の終焉を迎えるのである。

 1982年6月25日、『遊星からの物体X』は最悪のタイミングでアメリカ公開された。というのも、その2週間前に映画興行史を塗り変えるメガヒット作『E.T.』が公開されて、誰もが少年と宇宙人の愛に溢れる冒険談の虜になっていたのだ。まるで真逆の、人間を異様な方法で襲いまくる極悪宇宙人の話など、見向きもされなかった。日本でも同じだった。けれど世間が冷遇してくれたおかげで、いまの『物体X』がある。マニアたちが宝物を掘り当てたように埋もれた『物体X』に着目し、とりわけユニークな怪物劇を分析したり、うんちくを語りはじめる。これこそがカルト映画の正しい育て方なのだ。ちなみに『物体X』と奇しくも同じ日にアメリカ公開された『ブレードランナー』も、そっくり同じ経緯をたどることになった。

追記)日本のほとんどのメディアでは件のモンスター・メーカーをロブ・ボッティンと紹介しているが、本稿では正しい発音に従い“ボーティン”と記した。

『遊星からの物体X〈デジタル・リマスター版〉』

(C)1982 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. ALL RIGHTS RESERVE

36年の時を経てスクリーンに“THE THING”が復活!

1982年製作の本作の撮影はもちろんフィルム。『エイリアン』や『ブレードランナー』『シャイニング』でも使用された名品イーストマンコダック 100T 5247で撮影され、上映用に70ミリのプリントも作成された。その後、マニアが繰り返し観賞・研究・妄想する稀代の“カルト映画”になった本作は、幾度となくビデオ/DVD化されているが、36年ぶりの劇場上映では2015年に作成されたデジタル・リマスター版が使用される。上映素材はDCP。(中谷祐介)



作品紹介

『遊星からの物体X〈デジタル・リマスター版〉』

監督:ジョン・カーペンター
脚本:ビル・ランカスター
原作:ジョン・W・キャンベル・ジュニア
製作総指揮:ウィルバー・スターク
出演:カート・ラッセル/ウィルフォード・ブリムリー/T.K.カーター
鬼才ジョン・カーペンター監督が、『遊星よりの物体 X』をリメイクしたSFホラーの傑作を、デジタル・リマスター版として36年ぶりにスクリーンで上映。極寒の南極観測基地を舞台に、10万年もの間氷漬けになっていた未知の生命体と人類の戦いを緊迫感たっぷりに描きだす。

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