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岸田繁、「交響曲第二番」に表れた“音楽に対する問い” くるり『ソングライン』との関係性から読む

リアルサウンド

18/11/22(木) 17:00

 くるりの最新作『ソングライン』はくるりらしく、様々なジャンルの要素が溶け込んだハイブリッドなサウンドが、歌もののロックとして自然に聴こえてくる作品だった。そして、音楽の作り方が、前作『THE PIER』と少し違う。くるりらしさはそのまま聴こえてくるので、今まで通り楽しめるが、実はその音楽の中の曲の作り方や、音の組み合わせ方がこれまでとはかなり違うものになっている、とでも言えばいいか。

 そのことを知るにはここ数年に岸田繁が作曲家として関わったクラシック音楽のフィールドでの活動を追うと見えてくるものがあると僕は思っている。

 近年、岸田繁はクラシック音楽に取り組み、2016年に「交響曲第一番」を発表した。とはいえ、くるりといえば、ウィーン・アンバサーデ・オーケストラと共演し、クラシックの都ウィーンで録音した『ワルツを踊れ Tanz Waizer』だったり、『Philharmonic or die』のように過去にもクラシックに接近した時期はあることはよく知られている。そもそも岸田本人もインタビュー等で、クラシックのことは度々語っていた。

 ただ、「交響曲第一番」はそういった過去のくるりの作品とは別物だ。これまでの作品をロックバンドがクラシックに接近したり、その要素を取り入れたりしたものだとすれば、「交響曲第一番」は新曲としてクラシック音楽そのものを書き下ろしたもの。つまり、ロックバンドのソングライターという立ち位置ではなく、新人のクラシック作曲家として曲を書くようなものだ。

 「岸田繁 交響曲第一番」は、岸田繁が2014年冬に京都市交響楽団からの依頼を受け、およそ1年半をかけて完成させたもので、2016年12月4日に、ロームシアター京都コンサートホールで初演されている。

 その詳細は僕が担当した公式サイトのインタビューに詳しいが、ここで岸田はいちリスナーとして慣れ親しんだクラシック音楽について、その作曲法などを改めて学び直し、そこにこれまで自身が音楽家として得てきた様々な知識と経験を照らし合わせながら、現代音楽でも前衛音楽でもなく、クラシック音楽として「交響曲第一番」を書き上げたことを語っている。

 岸田が書いた「交響曲第一番」のようなオーケストラは、何十人もの奏者たちの全てがフロントで、全てがバックであり、メロディのようなものを奏でる役割は次々に入れ替わるし、複数の楽器が組み合わさることでそれが表現されることもあれば、メロディのようなものが同時並行で複数流れていたりもする。それら全ての楽器は等価で、それらがパズルのように組み合わさりながら、的確に噛み合うことでひとつの楽曲が構成されている。それぞれの楽器がそれぞれの音を鳴らし、それらが並行しながら重なり合ったり、もしくはどこかの一点で的確に交差することで、その時々に響きあい、豊かな色彩や手触りが表現されていく。様々な素材による直線や曲線、平面を複雑に組み上げて個性的なひとつの箱を作っていく建築のような作業とも言えるかもしれない。

 こういった作業に没頭し、それを形にした時間が確実に岸田繁に影響を与えている。『ソングライン』はあくまでも歌を中心に置いたロックバンドのサウンドだが、そこには「交響曲第一番」で培ったものが息づいている。

 岸田は『ソングライン』に関するインタビューで「対位法」という言葉を何度も使っている。クラシック音楽の中でもとりわけバロック期に用いられていた作曲法で、バッハの代名詞でもあるこの手法からインスパイアされたものが『ソングライン』では何度も現れる。ひとつの主旋律に対して、そこに従属するように様々な音が加えられていくのではなく、平等な役割を持ったいくつもの旋律が並行して流れ、重なり合いながら、響きあうこの作曲法の影響は、例えば、「landslide」「ソングライン」がわかりやすいだろう。こういった曲の様々な旋律が絡み合うアレンジは一度聴いただけでは全く掴めない。イヤフォンで歩きながら聴いていると、ふっと気付かなかった旋律が聴こえてきて、それが別の旋律と並走していることに気付くと、曲の別の側面が見えてきて、聴こえ方が変わってしまったりもする。そして、そういった手法をクラシック音楽ではなく、ホーンやオルガンやギターを使いながら、ロックの文脈で聴かせていること、さらに歌をメインに据えたバンドサウンドの中に落とし込んでいることが面白さだろう。そういう意味でも、これまでのくるりの作品におけるクラシックとの関係性とは全く別次元の作品なのだ。

 そうやって、『ソングライン』には「交響曲第一番」を作り上げた先にあるものがいくつも鳴っているわけだが、その後、岸田繁は「交響曲第二番」を書き上げた。クラシック音楽を書くという基本的なところは「交響曲第一番」と変わらないし、方向性も近いが、少し雰囲気が違うのと、よりどこか肩の力が抜けて、岸田らしい遊び心が増えたような気がする。

 「交響曲第二番」では、バロック音楽や教会音楽的なものがかなり聴こえてきたように思った。そう言った部分において意識的か無意識的かは別にして、「交響曲第一番」では見られなかった岸田繁個人の趣味性がより出ているような気がしたのだ。バロック音楽っぽい箇所からバロック音楽の様式や形式だけでなく、「バロック音楽っぽさ」を遊んでいるような余裕があるとでも言えるかもしれない。例えば、そこで僕は「中世のヨーロッパ的な世界観に合わせてバロック音楽のパロディーのような音をつけた」とドラゴンクエストに関して語っていた作曲家すぎやまこういちのことを思いだす。岸田繁はすぎやまこういちのファンであることを度々公言している。「交響曲第二番」には、そういった「クラシック音楽から直接的に得ていないもの」が入っているような気がするのだ。

 荘厳で重厚なハーモニーを聴いていて、僕の頭に浮かんだのが、ティグラン・ハマシアン。アルメニアのジャズピアニストで、ジャズにアルメニアの民謡やメタル、エレクトロニカ、クラシックなどを融合した独創的なサウンドで知られている現代ジャズのトップランナーだ。彼がECMレコードからリリースした『Luys i Luso』はアルメニアの室内楽クワイアとの共演で、5世紀から20世紀にわたるアルメニアの賛美歌、聖歌に即興などを大胆に加え、独自に解釈したものだ。古典の再解釈で、太鼓の響きが聴こえてくるが、それと同時に21世紀の、いや未来の響きさえ聴こえてくる名盤だ。実は以前から岸田繁は幾度となくティグランへの興味を口にしている。

 そして、もう一人浮かんだのが、ブラジルの作曲家ハファエル・マルチニだ。近年日本で局地的に注目を集めたブラジルのミナス地方の若手ミュージシャンコミュニティーの一人としても知られる彼は、ジャズともクラシックともブラジル音楽ともつかないフレッシュな音楽を作り出す作曲家として知られている。彼がヴェネズエラ・シンフォニック・オーケストラとともに作り上げたジャズ・シンフォニー作品『suite onirica』にはそんなことを思いださせるサウンドがあった。ちなみにハファエル・マルチニは2017年の京都音博のために来日し、京都音博フィルハーモニー管弦楽団と共演している。この時のアレンジは岸田繁と徳澤青弦が務めている。

 このティグラン・ハマシアン、ハファエル・マルチニの2人の音楽には、対位法とも通じるポリフォニーの要素があったり、アルメニアの古謡やブラジルのショーロなど、その地域独特の民謡的な響きもあるし、奇数拍子を大胆に使ったリズムなどがあるのも特徴だ。「交響曲第二番」では特に民謡的な旋律の要素においては「交響曲第一番」よりも自然で大胆に聴こえる瞬間もあるように思うし、リズムのアプローチでもかなり遊びが見られる。そうやって、人によっては「クラシックの文脈ではないところで聴いたことがあるクラシックとも通じる要素」みたいなものを感じる可能性が大幅に出るようになったのが、「交響曲第二番」なのではないかと僕は思っている。そして、それは確実に『ソングライン』にも通じているし、ティグランやハファエルに限らず、世界各地にある同時代の音楽とも通じているはずだ。

 「交響曲第一番」と『ソングライン』と「交響曲第二番」。岸田がこの三つの作品を作り上げていく過程で、それぞれに作用がある状況は音楽的にとても面白いし、スリリングでもあるし、ファンとしては、どこか微笑ましくもあり、同時にハラハラしてしまう部分もある。

 しかし、僕はこの3作を並べて聴いていて、シーンの最前線にいる音楽家が、新たな場所に飛び込み、学び、苦悩し、成長し、変わっていく姿を見られるこんな面白いドキュメントはそうそうないと気づいた。それはクラシックを書くことでロックミュージシャンが成長していく姿でもあり、ロックバンドの作曲家がそれまでのクラシック以外の知識や経験をクラシックの要素に置き換えたりしながらクラシックに対応していくチャレンジでもあり、その試行錯誤が再びロックに還元されていくであろう過程は「音楽ジャンル」みたいな考え方を超えた「音楽に対する問い」としても見ることができるかもしれない。「交響曲第二番」をそんなドキュメントの第3章として見ると、ずいぶん面白い方向に展開したなと思う。そして、第4章はどうなるのか、への期待(と不安)がまた膨らむ。

 とりあえず、ふたつの「交響曲」は、岸田繁とくるりを楽しむための最高のヒントに溢れたプロジェクトなのである。『ソングライン』とセットで楽しむことをお勧めしたい。

岸田繁「交響曲第二番」初演 / 岸田繁・京都市交響楽団・広上淳一(指揮) [Teaser]

■柳樂光隆
79年、島根・出雲生まれ。ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに寄稿。カマシ・ワシントン『The Epic』、マイルス・デイビス&ロバート・グラスパー『Everything’s Beautiful』、エスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』、テラス・マーティン『Velvet Portraits』ほか、ライナーノーツも多数執筆。

■ライブ情報
『京響プレミアム 岸田繁「交響曲第二番」初演』
12月2日(日)京都コンサートホール
12月4日(火)愛知県芸術劇場コンサートホール
2019年
3月30日(土)東京オペラシティコンサートホール

■プログラム
《第一部》
岸田繁 / バルトーク・ベーラ / ドミトリィ・ショスタコーヴィチ / エイトル・ヴィラ=ロボス
世界音楽~響きのインスピレーション「フォークロア・プレイリスト①」

Ⅰ. 岸田繁:弦楽五重奏のための古風な舞曲『あなたとの旅』(管弦楽版)
Ⅱ. バルトーク:ルーマニアンフォークダンス
Ⅲ. ショスタコーヴィチ(バーチャイ編):室内交響曲Op.83a 第1楽章
Ⅳ. ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第4番 第2曲
Ⅴ. 岸田繁:オーケストラのための序曲「心の中のウィーン」

《第二部》
岸田繁:交響曲第二番
第一楽章
第二楽章
第三楽章
第四楽章

■リリース情報
岸田繁「交響曲第二番」初演、来春CD化決定
収録は、12月4日に開かれる愛知県芸術劇場コンサートホールでの公演。
CDの詳細については後日発表。

■関連リンク
岸田繁 オフィシャルサイト
「交響曲第二番」初演 岸田繁 オフィシャル インタビュー

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