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大友良英インタビュー【前編】 NHK大河ドラマ『いだてん』秘話と劇伴がもたらす発見

リアルサウンド

19/3/13(水) 7:00

 宮藤官九郎脚本のNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』の劇伴を収録した『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』がリリースされた。また、同作の劇伴を務める大友良英がこれまでに手掛けた映画・ドラマの劇伴を収録した『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』も発売。『あまちゃん』『トットてれび』などに加え、資生堂「マキアージュ」のCMソング「LADY-EMBELLIE」やNHKのラジオ番組『すっぴん!』のテーマ曲なども本作で初CD化となった。

 今回リアルサウンドでは、大友良英に『いだてん ~東京オリムピック噺~』をはじめとする劇伴がどのように作られてきたのかを中心にインタビュー取材を行った。前・後編の2回にわたってお届けする。(編集部)

(関連:FUKUSHIMAから『あまちゃん』へ 鬼才・大友良英が生み出した「希望の音楽」

■「またぐ音楽」をどういうふうに作っていったらいいかを考えた

ーー『いだてん』、この取材の時点では金栗四三たちがストックホルム・オリンピックに向け出発するところまで放映されてますが、大友さんは、37回目の準備稿をお読みになったばかりとか。(取材は2月28日)

大友良英(以下、大友):そうそう。太平洋戦争にもうじき突入という時期で。盧溝橋事件が起こって軍部が台頭してくる。そのあたりの動きをどう描くか、っていうね。直接軍隊の動きを撮ったり戦場が出てくるわけじゃなく、金栗(四三)さんとか、そういう普通の人たちの立場で、どういう風に戦争が迫ってきたか描いてるからね。そういう意味ですごく信頼できるドラマだと思う。

一一そもそも大友さんがオファーを受けられたのはいつごろだったんですか。

大友:2017年の春くらい。ホンはできてなくて、ドラマの概要だけが決まってた。金栗さんの初めてのオリンピック参加で始まり、途中で主人公を田畑(政治)にバトンタッチして、東京オリンピックを迎えるっていう、だいたいのあらすじだけ。だから金栗さんがどういうところで育ったのか、どう走ったのか、最初のオリンピックはどうだったかっていう下調べから始まったのかな。その時代の東京はどうだったか、とか。

一一その段階からコンセプトを、脚本家、監督と一緒に練り上げていった。

大友:僕は実は宮藤(官九郎)さんとは直接会う機会はほとんどなくて、監督チームとのやりとりがほとんどです。

一一最初の段階では、どういうオファーだったんですか。

大友:もう井上(剛)監督とは何作もやってるから「俺じゃないの? 俺じゃないの?」って冗談ぽく言ってましたから(笑)。井上さんと宮藤さんで大河やるってことはわかってたんで「これで俺に来なかったヤキモチ妬くな」くらいのことを言ってたら、4月くらいの段階で話が来て。でも最初のオファーの段階で、『あまちゃん』みたいにやるわけじゃなく、一から新しく作りたいから、っていうのは明確でしたよ。『あまちゃん』のようにやりたいからこのメンバーにしたわけじゃない、って話はけっこう言われた。

一一『あまちゃん』は音楽ドラマでしたけど、今回は音楽は直接関係ないですし。

大友:そう。これは音楽ドラマじゃ全然ないから。『あまちゃん』の時は比較的音楽の役目とか、どういう立ち位置っていうのはわりあいすぐ見えたんだけど。今回は音楽の立ち位置をどうするかっていうところからすごく丁寧に考えて、編み出していかないと。

一一『いだてん』サントラ盤のライナーノーツで、音楽制作に向けてのご自分の心構え、考え方を書かれてますが、そこは井上さんとのやりとりの中で決まっていったわけですね。

大友:そうですね。あとはやっぱり宮藤さんの台本が次々上がってくる中で、井上さんがその台本から何を出していくかっていうのを見ないと、どういう音楽をつけていくかってことは見えてこない。

一一第1回目の台本が上がってきたのはいつ頃ですか。

大友:いつだったかな。ちゃんと覚えてないんですが2017年後半か18年だったか。最初は第1回の叩き台みたいなものが来て、3~4回更新されたと思う。

一一ああやって時代を行き来しながら話が進んでいく。大河の始まり方としてはアバンギャルドですよね。それとあのテンポの速さ。大河ってやっぱりゆっくり時間が流れていくものだから。見る側もそれをルーティンとして受け入れているところもある。しかもいろんな人物が並列で描かれていて、誰が主人公なのか最初はよくわかんないっていう。

大友 第一回は一見今までの大河と全然違う印象ですよね。台本読んだ時に、すっごいな、本気で変える気だなって。でも読み込んでいくと、今までの大河以上に、歴史に正面から向かうという意味で正統派の大河だとも思いました。

一一テーマソングはいつ頃できたんですか。

大友:テーマソングはね、去年、2018年の2月。

一一ずいぶん前なんですね。

大友:その頃に、ほぼ今流れているものと同じ骨格のデモ録音をしてる。この時点で大体できあがってるんです。編成が小さいだけで。実はその後に違うものをいくつか作ったんだけど、結局最初に作ったものがいいってことになって、それに戻った。

一一あのオープニングテーマ曲が、このドラマのすべてを表してる気がしますね。回を追うごとにそう感じます。

大友:そうなっていれば嬉しいなあ。もしかしたら制作陣はあのテーマに合わせてきてくれたのかもって勝手に思ってます。

一一そういうことってよくあるんですか。

大友:『あまちゃん』のときはそういう部分あったと思う。ドラマが始まる8カ月前にテーマ曲のデモができあがっていて、それをみんなで聴きながら作ってくれてたんです。あぁ、こういうドラマだ、ってみんなわかったってプロデューサが言ってくれた時は嬉しかったです。『いだてん』も、役者さんには聴かせてないかもしれないけど、スタッフはみんな聴いてたので多分なんらかの反応をしてくれてるんだと思いますし。長く続くスパンのドラマだとそういうこと起こるんです。僕だけじゃないですよ。美術の人が持ってくる絵とか、CGの人とか、みんなが同時期に持ち寄ってくるので。音楽だけってことじゃなくて、いろんなものが引っ張り合ってくる感じ。だからちょっとバンドに似てるかな。

一一それぞれが出してきたものが大きく食い違うことなく、上手い具合にハマっていく。

大友:そこは監督とプロデューサーの力量だと思うけど。僕が1回目のデモを出したときに、誰もOKもNGも出さなかったっで、その時点ではまだ何もわからなかったし、製作陣も見えてないことたくさんあったと思うし。おそらくは作ってくうちに、どうもこれみたいだ、ってなっていったような気がします。

一一なるほど。

大友:みんな手探りだったんだと思う。作りながら、だんだん見えてきたドラマかな。たぶんこの先も見ているみなさんと一緒に徐々に見つけていくドラマなんだろうなっていう。1話目を見ても誰も全貌はわかんないし、作ってる側の俺たちだってわかんない。音楽だってどうつけていいかわからない。これが少しずつ紐解かれていって、何話かかけて焦点を結んでいく……っていうことだと思う。金栗さんたちが、オリンピックが何だかわかんない中で少しずつ巻き込まれて、最終的には参加していくわけじゃないですか。あれはオリンピックだけの話じゃなくて、自分たち以外の世界があるってことが何なのかがわかんない人たちが少しずつ世界に出会い自分のありかたを見つけていくドラマでもあるでしょう。自分たちの身の回り以外の文化があるっていうことに気づいて翻弄されるドラマで。オリンピックに翻弄されるんならいいんだけど、後々、戦争とかに翻弄されてくわけだから。それと(ドラマの制作が)同じプロセスを踏んでるんじゃないかなと思ってるんだけどね。

■『いだてん』は希望のドラマ

一一このテーマ曲を聞いて思うのは、まず、「このドラマは希望のドラマである」ということです。

大友:うん、うん。そうありたい。

一一これは青春ドラマだな、とも思ったんですよ。出てるのが若い人が多いってだけじゃなくて、日本っていう国の青春時代を描いてる。青春とは未来の希望だという。

大友:そうだと思いますよ。先行きがないって人の話じゃないよね。

ーー私みたいにいいトシの、未来がない人間から見るとほんとに眩しくて。

大友:そうですよね。それは僕らの年齢になって初めて気づくことでもあるでしょ。でも、20代の人は、先行きがあるって言われても不安じゃない? でもこの歳になると「不安も含めていいもんじゃない」ってちょっと思うしね。「いいんだよ、未来があれば」っていうね(笑)。ただ、日本はそういう(青春の)時代だったけど、その未来には決して明るくないこともいっぱい起こる。それでも未来は希望であってほしい。そう思います。

一一明るくないことも全部含めて、希望を描いてる。しかも小さいところからスタートしたものが様々な思いを飲み込んでどんどん大きくなって、世界的な広がりを見せていく。

大友:そうそう。バカバカしいくらい音楽(テーマ曲)はそのまんま作ったけどね。

一一2分半でよくあれだけ盛り上げるな、と思いました。

大友:(笑)。正確には2分20秒。大河ドラマって最近2分50秒が多いんですよ。だけど、それじゃ長いなと思って、正直。今、冒頭に2分間も音楽を流すドラマってないじゃないですか。映画ですらない。だから現状よりもうちょっと短くしたいなっていうのと。あとオープニングで早送りされないようにしようと思ったかな(笑)。

一一オープニングはタイトルバックの絵もすごくいいですね。

大友:山口晃さんの絵も素晴らしいですね。あれも音楽と一緒で少しずつ作っていったものだそうで。下書きような段階からだんだん練り上がっていくの見てて。ちょっと嬉しかった。第1話目が放送されたとき「あれで完成なの?」って言ったら「いや、まだ作ってる」って言ってたからきっとこの先もすこーしずつ変わっていくと思う。(話が)ストックホルムに行くとちょっと変わってたり。多分、少しずつ変わっていくと思いますよ、この先も。

一一このオープニングテーマができた時に、大友さんにとってドラマの音楽の全貌はある程度見えた感じですか?

大友:いや。オープニングの後にもう一苦労があって。あのドラマが難しいのは、おっしゃったように時代がすごく行き来するでしょ? 音楽は(時代を)またぐのか、時代ごとに変えていくのか。誰につけていいのか。気持ちにつけるのか、風景につけるのか。普通ドラマって個人の心情とか動きに音楽つけると成り立つんだけど、台本読んでいるときにそんな暇はない感じがしたんです、カットアップされちゃうから。だからじっくり音楽を鳴らしてその人を表すってことができない。じゃあカットアップで細かい音楽つければいいの? っていうとそれも違うかなと思ったんで、「またぐ音楽」を、どういうふうに作っていったらいいか。それを考えたかな。

一一特定の人物に思い入れしにくい。つまり特定の人物に当てた音楽は作りづらい。

大友:作ってもいいんだけど、その音楽がその人以外にも色々な意味をもって当たるようにしないと成立しないような気がしました。ちなみに、ドラマに音を直接つけるのはNHKの音響のチームなのね、俺じゃなくて。その音響のチームと俺が話し合いながら、どういう音楽にするか考えるんだけど。

一一どこに切り貼りされるかは音響と……

大友:音響と監督と編集の人がみんなで考えるんです。

――その決定の現場に音楽家は介在しないわけですね。とりあえず素材は渡しますんであとはご自由に、という。

大友:そう。そうやって使われる前提で作ってるから。だからキーのこととかも、テンポや色合いも含めて、使いやすいようにってのもずいぶん考えてるんです。

一一それも100本やってきた経験が役立ってるわけですね。

大友:多分。そんなの音楽家のスキルとして、普通は必要ないんだけどね。

■自分の音楽性はどうでもいいと思ってる

一一それまでアーティストとしてやっていた人が劇伴をやって、最初は勝手がわかんなくて、お任せしますとなって。実際の使われ方を見て「しまった、こうなるんだったら、こうすればよかった」って、いっぱいあるみたいですね。

大友:たぶん自分の表現として音楽を作ってる人だったらそう思うと思う。だけど、俺、劇伴やってるとき自分の表現とか考えない。どうせ何やっても自分の音楽にしかならないし、自分の音楽性とかはほんとにどうでもいいと思ってる。

一一それは最初から?

大友:最初からそうだった。この『GEKIBAN 1-』のほうに入ってる『青い凧』(1993年)って中国映画が俺の最初の劇伴音楽で。アコースティックでシンプルなメロディを書いてるけど、あの当時俺、ノイズとか即興とかOptical*8みたいなものしかやってないから、自分の中にそんなものなかったもん。だけどこの映画はそのほうが合うと思った。別に自分の音楽性が大切とは思ってないから、その映画に一番合う方向を考えようって最初から思ってた。思っただけじゃなくて、幸か不幸か知らないけど書けちゃったから。

一一でもそういう引き出しはもともとあったわけでしょ、大友さんの中に。

大友:わかんない。そこの努力をしたことがないから。ひとつだけ言えるのは、俺、音楽聴くのが本当に好きで、誰よりもいっぱいいろんな音楽を聴いてきたと思うし、それなりに吸収してきたのかもしれないなって。単純に好きで、民族音楽の先生の家に居候してレコード聴きまくってたような人間だから、そういうのが役立ったんじゃないかな。 「あれ、この映画はこういう音楽が合うんじゃないか」ってパッと思い浮かんで。それは自分の音楽性から引っ張り出してくるもんじゃなくて。あぁほんとはこの場面だったらアストル・ピアソラが合うんだけどなぁって思いつつ、でもピアソラには頼めないし、自分だったらどうアプローチするか、とか。そういうふうにやっていった感じかなぁ、でもどうせ何やったところで自分の音楽にしかならないんだよとは思ってる。

一一その時に「俺の音楽だから」ってノイジーなものをやっていたら、成り立たなかった。

大友:……まぁ今から考えるとそれでも成り立ったのかもしれないけど、それをやったら別の映画になっただろうね。ただ、俺がその映画を見た感じでいうと、これはアコースティックな楽器で、ものすごくシンプルなメロディで、数箇所に音楽つければ成り立つって思ったのね。あとは余計な音楽一切つけないほうがいい。

一一最初からそういうふうに考えられるのは凄いですね。

大友:映画好きだったからじゃないかな。特に中国映画、香港映画が大好きで。ハリウッド映画とかよりそっちのほうが好きだった。音楽も中国とか香港映画のほうが面白いと思ってたし。香港映画はチープで面白いし、中国映画は音楽の付け方がかなり研ぎ澄まされててすごいと思ってたんです。だからそういうのはけっこう注意深く聴いてきた。映画の音って面白くて。音楽だけじゃなくてね。効果音といろんな音楽と声っていう要素をコラージュしてくわけじゃない? だから、この手法はぜひ学びたいと当時思ってたから。

一一あぁ、コラージュとしてね。

大友:そう。コラージュとして、自分のやってる音楽として。だから映画の現場を見たいなあって思ってたときにこんな話が来たから、それは「やるやるやる」って感じで。だからコラージュの中で使われるパーツとして音楽を考えたんだと思う、当時。自分の音楽っていうより。なのでその音楽がどう映画についていくのか、音響制作の現場を見に行ったんです。それは本当に勉強になったし面白かった。だから、映画の音楽はそれだけで完結するとは思ってなくて、映画に付いて、いろんな声とか音と混ざってく中で初めて機能してく。その前提で音楽を作ってたから。

一一大友さんがアーティストとして作ってた音楽と共通するものがあったわけですね。

大友:そうそうそう。僕自身はコラージュをずっとやってきたから。だから映画の音楽をいっぱいやるようになってから、自分でコラージュをあんまりやらなくなっちゃったのは、そっちで欲求が満たされたからだと思う。

一一ああ、それは面白い話ですね。

大友:しかも、その時点のコラージュってアナログだから、テープ切ったりとかけっこう大変な作業だったのに、ちょうどデジタル時代になってきてサンプラーとコンピュータでコラージュを簡単にできるようになったじゃない? それもあって俺はコラージュをやんなくなっちゃった。なんか簡単でつまんなくて。天の邪鬼だから。

ーーなるほどね。

大友:だから、今回この劇伴集は音楽だけ取り出してきてるけども、本当はそれだけで成り立つものではないんだよね。それはもうずっと一貫してるかな。でもこうして並べて聞いてみると充分音楽単体としてもいいなって、自分で言うのもなんですが思います。

一一ほかの劇伴作家で興味があったのは?

大友:やっぱり凄いなと思ったのは武満徹とか。その頃ですよ、山下毅雄を面白いと思って探り出したのは。それで『山下毅雄を斬る』っていうアルバム作ったりして。山下毅雄って彼の音楽を作ってる……って感じがしないんですよ。作家の固有名詞じゃなくて『スーパージェッター』とか『時間ですよ』の音楽を作ってるっていうふうにしか認識されないのが、俺はいいなと思った。でもどこまでいっても山下さんの音楽でしかない。そのあり方が素敵だなって。

一一そこに記名性、作家性は必要ないと。

大友:うん。そういうものが必要ない音楽なのに滲み出てくる山下毅雄節とか、そういうほうが好きだったので。個人の自己表現とは違う音楽のあり方のほうが全然面白いと思った。自己表現ってうざいじゃないですか。別にあなたの思ってることなんかどうでもいいよって、いつも思うんです。

一一思いますか。

大友:思いますねえ! 歌手が自分の恋愛のこととか歌ってると、別にあんたの恋愛のことなんてどうでもいいんだけど、ってこっそりツッコんでるもん(笑)。そんなのいいよ別に、勝手に友達とやってよ、って。音楽ってそういう、個人の何かが表出するみたいなのはどうでもいいと思って。そんなことより何歌ってるんだかわからない盆踊りとかのほうがやっぱり面白いもん。現象のほうが。

一一たぶん、そういう個人のものでしかない歌が受け入れられる場合って、聴き手がそれを共有する、共感するってことでしょうね。

大友:うん。共感して何か大きな輪になった状態は面白いんだけど、ただ個人の歌ってだけだったら、それ自体はどうでもよくて。それで起こる現象のほうが面白いかな。

一一歌が受容されるプロセスや集合意識のほうが興味深い。

大友:うん、受容のされ方がやっぱり音楽の要だと思う。それが面白い。だっていいメロディなんかどこにでも、いくらでもあるもん。別に有名じゃなくても。じゃあなんで「上を向いて歩こう」があんなに国民的な歌になったのかという、その受容のされ方とか時代とか、決して個人の歌の力だけじゃない。

一一「上を向いて歩こう」が永六輔(作詞)の個人的な経験や思いから出てきた歌詞だったとしても、それがみんなに受容されて国民的な歌謡になった時に……。

大友:そう、もともとの出だしは60年安保のときに亡くなった人のこと思って「上を向いて歩こう」を永さんが書いたっていわれているけど、そんなことを知らなくても、あの歌にはなにか力のようなものがって、その人にとってそれぞれの響き方をする。恋人のことを思ってる人もいるかもしれないし。誰かが思ってることをそのまんま伝えるんだったら、電話すればいい話だから。それが、ある広がりを持っていく「豊かさ」のようなものに歌や音楽の良さというか本質があるんだっと思っていて。

一一それが音楽のいいところですね。

大友:そうそう。音楽の面白いところ。だから自己表現に狭めちゃわないほうが面白い。誰が作ったっていうよりも、それがどういうふうにコミュニティに広がったとか、どう踊られてるかとかのほうが俺には全然面白い。すごく西洋的な考え方だと、音楽美学とか、ベートーヴェンのこれは何々を表現しているとか、きっと分析の仕方はあるんだろうけど、それよりも、ベートーヴェンってどういう階級に聴かれてたのか考えるほうが全然面白い。「あぁ、だからこういう和音使ってるけど、じゃ当時の庶民はどんな音楽聴いてたんだ」っていう見方のほうが面白くて。だからベートーヴェンの作品そのものの価値みたいな話より、その音楽が当時のコミュニティの中でどう機能していたとかってことを考える方がなんか自分の性にあってる。劇伴もそういうものとしてあるんだと思う。

一一大友さんの劇伴は、大河ドラマもあるし朝ドラもあるし、そうかと思えば超低予算のインディーズ映画みたいなやつも普通にやるじゃないですか。

大友:やるやる、全然やる。

一一おそらく受容のされ方はそれぞれ全然違う。そこで制作に臨む考え方は変わってくるわけですか。

大友:変わる、けど、これは一部の人しか見ないからこういう音楽を作る、っていう考え方は逆にしなくて。朝ドラの現場に、普通だったらやらないような低予算映画のやり方を持ち込むっていうイタズラが俺好きで。だから、ちょっとイタズラしたくなる(笑)。

ーー『あまちゃん』の震災の場面でSachiko Mの音(サインウェーブ)を多用したり。

大友:そうそう。あんなの普通のテレビじゃあり得ないことだけど、それが受容されるじゃないですか、あの流れの中でなら。それはSachiko Mの演奏の価値が認められたという単純な話じゃなく、異なった文脈の中で思わぬ機能をするってことの発見なんだと思う。そういうイタズラは大好き。でもこれって単にイタズラじゃなくて、本質的には居場所というのは自分たちで見つけていくものなんだっていう、かなり思想的な話のような気もしてます。(小野島大)

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