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“野田洋次郎のラブソング”が持つ本質的な魅力ーーRADWIMPS「そっけない」を聞いて

リアルサウンド

18/12/1(土) 12:00

 RADWIMPSが12月12日に待望のニューアルバム『ANTI ANTI GENERATION』をリリースする。先日、発売に先がけて同アルバムに収録される新曲「そっけない」のMVが公開された。女優の小松菜奈と俳優の神尾楓珠が出演する同MVは、“届きそうで届かなそうな”男女のもどかしい感情の揺らぎが描かれており、公開後すぐに大きな話題になっていた。

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 野田洋次郎のラブソングはどれも、恋愛の情景が鮮やかに浮かんでくる。それがどんな恋なのか、どんな相手なのか、ふたりは今どんな状況にいるのか、そして特に初期のラブソングのほとんどが自身の実体験に基づいて作られたものだった。野田の恋愛が歌詞になる時、それは綺麗に整理された言葉だけでは表せない。恋をしている時の細かい心の機微や矛盾、人には安易に話せないようなぐちゃぐちゃな感情も切り離さず歌詞に入れ込む。むしろそういった部分にこそ野田独自の恋愛観が色濃く出ていることが多い。

 新曲「そっけない」もまたそういった魅力を持つ楽曲だが、今までのRADWIMPSのラブソングとは大きく異なるように感じる。思い返せばここ数年、RADWIMPSの楽曲でここまで野田の恋愛観が全面に出ているラブソングはなかった。「前前前世」や「スパークル」は、映画『君の名は。』のストーリーと溶け合って生まれた作品であるし、前アルバム『人間開花』の最後に収録されている「告白」は野田が“大切な人”の結婚式のために作った曲だった。

 一方で、近年は他アーティストへの楽曲提供の機会も多く、そのほとんどはラブソングである。例えばハナレグミ「おあいこ」は、すれ違ってしまった恋愛を男性目線から描いた楽曲で、さユり「フラレガイガール」は女性目線の失恋ソング。また、Aimer「蝶々結び」は直接的なラブソングではないものの、聴く人によっては恋愛の曲にも、それをも超越した人との繋がりの曲にも聴こえる不思議な楽曲だった。そして昨年、野田が作詞作曲を手がけadieu(アデュー)が歌唱を担当した映画『ナラタージュ』の主題歌も、ストーリーを反映させた切ない別れが描かれていた。

 これら提供曲はすべて、歌い手に合わせた言葉が当てはめられており、そのアーティストの歌声の魅力が最も表れるメロディが使われている。また、その歌が最大限に引き立つシンプルな演奏に乗せられ、いずれも言葉を丁寧に届けているのが印象的だった。昨今の提供曲を通じて、野田の“作家性”という部分にスポットが当てられることは少なくない。しかし、改めて思い知らされたのは、どんなに他の作品やアーティストの色を反映させても野田洋次郎の世界観は薄まらないということ、そして丁寧に言葉を届ける楽曲に仕上げることでその世界観が鮮明になり、より多くの人々の胸を打つ楽曲になるということだった。

 近年の作家としての経験と、それによって証明された揺るぎない野田洋次郎の世界観。この2つが合わさって誕生した「そっけない」を聴いて浮かび上がってくるのは、これまでのRADWIMPSの楽曲に見られるような野田自身の恋愛の情景だけに限らない。情景のリアルさはそのままに、恋愛が始まる前のあの特別な気持ちがよみがえり、まるで自分の曲のように感じられるのだ。それは言い換えるならば、普遍的なラブソングを生み出すことに成功したということにもなるのかもしれない。しかし、この曲がありがちなものではなく、特別な響きのある曲として多くのリスナーの感情を揺さぶるのは、“野田洋次郎が描くラブソング”が持つ本質的な魅力にほかならないのである。(渡邉満理奈)

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