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サカナクション『834.194』レビュー:新曲群に如実に反映されたバンドの変化と魅力

リアルサウンド

19/6/26(水) 7:00

 サカナクションが6年ぶりに発表した新作『834.194』は2枚組、1時間28分に及ぶ大作。「新宝島」「多分、風。」をはじめとした既発のシングルからの楽曲もあわせた18曲が収録されている。バンド結成の地である札幌と現在活動の拠点とする東京というふたつの時代/都市を対比させたコンセプトが貫かれた一作だ。

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 先行配信されMVも公開された「ナイロンの糸」を筆頭に、新曲はいずれもこれまでのサカナクションからの変化を如実に反映している。まずはその点を確認しておこう。

 「ナイロンの糸」はゆったりとしたテンポに加え、メロディの抑揚も慎重にコントロールされたクールなバラードだ。特徴的な「遅さ」を持つ一曲をリードシングルに宛てたのは英断だったのではないだろうか。サイドチェインやエレクトロニックなドラムスといった、いかにもダンスミュージック的なギミックを控えているのも意外だった。オーソドックスに一音一音がレイヤーされていき、静かな高揚をもたらすアレンジは、これまでのサカナクションとぱっと聴き地続きなようでやや異質な、次の展開を思わせるものだった。

 あるいは意表をつくほどにねっとりとしたファンキーな演奏が聴ける「忘れられないの」や「マッチとピーナッツ」は、いま巷を賑わせるシティポップリバイバルを横目に、昭和の歌謡曲のなかにひそかに根付いていたファンク志向を現代的に蘇らせたようでユニークだ。AORやシティポップを参照しつつ、洗練された「洋楽」的ポップスへと向かうのでなく、いなたさをためらいなくポップに提示する手際は彼ららしい。

 楽曲自体の魅力を増幅させる演奏に着目してみても、サカナクションがバンドとしての魅力を高めていることはわかる。特に「忘れられないの」で披露される草刈愛美のベースソロをはじめとした、各メンバーの演奏の切れ味。また、昨年の『魚図鑑』での初出から別バージョンが収録された「陽炎」で聴ける、山口一郎の力強いシャウト。いたるところ、フィジカルな説得力が増している。

 これらの新曲が持つ雄弁さ、つまりサカナクションというバンドがいま放っている魅力は高く評価したい。が、そうした思いはややアンビバレントな色合いを帯びてしまう。というのは、最初に述べたようなこのアルバムのコンセプトをどう評価するかが難しくなってしまうからだ。

 誤解のないように言っておけば、『834.194』はコンセプトアルバムとしてきわめて周到に、整合性のあるつくりになっている。いったん発売を延期したのもむべなるかな、と思わされるほど。

 たとえば選曲や曲順。各ディスクの性格は、収録曲の傾向からはっきりと読み取れる。「新宝島」やその系譜にある「モス」を収録した、いわばポップサイドといえる風通しの良いディスク1が東京に、ビートが控えめで、長尺のインスト曲まで含むやや内省的なディスク2が札幌に相当する。そこにさらに、この対比を象徴的にプレゼンテーションする役割を担う楽曲として、前身バンドであるダッチマンでの楽曲「セプテンバー」が、各ディスクに「東京 version」と「札幌 version」がそれぞれ収録されている。

 コンセプトを表現する周到さは楽曲の配分や曲順のみならず、既発曲のミックス(ないしマスタリング)にも反映されている。聴く限りでテイク自体はシングルと同じだが、シングルで発表された際の、いかにもシングル曲、というような華々しい音のエッジは抑えられているし、サビの高揚感を生み出すサウンドのメリハリもあえて控えめになっている印象だ。

 制作された時期もコンテクストも違う楽曲をまとめあげ、コンセプトやストーリーを語らせる手腕はたしかに発揮されている。とはいえ、新曲が自ずと放っている魅力に対して、これらのコンセプトはいささか蛇足だ。バンドのヒストリーを重ね合わせてそこに感動を覚える、というのはわかる。しかしそれは、あえて関連ワードを各所に散りばめて外側からプレゼンテーションしなくとも、十分読み取れるものではないだろうか。昨年、活動をまとめあげるベスト盤『魚図鑑』をリリースしているだけに、その思いはなおのこと強まる。たとえば『魚図鑑』を聴いたあとに『834.194』収録の新曲を聴くだけでも、伝わるものはあまりあるのではないか。

 ひとつのコンセプトを伝えるアルバムとして、『834.194』は十分なクオリティを誇っている。しかし、「忘れられないの」をはじめとした新曲は、こうしたコンセプトの枠の中に収めるにはもったいないのではないか、と思ってしまう。『834.194』を愛聴しつつも、アンビバレントな賛辞が常に頭をよぎるのだ。(imdkm)

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