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サエキけんぞう 『ボヘミアン・ラプソディ』ーラミ・マレックが体現したフレディ・マーキュリーの孤独と情熱

18/11/7(水)

心震える『ボヘミアン・ラプソディ』を体験せよ!

 ロック映画の屈指、ロックファンの誰もが好きな映画ベスト3に入れるようになるかもしれない映画がやってきた。『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーンのボーカリストで、1991年45歳の若さでこの世を去ったフレディ・マーキュリーの半生とメンバーを再現するのみならず、バンドの生まれてくる様子や当時のロンドンの雰囲気を空気感まで表現。あたかもクイーンのメンバーのようになったような気持ちにまでさせてくれるゴージャスな映画だ。それだけではない。あのウェンブリー・アリーナのステージにメンバーとして立てたような気分にもさせてくれる。

 予告編などで、フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックをチラ見して「こいつ大丈夫なの?」と思った人もいるだろう。確かに顔はいまいち似ていない。しかし、映画開始後5分ぐらいで「許す!」と喝采することになると思う。ラミの中でフレディを演じることについて、自分との距離感が完璧にできている。役の候補に選ばれ、動画で徹底的にフレディの立ち振る舞いを研究したという。そしてフレディの出っ歯の前歯の複製を注文し前歯に装着してリハーサルに臨み、徹底アピールしたという。

 彼の演技は、ギタリスト、ブライアン・メイとドラマー、ロジャー・テイラーを始め、クイーンを熟知したスタッフの審査をクリアーした「成りきり」を備えていると共に、何ともいえない+αがある。それは「愛嬌とウサン臭さ」である。ロックスターの黎明期を描いた自伝等を読むと、共通して分かることは、有名になったロック・スターの黎明期には鼻がツンとするような上昇志向が必ずある。フレディもそうだったと思う。それは洗練された香りではないので、映画俳優にはしばしば表現不能なものだ。ラミ・マレックの黎明期の演技には、その臭気の表現がある。ただ似ているだけでない「まだこれからの男」の持つウっとするようなキャラのまとわりつき(愛嬌)と、人間臭さがある。ここにフレディのキャラの深層が表現されるため、ラストに至る生涯の曲折が、非常に太い伏線込みで描かれることになる。恋人との関係、バンドとの関係、そしてセクシュアリティだ。顔面だけの勝負ではない、言葉以前の体臭としてのフレディらしさ。開始20分後には「どうやらこんな男だったらしい」と観客が納得するとき、この映画には完全に持って行かれている。

 クイーンが育ったロンドンとその時代の街の再現も素晴らしい。特に注目は、フレディの恋人、メアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)が務めていた伝説のブティック「BIBA」の店舗の再現にはちょっと驚いた。

 「スウィンギン・ロンドン」の時代に、ストリートファッションの先端を走り、若者文化を牽引したBIBA。1964年、ファッションイラストレ-タ-のバーバラ・フラニッキが通信販売を経て、ロンドンのケンジントンオープンし、ロック系文化に憧れる輩がこよなく尊敬する、ファッション人にとって憧憬のカルト店内部の様子、服の陳列をいながらにして見ることができるその貴重さは、特筆すべきものだ。

 また、下町のライブクラブや貸スタジオの再現も見事だ。バンドが生まれてくる状況が本当に今どきの下北沢と同じような目線で描かれる。初期のデモ・テープ録音シーンでは、スタジオのカビの臭いまでもが再現されるような迫真性。メンバーの立ち振る舞いも「あるある!こんな感じ」で、そんな場所から、フレディ主導のプロデュースで初期の重要曲『キープ・ユアセルフ・アライブ』が立ち上がる様も圧巻。メンバーのキャラや、人間関係の荒っぽい緊張関係などが遠慮なく描かれる。ロック初期の現場の持っていた雰囲気、新鮮だった長髪ルックの人物が醸し出すオーラまでもが画面から香る。まさしく1970年代初頭の雰囲気。日本でもそれは共通していたのだ、と確認した次第である。

 まるでバンドの一員としてロンドンで一緒に成長しているかのように進み、次第にフレディのセクシュアリティの悩みに突入していく中盤もイケている。スタッフの一員がフレディをゲイの道に引き込むわけだが、ノンケでは接することがない、そうしたマナーについて妥協無く踏み込んで描かれている。フレディは恋人メアリーとの距離感に悩み、またメンバーが当たり前の家庭の幸福を得ていくことに対し、見果てぬ渇望を抱えることになる。さらにはエイズへの罹患の告白となる。そうした人生の道のりについて、冒頭で述べたようにラミ・マレックは、キャラを軸に見事に演じきっており「スターはこれだけの孤独を背負うのか?」と観客の深い感慨を誘わずにはいられない。

 それだけにラストのライブ・エイドの再現シーンのカタルシスは半端無い。数万人を埋めるウェンブリー・アリーナ、そこに立つメンバーの覚悟は、数年のブランクを果たすものと同時に、フレディに残された少ない時間を生かすものであった。そうした人生の負荷をハジキとばす快演が会場もろとも本気で再現される。アングルの計算されつくしたパフォーマンス撮影により、あたかも同じステージで演奏しているかのように味わえる。広大すぎるアリーナの全員が興奮している様が伝わり「フェスで成功するとこんな気分なのか?」という気持ちにもさせられ、とにかく震える。得がたい体験である。

 ディープ・ファンへの話題は、クイーンの前身の伝説のバンド、スマイルがボーカルのティム・スタッフェルを含め、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー(ドラム)と再結集、後年クイーンのレパートリーになった『ドゥーイン・オールライト』を50年ぶりに再録音し、それが映画に使用されていること。これはちょっと凄いお宝演奏だ。

 それだけではなく、映画中の演奏シーンは全て本物クイーンのもので、オーディエンスが参加した『ウィ・ウィル・ロック・ユー』、新たにギターを再録音した『ドント・ストップ・ミー・ナウ』、果ては冒頭、映画会社の紹介で使われる20世紀フォックス社のファンファーレまでブライアン・メイとロジャー・テイラーによる新録で披露される。ライブ・シーンには79年のパリ公演、85年のリオ・デ・ジャネイロ公演、そしてクライマックスのライブエイドと、全て厳選された音源が使用される。ブライアン、ロジャーの音楽監督により完璧なベスト・オブ・ベスト選曲なのはいうまでもない。特にエディットも非の打ち所がない。ヘヴィー・ファンの不満が出ようはずもないし、クイーン・ファンでなくてもその音源の迫力に圧倒されること請け合いである。

 クイーンが世界的ブレイクを果たしたきっかけは、実は我が日本である。ミュージックライフを始めとするプレスのセンスの良いリード、そこに熱狂的な反応を示した先進的な女性ファン達の存在があってクイーンは歴史的なバンドに成長した。そうしたプロセスもできれば描いてほしかったが、ドキュメンタリー映画ではないのでしょうがない。

 フレディの自宅に京都金閣寺の護符が貼られているというカットが一瞬登場するので、発見して欲しい。

掲載写真:(C)2018 Twentieth Century Fox

プロフィール

サエキけんぞう

ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

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