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ぴあ

最後の呼び方は「お母さん」 『半分、青い。』律と和子、そして弥一が築いた“萩尾家の軌跡”を辿る

リアルサウンド

18/8/25(土) 6:00

 『半分、青い。』(NHK総合)、第2話。カセットテープが埋め込まれた死体が喋り始めるという奇妙な話の本を読みながら、出産を待つ和子(原田知世)を見たときには、一体どんなお母さんになるのやらと不思議に思ったものだ。思えば、そんな律の出産から始まる萩尾家の物語は、作中を通じて大きな役割を担ってきた。放送から5か月近くに渡り、主人公の鈴愛(永野芽郁)の家族・楡野家はもちろんのこと、この萩尾家もまた数々のドラマを私たちに提供し、感動をもたらしてくれた家族である。そこで、そんな萩尾家の魅力を深掘りしていくとともに、その家族の軌跡を見直していこう。

 鈴愛と同じ日に生まれていながら、キャラクターが大分異なる人間として成長していった律。もちろん、そんな彼の人格形成には萩尾家の愛情の注ぎ方が影響しているのは言うまでもない。和子も弥一(谷原章介)もいつも柔和な笑みをたたえつつ、どこか品の良さを漂わせているその感じは、決して嫌味に映ることはなく、観る者をほっこりとした気持ちにさせた。そんな家族風景は、楡野家とは対照的な印象を与える。親子の間で見解の相違があったり、一悶着あっりしたときには、言い争いが絶えなかったり、家族内で上を下への大騒ぎになったりして、どこか気ぜわしい印象がある楡野家。反面、萩尾家では家族間で反目し合ったり、まして誰かが家出をしたりなどといったことはほとんどなく、いつもゆったりとした空気が流れている。

 ただ、そんな“理想的”で“完璧”のように見える萩尾家であっても、悩みを抱えてしまうときだってあったものだ。例えば、律の大学進学のとき。和子はおっとりとした雰囲気を醸しながらも、意外と固い信念を持っていて、自分が考えていることは素直に口に出す一面がある。幼少期から期待を寄せてきた律のことを、初めはベートーヴェンにしようと思っていたとか。律なら「運命」くらい簡単に作れると思っていたらしい。ベートーヴェンでなければ、グレン・グールド、いや、村上春樹でもいいのではと和子の期待は止まらない。そして、律が理系向きだと分かると、やっぱりエジソンがいいな、と。実際、律も幼少期から永久機関に興味を持っていたりして、あながち物理学の方向を目指していくのは間違っていなかった。ただ、和子の希望としては、ノーベル賞を取ってほしいという希望も念頭にあって、当初は律に東大に行ってほしかった。そのため、律が私立の西北大学に合格が決まったときもあまり乗り気ではなかった。

 そんな状況の中、萩尾家で一際大きな存在感を見せたのが、弥一であった。若干、教育熱心気味なところがある和子に対して、弥一はそこから一歩下がった立ち位置から家族を見守っている。この受験のエピソードに限らず、弥一のこうしたスタンスは、萩尾家内で重要な役割を担う。楡野家の宇太郎(滝藤賢一)は、どちらかと言うと、割とひょうきんな振る舞いをしたり、調子の良いことを言ったりして家族の雰囲気を和ませる。

 反面、弥一はむしろそんな宇太郎とは違ったアプローチで家庭を温かくしていく。西北大に進むに際して、弥一は律の気持ちを汲み取り、少々納得のいっていない和子に楡野家の前で優しく説明する。「彼の心の奥底で、どこか(京大合格がかかるセンター試験から)逃げたいって気持ちがあった」とおもんぱかる弥一。続けて、「まるで、この世の全ての期待を自分が担っているよう勘違いしまして、とてもじゃないけど、滑り止めに私立を受けさせてくれと、私たちに言うことはできませんでした」と律の気持ちを代弁した。

 律の立場に理解を示しつつ、同時に和子の思いにも寄り添う。そんな弥一の優しさは決して押しつけがましくなく、気づいたときには、いつも自然とそこにあるタイプの優しさ。こういう役割は楡野家内の仙吉(中村雅俊)的であったりもする。家族のみんなから少し離れたところから全体を見渡して、悩める家族がいればお茶でも飲みながら、一息つく時間を一緒に共有する。そんな弥一がいるからこそ、和子も律も度々救われてきた。

 また、萩尾家の存在は楡野家の人々に対しても、しばしば影響をもたらす。昔に遡れば、例えば、鈴愛が漫画の世界に行きたいと言い出したとき。すでに農協への内定が決まり、晴(松雪泰子)も意気揚々としていた中で、突然に鈴愛がやっぱり農協には行かず、漫画家になりたいと言い出す。当然、晴は猛反対。鈴愛と意見が対立してしまう。そんな中、晴にそっと助言をほどこしたのは、和子だった。和子は何よりもまず、鈴愛の描いた漫画を称賛した上で、鈴愛には「才能があると思う」と断言して見せた。それでも鈴愛の耳のことが気にかかってしまう晴に対して、和子はこう告げる。「私、思うんだけど。耳のことがあるから、より心配なのは分かるけど。鈴愛ちゃんには、鈴愛ちゃんの人生があって。それで、律には律の人生があって。私たちはさ、子供が、SOSを出したときしか、もう立ち入っちゃいけないんかなって」。

 和子はこんな風に誰かに対して意見をするとき、まるで自分が金八先生みたいな説教臭さを出してしまっているのではないかと気にするときがある。でも、本人は気づいていないのかもしれないが、彼女が思う純粋でまっすぐな意見は人々の心の支えになってきた。同じ日に生まれた鈴愛と律はもちろんのこと、2人の母親である晴と和子もまた、持ちつ持たれつの関係を築き上げてきたのだ。最近の話で言えば、鈴愛が実家の店の2号店を出したいと言ったとき。またしても鈴愛と晴は対立し、晴は家出をしてしまった。そんな中、行くあてもない晴が訪れたのは萩尾家。そのときも、傍でじっくり話を聞いてくれたのは和子だった。楡野家だけでは収めきれない何かがあったとき、いつもまるごと面倒を見てくれる。楡野家と萩尾家がほとんど家族ぐるみと言ってもいいくらいに深いつながりを維持し続けることができるのも、きっと鈴愛と律が結び付けてくれた何かの縁なのかもしれない。

 さて、ここ最近の放送の中で、視聴者の誰もが気にかかっていた萩尾家の“不安要素”があった。和子が抱える拡張型心筋症である。もちろん、律も弥一も和子の前ではそのことに関して、ことさらに大騒ぎしてみせたりはせず、持ち前の落ち着きをもって和子のことを見守る。ところが、そうは言ってもやはり長年付き添ってきた間柄だからであろうか。第122話では珍しく感情をあらわにしてしまう弥一の姿があった。弥一が作ったリゾットを和子に食べさせたあと、1人写真のネガを見ながら悲しみに震えてしまう。そして、思わず持っていたルーペを床に投げつける。律が初めて、和子の持病の薬を見つけたときには、「心配すんな。お父さんがついとる。律は自分のことを頑張りゃいい」と言って律を気遣った弥一であったが、それでも弥一の中では耐えかねるものがあったのだろう。弥一のそば、律のそばにいたいという和子に対して、今の自分にできることがあまりにも少なすぎることへのやるせなさ。いつもは何でも和子の期待に応えることができたのに、どうしてここにきてこんな無力感が自分を襲うのか。

 そんな風にして頭を抱え込む弥一の後ろ姿を、律は偶然目の当たりにしていた。そして、そんな弥一に対して律は「ちょっと外出たらいいよ」と声をかける。この律の気遣いには、弥一的な優しさがちゃんと律に遺伝していることがよくわかる。話を聞かなくても、弥一が何に対して体を震わせているのかを、さっと読み取ってあげる。そして、本人の傷が最も浅く済むような気づかいをしてあげること。子は親の背中を見て育つと言うが、弥一が人にほどこしてあげる気配りの仕方が律には子どものころから身についていることを思い出させる。

 一方、和子と弥一の2人のこうした育て方のおかげで、律は息子の翼(山城琉飛)にも同じような愛情をもって接することができるに違いないのだ。第121回では、より子(石橋静河)から厳しく算数の指導を受ける翼を思いやる一幕があった。母親の厳しさに対して、落ち込み気味になる翼を端から見つめるその視線、そしてそんな翼の頭を撫でてあげる律は、どこか昔の自分を重ね合わせていたのかもしれない。もちろん和子は、より子的な厳格さはないものの、親からある程度の期待を背負い込まされてしまっているという点では、何か思うところがあったのであろう。口には出さないものの、「無理しすぎるなよ」とでも言いたげな感じは、先に述べたような弥一の優しさを受けて育ってきたからこその振る舞いのように思える。

 と、ここまで萩尾家の歴史を振り返ってきたが、“その時”は今週いよいよ訪れてしまった。

「そして、その8日後、満月の夜に和子さんは逝きました」

 律が、父親と同じように和子のことを“和子さん”と呼ぶのは昔からであるが、第125回の和子と律の会話シーンでの、最後の最後の呼びかけ方は“お母さん”だった。律と言えば、和子の言葉を借りれば、「あの子は、心の真ん中のところを人に言わない」人間だった。ただ今回、彼は和子に対して、「あなたの息子で本当に、本当によかった。大好きだ。面とは向かって言えなくてごめん。ありがとう」と心の内を明かした。一視聴者として、できれば和子の温かな笑顔、そして「この、バカチンが!」という和子の物まねをもう少し見たかったという思いもある。でも、こうして和子の優しさを一身に受けて育ってきた律なら、きっと今後も幸せな人生を送れることだろう。和子さん、今後も律たちのことをどうか温かく見守ってあげてください。(國重駿平)

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