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ミュンヘン・フィル来日! ゲルギエフとユジャ・ワンが共演

ぴあ

18/12/1(土) 10:00

ドイツの名門ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が来日する。その前身であるカイム管弦楽団の創立が1893年なので、およそ125年の歴史に育まれてきたドイツ伝統の響きを体験できるのだからこれは聴かずにいられない。ミュンヘン・フィルと聞いて、真っ先に頭に浮かぶのが、かつて一世を風靡した大指揮者セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996)の名だ。オーケストラを徹底的に鍛え抜くことで有名なこのカリスマ指揮者の下で磨き抜かれたサウンドは、まさに世界最高峰。チェリビダッケとの共演によって遺された録音の数々は、今も独特の輝きを放っている。
2013年、このスーパーオーケストラの首席指揮者に就任したのが現代を代表するカリスマ指揮者ワレリー・ゲルギエフだ。チェリビダッケが”静“の凄みを持つ指揮者だとしたら、ゲルギエフは”動“。オーケストラを燃え上がらせるテクニックに於いては他の追従を許さないこの男の下で、ミュンヘン・フィルがどのような化学反応を起こすのか興味津々。
そして、今回のソリストとして同行するのが、人気ピアニスト、ユジャ・ワンというのも大きな話題だ。予定される2公演のどちらを選ぶのかはあなたしだい。実に贅沢かつ悩ましい選択であることは間違いない。
公演情報:http://www.kajimotomusic.com/jp/concert/k=686/

(c)www.wildundleise.de

ワレリー・ゲルギエフ(指揮)

現代を代表する指揮者のひとり。1978年にプロコフィエフ「戦争と平和」でマリインスキー劇場にデビューし、88年には音楽監督となり、96年からは芸術総監督を務めている。彼の尽力によって同劇場は盛大な音楽祭を行ったり、ワーグナーの楽劇が上演されるようになり、マリインスキー劇場管はオペラやバレエはもちろんのこと、交響管弦楽の分野にまでレパートリーを拡大することとなった。 1995年から2008年までロッテルダム・フィルの、2007年から15年はロンドン響の首席指揮者を務め、2015年秋からはミュンヘン・フィルの首席指揮者に就任した。ほか、世界のトップ・オーケストラの指揮台への登場も多く、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、クリーヴランド管、フランス国立フィルなどに頻繁に客演している。またサンクトペテルブルクの「白夜の星」音楽祭や、モスクワ復活祭音楽祭の国際音楽祭の創設者兼監督であり、2011年からはチャイコフスキー国際コンクールの組織委員会委員長。受賞なども多く、ロシアからは3つの国家賞を授与されたほか、ドイツ、イタリア、フランス、日本などの各国政府からも名誉ある叙勲も多い。

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

1893年にピアノ製造業一族のフランツ・カイムが設立したカイム管弦楽団が前身。1928年にミュンヘン市の運営となり、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団と改称した。本拠地はミュンヘン市の複合文化施設「ガスタイク」内の音楽ホール。マーラーが自らの指揮で1901年に交響曲第4番、1910年には同第8番を世界初演したほか、ブルックナーの弟子フェルディナント・レーヴェが音楽監督としてブルックナー作品を積極的に取り上げるなど、設立当初から今につながる高い音楽的水準の伝統を歩み始めた。1967年から、世界的な人気を誇ったルドルフ・ケンペが76年に没するまで音楽監督を務め、同楽団の声価を一気に高めたのに続き、1979年には巨匠セルジュ・チェリビダッケが音楽総監督に就任した。徹底的なリハーサルで知られるチェリビダッケは、ブルックナーの交響曲の伝説的な演奏を含む数々の名演を残してミュンヘン・フィルの黄金時代を築いた。その後、ジェイムズ・レヴァイン、クリスティアン・ティーレマン、ロリン・マゼール、そして2015年9月からワレリー・ゲルギエフが首席指揮者を務め、現在まで欧州屈指の名門オーケストラとして伝統を守り続けている。

ユジャ・ワン(ピアノ)

87年北京生まれ。6歳よりピアノを始め、北京の中央音楽院でリン・ユェン、チョウ・グォアンレンに師事。99年から01年、カルガリーで夏に開催されるカナダ・中国芸術文化交流プログラム参加を機にカルガリーに移り住み、マウント・ロイヤル・カレッジ音楽院でホン・クヮン・チェンとテム・ブラックストーンに師事。02年アスペン音楽祭のコンチェルト・コンペティションにおいて15歳で優勝。その後アメリカに移り、フィラデルフィアのカーティス音楽院でゲイリー・グラフマンに師事。06年には、ギルモア・ヤング・アーティスト賞を受賞。10年には栄誉あるエイヴリー・フィッシャー・キャリア助成金を獲得している。スタインウェイ・アーティスト。

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