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BUGY CRAXONEが語る、結成20周年で見えたもの「“がんばれ”を歌えることが一番の誇り」

リアルサウンド

18/10/17(水) 8:00

 昨年、バンド結成20周年を迎え、渋谷クラブクアトロでのワンマンライブも盛況に終えたBUGY CRAXONE(以下、ブージー)のニューアルバム『ふぁいとSONGS』は、“がんばるみんなに捧げる”全10曲。ロックバンドとしての力強さを感じさせながらも、随所に散りばめられた遊び心にブージーらしいのびやかさと大人の余裕が表れている。すずきゆきこ(Vo/Gt)に、アルバムのことはもちろん、女性バンドマンとして、紅一点のフロントマンとして、走り続けてきた自身の“ナイスな生き様”について、とことん迫った。(冬将軍)

(関連:BUGY CRAXONE、“リベンジ”のQUATTRO公演で見せた「強い意志と確固たる自信」

■「各々が決めた覚悟みたいなものが集結したアルバム」
ーーバンド結成20周年、渋谷クラブクアトロワンマン、という大きな節目を迎えた後のアルバムですが、制作にあたり、これまでと心境の変化はありました?

すずきゆきこ(以下、すずき):みんなで「21年目はどうする?」みたいな話はしてなくて、わりと自然に曲作りを始めたんです。私は、バンドが20周年というのもありつつ、自分の年齢も今年で40歳になって「好きで始めたバンドが、今も続いています」だけじゃイヤだなと思ってました。メンバーも口には出さないけど、そういうことを考えていたと思うんですよ。各々が決めた覚悟みたいなものが集結した、というのはアルバムを作って感じました。

ーーここに来て、さらに振り幅が広がった印象を受けました。遊び心や、初期の頃のようなギターのサウンドメイクが垣間見えたり。

すずき:今年2月に、クアトロでやらなかった曲を演るワンマンをやったんですけど、そこに向けてこれまでの13枚のアルバムを遡ってコピーしたんです。誰かとコラボしてるのも含めて全曲。我々、歳を重ねるごとに曲がどんどんシンプルになってるんですけど、それを逆に進んでいったから、「こんな手の込んだことをやってたのか」「これは難しすぎて伝わりづらかったね」とか、そういうことにだんだんと気がついていって。それがあったから、アルバムに向けて「そろそろ曲出ししようかね」という時点で、もう柱になる曲が出来ていたんです。それぞれがここ1年で感じたことが自然と曲に表れていた。「大きく成長したぞ」と思えるようなものを作りたい、という気持ちは毎回あるんですけど、いつもとその度合いが違った。それはやっぱり20周年があったからだと思います。

ーー1曲目「わたしは怒っている」の、より図太くなったビートに表れてますよね。それに普通であれば、ギターがコードで埋めていくアレンジへいきがちだと思うんですけど、そこにいかないのもブージーらしいなと。

すずき:笈川(司/Gt)くんが原曲を持ってきたときは、コードメインでシンプルな感じだったんですけど、メロディや、歌が掛け合いになっているところがすごくキラキラしている曲だなと思ったんです。それをストレートなところに持っていくのはなんか勿体ないなと思って。

ーーそういう“ブージーらしさ”って、狙ってるところもあるんですか?

すずき:変なさじ加減ですよね。曲にしてもアレンジにしても、自分たちの落とし所は感覚的にわかっているから。「ぼくらはみんなで生きている」も、もっと今っぽく派手な音で煌びやかにすることもできたけど。笈川くんのギターも、あえてあそこまでチープな音にしたというのは、ブージーとしての着地点が見えていたからだと思うし。

ーー“歪んでいないギター”を鳴らすバンド自体が珍しいし、それでいて出す音は図太い。音楽性も海外のオルタティブロックをにおわせながら、日本の童謡的な響きもある不思議なバンド、ということをあらためて感じさせられました。

すずき:私たちは洋楽ライクでもないし、かといってJ-ROCKのメインストリームでもないし。変なところに立っているバンドだなという自覚はあるんですよ、ふふふ(笑)。でも、のびのびやってる結果がこうなので、それが自分たちらしいところだなとも思います。

ーー資料の中にメンバーによるライナーノーツがありますが、XTCやNed’s Atomic Dustbinといった具体的なバンド名が出ています。そういったルーツをはっきり打ち出すことは珍しいですよね。

すずき:その辺は今回のびのびやったんです。具体的なバンド名を出しちゃうと、そういうイメージで聴かれちゃったり、レコーディングだとそこに寄せすぎちゃったりするから今まではやらなかったんです。とはいえ、練習しているときは「最近こういうの好きなんだよね」なんてみんなで聴いたりするから、今回はあえてそうするようにしました。いい意味で図々しくなったと思うんですよ。

ーーちなみに、アレンジはデモの段階で出来上がっていることもあるのですか?

すずき:笈川くんはわりとみんなを泳がせる余地を持たせてますね。私は作っている段階で完成形が見えてる曲が多いです。これはハッキリしていて、2人とも全然違うな、うんうん。私のはもう、こうしかなりようがない……みたいな、へへへ(笑)。

ーーアルバム要所要所に見られるパーカッション類の入れ方も絶妙ですよね。

すずき:我々の持ち楽器以外のセットみたいなものがあって、タンバリンとシェイカーとカスタネットと鈴と……それを今回はフルで使いましたね。

ーー「ぼくらはみんなで生きている」のギターリフに絡むグロッケンなんて最高です。

すずき:気合いの入ったシティポップ感があるでしょ? 一気に昭和になる感じ(笑)。

ーーブージーの持っている余裕というか、肩肘張らない姿勢がそうしたアレンジに上手く落とし込めてますよね。

すずき:20周年を経て最初に作るアルバムが、粛々とおごそかな内容にならなくてよかった。ここにきて「急にふざけるの!?」みたいな(笑)。我ながら「バッカだなぁ」って思いますね、ふふふ(笑)。

ーー総じて、若いバンドには出せないものだなと思いました。

すずき:でも、私たちが出せないものを彼らはやってるわけだから(笑)。

ーー変な話ですけど、「最近の若いバンドは~」みたいなこと、思います?

すずき:あー、ない!(笑)。うまい! みんなホントうまい! いい音で録ってるしねぇ。尊敬の眼差しですよ。今回、DYGLとか参考にしたりね(笑)。自分たちの音にフィードバックできるとは思ってないけど、「いまのバンドはこんなにいい音でいい曲やってる」ということをみんなで共有したかった。いつの時代にも若者がいて、大人がいて……。

ーーいつのまにか、自分たちが“大人の側”になってる!?……みたいな。

すずき:“対バン子供化現象”でしょ? アハハハハハ(笑)。

ーー(笑)。ロックシーン自体が80年代~90年代と変わってきているじゃないですか。20代だったバンドが40~50代になって、それを聴いているリスナーも歳を重ねて「ロック=若者の音楽」という図式ではなくなった。ブージーしかり、怒髪天のようなバンドもいたり。

すずき:怒髪天もブージーも、“人生”や“生命”を歌っているバンドですが、恋愛をメインに据えて曲を書いているバンドがどうなっていくのか。一定のところをキープしている人たちはいるじゃないですか。でも、等身大のラブソングを歌ってきた人たちが、どんどん年齢を重ねていって生み出すラブソングは、どういう深みを増していくのか……すっごく楽しみ。「彼氏と彼女」だったのが、「夫と嫁」に置き換えられていくのかな? とかね(笑)。

■「ロック史の中でいちばんカッコいい“がんばれ”」
ーーブージーはラブソングを歌わないですよね。

すずき:そうですね、自分が音楽を始めたきっかけがそこじゃないからですね、うんうん。

ーー避けてきたところもあるんですか?

すずき:「書かないの?」と言われたことはあるんですけど、いかんせん私自身がそこに興味が湧かなかった。そこは「個人的にやりなよ」って(笑)。それは逆も然りで、「人生とかは自分の胸にしまっておけばいいじゃん」と思う人もいるだろうから。どこに反応してバンド始めたのかということは、大きいんじゃないのかなぁ。女性ボーカルのバンドって、恋愛がベースになっていることが多いとは思うんですけど。私はあいにくそうじゃなかった。そういう星の下に生まれたんだと思います(笑)。

ーー女性ボーカルのバンドで、ずっと歌い続けてる人って多くはない印象ですが、そういう長年やってきた“自負”みたいなものはありますか?

すずき:ないです!(笑)。たまたま女だったし、たまたま続いたというだけだしねぇ。何も考えてなかったですからね。でも、自分が「女なんだ」ということに自覚が出てきたのは30歳超えてから。それまでは「男、女」という性別よりも、「若者」という括りで突っ走ってたわけですよ。それが30歳過ぎると、そうもいかなくなってくる。男の人と女の人、それぞれ身体の進み方が違うわけだし、それをなんとか結びつけていた“若さ”というものが少しずつ減っていくわけだから。そこで初めて「あっ、私、女だった」と気付きました。退廃的なものが好きだった20代があって、でもそれが30代になるとかわいそうで見ていられなくなってしまう。あんなにカッコよく見えていたカート・コバーンを「かわいそうだ」と思うようになった。

ーー身体の変化で考え方も価値観も変わっていった。そこから詞や音楽自体も変わったわけですよね。

すずき:なんだかんだ“自分”を気づかせてくれることって、他人や出来事よりも、自分自身の身体なんだと思います。昨日できたことが、いや、さすがに昨日はないな(笑)、去年までできていたことができなくなった……ということは驚くし。スケジュール詰め込んでも前までへっちゃらだったのに、朝起きたらズンっと疲れが……みたいな(笑)。あとはなんだろうなぁ……、同世代や上の人たちが、他人に対して“余計なお世話”を焼くようになっていくのが嬉しくなるというか、そこに温かみを感じたりね。音楽をやっていない先輩たち、子育てをがんばってるお母さんたちに教わることも多かったな。日々生きていくことが精一杯で、なりふり構わないんだけど、それが愛情から生まれているものだと、ぜんぜん印象が違うんだな、とかね。思えば、自分の親もそうだったと思うんですけど。

ーーすずきさんの歌詞って、母性というか包容力みたいなものがありますよね。

すずき:私は、いち社会にいる大人のバンドマンとして、BUGY CRAXONEを通して“余計なお世話”をしているのかな、と思うんですね。好きでやっていることではあるんですけど、人に聴いてもらう形をわざわざとっているわけだから、それを不毛なものにはしたくない。このあいだ、自分でもびっくりしたんだけど、電車に乗ってたとき、小っちゃい子が急に走り出したのを見て、「あぶないっ!」って自然に身体が動いたんですよ。若いときは「あぶない」と思っても身体は反応しなかったと思うんです。きっと、私より前に動いてたおばちゃんがいたんでしょうね。自分がそういう年齢になってきているんだなぁって。誰に教わったわけではないけど、大人になっていくというのはそういうことのような気がします。私はバンドマンだし、音楽という“余計なお世話”で、世の中と触れているんじゃないのかなと思いますね。

ーー日々の生活に寄り添うような、地に足のついた表現は前作『ぼくたち わたしたち』(2017年)から顕著になったと感じました。それまでは言葉は柔らかいけど、表現を曖昧にしていたような気がするんですよ。

すずき:ストレートに言うことでカッコいいと思える表現方法を見つけたんです。『いいかげんなBlue』(2013年)、『ナポリタン・レモネード・ウィー アー ハッピー』(2014年)あたりは、自分の言いたいことはもちろん言うんだけど、何しろ、音楽としてカッコいいとか、作品としてちょっとはすっぱなところがあるとか、そういうところに重きを置いていたんですね。それがこの何年かの変化、自分も歳を取ってきた中で、もう一歩踏み込んだ表現が出来るようになったんだと思います。

ーーそういう意味で、これまでは聴き手に委ねていた部分もあったけど、今作の表題曲「ふぁいとSONG」は、ダイレクトな“励まし”ですもんね。

すずき:「がんばれ」を歌えることが、いま私がいちばん誇りを持っていることなんです。THE BLUE HEARTSが「人にやさしく」で〈ガンバレって言ってやる〉と歌っているのが、私が思う、ロック史の中でいちばんカッコいい「がんばれ」なんですね。それに敵わないと思ったから、これまでは言えなかった。いまは勝てると思ったわけではないんだけど、「恐れ多いですが、隣に並べさせてください」という気持ちを持てるものを書けた。それはすごく大きいことだと思いました。

ーーそれでいて、説教じみてないのがすごいなと。

すずき:そう! それ、私も思った(笑)。

ーー“強制”ではないですもんね。

すずき:やる気のある人って、応援してもらわなくても、がんばってる人からいい影響を受けようとするんですよね。私は同じ時代に生きている人たちを信じているし、綺麗なものを見たり、素敵な活動を見たら、そこに自分も呼び起こされると思うんです。だから〈がんばろうぜ〉と歌ってはいるんだけど、無理矢理ではなく、たとえ見ている方向は違ったとしても「がんばってる」ことを、みんなで横並びで感じ合いながら一緒にやっていけたらいいんじゃないかな、っていう気持ちです。

ーー〈わたしはいま怒ってる〉(「わたしは怒っている」)〈ぼくらはみんなで生きている〉(「ぼくらはみんなで生きている」)からの〈みんなでがんばろうぜ〉(「ふぁいとSONG」)という流れも、すずきさんらしいところで。

すずき:みんなで生きてるから怒ってるんですよね。「わたしは怒っている」は、同世代のバンドマンとの話の中で、やれ「金がねぇ」、やれ「環境が恵まれねぇ」なんていう愚痴を聞いていて、「何言ってんだよ! 自分が好きでやってるのに文句言うな! まだ腹決まってねぇのか!」と頭にきて書いてたんですよ(笑)。でも書き進めていくうちに「すずき、お前はどうなのよ?」って、筆が止まっちゃったんです。生きていく中で「私、知らないことだらけじゃん」と、今度はどんどん自分に腹が立ってきて(笑)。

■「いちばんわかりやすい私のアイデンティティ」
ーー「わたしは怒っている」というタイトルを見たとき、「何ごと?」と思ったんですけど、歌を聴いたらものすごくすずきさんらしくて納得しました。

すずき:「腹立つなぁ」と思って書いたんだけど、ライブで歌ったら、「ゆきちゃん、“怒ってる”とかいって泣きながら歌ってるじゃん」と知り合いに言われて気づいたんです。私の中にずーっとある正義感、それこそ、“余計なお世話”がこの1曲に集約されているんだなと。いちばんわかりやすい私のアイデンティティかなと思います。

ーーもともと、すずきさんのアーティスト性の原動力って、“怒り”だと思うんですよ。デビュー当時は常に怒ってましたし。でも、あの頃とは“怒り”のベクトルがまるで違う。

すずき:そう、そうなんだよね。怒り方が若かったんですよね。あの頃は「怒ってる」とか「なんとかしたい」というより、自分の気持ちをコントロールできないという意味での、怒りのアウトプットのされ方をしてたと思うんです。だけど、今はそうじゃない。

ーーでも、今も昔の曲を歌うときはちゃんと“当時のモード”に切り替わるじゃないですか。目つきや表情含めて。あれって、すごいことだと思うんですよ。

すずき:ああ、そうですね。それがなかったら、もう出来ないかもしれない……うん。若い頃に比べて失っているものはあるんですけど、そのぶん気持ちは豊かになっているので、よりいろいろなものを伝えられるようになっているとは思います。

ーー「わたしは怒っている」ではじまって、最後が「すずきのナイスな生き様」っていう(笑)。

すずき:名案だと思ったの(笑)。とぼけてるよね? 〈アドバイスするよ〉なんて「おまえに言われたくねぇよ」って、ちょっと腹立つもんな(笑)。

ーー(笑)。

すずき:今回はトータルとして、ポジティブな意味で「期待を裏切れるようなものを作りたいな」というのもあって。いままで聴いてくれてきた人たちには「やられたわー」、初めて聴く人には「なんかこのバンド、腹立つわー」って(笑)。

ーー「じきにスターダスト」なんていう曲もありますし(笑)。

すずき:ふざけたタイトルだよね(笑)。この曲は自分たちでは意識してなかったんですけど「デヴィッド・ボウイっぽい」と言われることが多くて。ボウイも亡くなって、聴き直して閃いた(笑)。そういう土壇場のひっくり返しみたいなことは多かったな。「わたしは怒っている」のイントロのチャイムみたいなギターも、もともとダビングで入っていたやつなんだけど、「これアタマに入れたほうが絶対いいわ」と思って、急遽くっつけたり。その場その場で活きのいいアイデアが出たのは、やっぱり13枚振り返った影響だと思います。

ーー最初に「“好きで始めたバンドが、今も続いています”じゃイヤだ」、と言ってましたが、アルバムが出来上がって、バンドのこの先は見えました?

すずき:バンドを、大人になりきれない人の拠り所にしたくない。わざわざ大人になってるのにやっているわけだし。これだけいろんなことが多様化していて、それこそ自分の子供くらいの年齢の子たちも、同じシーンで同じ“バンド”としての括りで活動できる時代だからこそ、大人が大人として楽しめる場所に我々が居て、BUGY CRAXONEを起点にいろんなライブやイベントをやって行けたらいいなと思っています。以前『Joyful Joyful』(2012年)のとき、「国立公園みたいなバンドになりたい」と何かで書いたことがあるんです。公園って出入りが自由だし、安全だし、どんな世代の人でも自分の過ごしやすい過ごし方ができる。音楽の好みはそれぞれあるだろうけど、気持ちのあり方として、そういうバンドでいたいなと、あらためてそう思いましたね。

ーーすずきさん自身も、大人の女性バンドマン&フロントマンとしての指標になっていくんじゃないかと。

すずき:そうねぇ……。でも長くやってきたから偉いというわけでもないしねぇ。

ーー長くやってきたからこそ、のものは絶対に説得力あると思いますよ。

すずき:ああー、それを今後叩き出していくのが私の仕事でしょうね、ふふふ(笑)。

(取材・文=冬将軍)

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