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『アンダー・ザ・シルバーレイク』監督が語るLAとポップカルチャー 「映画自体が僕にとっては非常に大切」

リアルサウンド

18/10/13(土) 10:00

 アンドリュー・ガーフィールドが主演を務めた映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』が10月13日より公開された。セレブやアーティストたちが暮らすロサンゼルスのシルバーレイクを舞台に、消えた美女を探すうちに、街の裏側に潜む陰謀を解明することになるオタク青年の暴走と迷走を描いたネオノワール・サスペンスだ。

参考:アンドリュー・ガーフィールド、『アンダー・ザ・シルバーレイク』での“異色キャラ”にコメント

 今回リアルサウンド映画部では、メガホンを取ったデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督にインタビュー。デビュー作となった『アメリカン・スリープオーバー』、大ヒットを記録した『イット・フォローズ』、そして本作と、作品ごとに異なるジャンルに挑む監督の素顔に迫った。

ーー『アメリカン・スリープオーバー』と『イット・フォローズ』はあなたの地元であるデトロイトが舞台になっていましたが、今回の作品はロサンゼルスが舞台になっていますね。

デヴィッド・ロバート・ミッチェル(以下、ミッチェル):僕はミシガンの生まれだけど、ロサンゼルスにも何年も住んでいて良く知っているから、そこを舞台にするのは自分にとってはとても自然なことだったんだ。僕にとって、ハリウッドももはや一つの故郷。実際住んでいると、街の中にはダークな面もあると思うし、そのダークな面は、アメリカ全体のダークな部分が反映されているようにも感じるんだ。それは住んで分かってきたことだね。また、ロサンゼルスはすごく分断された都市だとも思う。非常に豊かで名声を持っている人たちが住んでいるヒルサイドと、生活に苦しんでいる人々が住むエリアと、ハイアンドローな部分がある。本作は、フィルム・ノワールのスタイルを取っているが、リッチなサイドとそうでないサイドを行ったり来たりするのに、あるいはこの都市のいろいろな部分を動いて見せるのに、このノワールというスタイルがすごく合っていると思ったんだ。

ーーロサンゼルスはあなたにとっても重要な都市であると。

ミッチェル:僕にとって、美しくもあり醜くもあって、愛してもいるし軽蔑もしている場所だね。おそらく多くの人がロサンゼルスに対して同じ気持ちを持っているんじゃないかな。僕は自分の人生を、映画というアートフォームを作ることに捧げている。それほど映画が大好きなんだ。ロサンゼルスという街は、映画史のいろいろな時代と深く関わり、映画とは切っても切れない縁がある。だから、映画の中心である都市という意味でも、ロサンゼルスは僕にとって魅惑的なんだ。必ずしもロサンゼルスの映画界で起こっていることが好きとは限らないけど(笑)、映画自体が僕にとっては非常に大切なんだ。

ーー物語は様々な要素が絡み合った複雑なものになっていた印象です。脚本を書き上げる過程でどのようなことを重視したのでしょう?

ミッチェル:説明するのがとても難しいんだけれども、「ロサンゼルスのリッチなサイドには何が起こっているのか」と疑問に感じたところから本作のアイディアは始まったんだ。劇中に出てくる作曲家が登場するシーンが最初に浮かび、そのシーンに自分自身がインスピレーションを受けて、脚本を練っていったよ。

ーー『アメリカン・スリープオーバー』では青春映画、『イット・フォローズ』ではホラー、そして今作ではミステリーと、あなたは作品ごとに異なるジャンルに挑んでいる印象です。ジャンルにとらわれない作品を作ろうとする意識は監督自身の中にあるものなんでしょうか?

ミッチェル:僕自身、いろいろなジャンルに興味があるけど、ただ違うジャンルを作りたいというわけではないんだ。常に自分自身にチャレンジしたいし、自分自身を怖がらせたいという想いがある。自らを快適なゾーンから追いやって、もっといろいろやりたいという気持ちが強いんだ。それに、自分の境界線を広げたいという気持ちや、いろんなジャンルで実験したいという想いもすごくあるんだ。すべてのジャンルに対して「こういう映画を作りたい」というアイディアがあるから、全ジャンルの映画を作ってみたい。ある時点で、すでに作ったジャンルにもう一度トライして、全く異なるスタイルの映画を作ってみたいというのが、僕の願いでもあるんだ。今すぐにできることではないけれど、将来的にそうしたチャレンジができればいいなと思っているよ。

ーー劇中では『アメリカン・スリープオーバー』がパロディ的に使われるシーンがありましたね。

ミッチェル:『アメリカン・スリープオーバー』という作品は、ある種正直で、人生における可愛らしい時代を描いた映画なんだ。それをフィクション版にして映画の中で使うことで、「ハリウッドというのは、そういう美しいものも醜くできるんだよ」というものを見せるのに効果的だと思って使ったよ。すごく誠実で、可愛らしいものでさえ堕落させてしまうハリウッドの部分を表したいなと。自分の作品をもう一度使うのは、馬鹿馬鹿しいところもあるけれど、ユーモアがあって面白いなとも思ったね。

ーー劇中では音楽、映画、ゲーム、ファッションなど、様々なポップカルチャーが引用されています。引用されているものは監督自身の好みに通じる部分もあるのでしょうか?

ミッチェル:自分の好みに通じている部分もたくさんあるよ。例えば、『大アマゾンの半魚人』は、僕自身が大ファンだからポスターを使ったんだ。ただ、すべてがそうというわけではない。自分の好みではないけれども、映画のストーリーにフィットするかどうか、あるいはキャラクターにフィットするかどうかで使っているものもかなりたくさんあるんだ。僕自身はポップカルチャーが大好きだし、ポップカルチャーを消費している人間だけど、作品のためにかなりリサーチもしたよ。

ーーポップカルチャーに対してある程度の知識がないと、完全に理解できない部分も多いように感じました。

ミッチェル:ただ、観客がつたっていける、ある種の“繋がり”、つまり、分析できて、解決に至る糸口みたいなものはあると思っている。ポップカルチャーが分かっていれば、より理解できることもあるけれど、そういった知識がなくても、映画のエッセンスや本質的な部分は感じてもらえるんじゃないかな。ある種の感覚やメッセージというのは、ポップカルチャーを知らなくても分かると思うし、逆に、ポップカルチャーへの知識がある人が答え探しをしながらこの映画を観ていると、罠にひっかかる部分もわざと作ってあるんだ。

ーーこれだけの引用は許可取りも大変だったのではないでしょうか?

ミッチェル:プロデューサーがたくさん仕事をしてくれたけど、僕自身は実際どのくらい大変だったかは分からないね(笑)。でも、彼らのおかげでこの映画が作れるようになったから、本当に感謝しているよ。(宮川翔)

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