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タッキー&翼の解散を惜しむ 滝沢秀明と今井翼の異なるスタンスを振り返る

リアルサウンド

18/9/14(金) 11:30

 タッキー&翼が9月10日をもって解散した。さらに、滝沢秀明は年内で芸能活動を引退し、ジャニー喜多川社長の意志を受け継ぐプロデューサーへ。そして、今井翼はジャニーズ事務所を退所し、病気療養に専念する。

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 「共に30代半ばを過ぎ、一人の男としてこれからの人生をそれぞれに見つめての決断とご理解いただけたら幸いです」。今回の解散報告にはこんなコメントが添えられていた。“一人の男としての人生の決断”その言葉の重みに、彼らが何度も話し合って導いた結論なのだということがわかる。

 だが、ふたりが並んで歌う姿を待ち望んでいたファンにとっては、あまりに衝撃的な展開だった。90年代末に訪れた、ジャニーズJr.黄金期から約20年。“東の滝沢vs西のすばる”と、東西で人気を二分していた渋谷すばるも、ジャニーズ事務所を旅立つことでも話題になったばかりだ。時代の区切りを感じずにはいられない。

■手柄は相手のものに……滝沢秀明の美学
 ジャニーズファンであれば、滝沢が多くの人から愛される人格者であることは周知の事実だ。ジャニー社長の誕生日会も、会場の選出から、参加者への声かけ、そして当日来られないメンバーからビデオレターを集めて編集まで手がけていた。そして、そこまで手配しながら、幹事はあくまでも発起人である中山優馬と、後輩に花を持たせる。大変なところは自分が率先し、うまくいけば手柄は相手のものに……それが滝沢秀明という男の美学だ。

 2010年、滝沢はジャニーズとしては初のネット配信番組『滝CHANnel』も手がけていた。今でこそ、YouTubeに『ジャニーズJr.チャンネル』が開設されたが、当時としてはかなり時代の先駆けとなる画期的なコンテンツだった。

 『滝CHANnel』は「ジャニーズJr.たちを紹介したい」という滝沢の願いを叶える形でスタートしたもので、どんなシチュエーションでもカッコいい姿をセルフプロデュースする「イケメンショータイム」をはじめとしたチャレンジ企画や、個性や周囲との関係性が見えてくるランキングクイズ、人間性を浮き彫りにするドッキリなど、様々な角度で彼らの魅力を発信。舞台を中心に活動をしているジャニーズJr.たちにとっては、多くの人に存在をアピールする絶好の機会となった。

 初回にフィーチャーされたのは、CDデビュー前のKis-My-Ft2だった。その後、デビューするSexy Zone、A.B.C-Z、ジャニーズWEST、King & Princeらも、ジャニーズJr.として『滝CHANnel』に出演し、多くのファンを獲得していった。また、近藤真彦や香取慎吾、赤西仁などがゲスト出演したのも、滝沢の人望があってこそ。そんな『滝CHANnel』は2016年にサービスを終了したが、後輩を魅力を伝える滝沢の姿勢は舞台『滝沢歌舞伎』でも続いた。

 なかでも、今やジャニーズの舞台に欠かせないジャニーズJr.のグループ・Snow Manを、かわいがっている滝沢。かつてSnow Manへ宛てた手紙で、“Snow Manが「Jr.のトップになる」と言ったとき、胸が痛くなった。思いきり怒ってやろうと思った”と綴っていた。それから数年、どうしたらSnow Manが大きくなれるのかを考え続け、大事にしたいと思っているからこそ厳しく接してきた、とも。

 滝沢の視点はかなり早い段階から、自分が主演する舞台の成功にとどまらず、ジャニーズの繁栄に向いていた。プロデューサーへの転身も「ずっと頭の中に描いていたこと」と話す滝沢の言葉に、誰もが納得したことだろう。“あのタッキーならジャニーズをより良くしてくれるはず”、“もっとワクワクする画期的なコンテンツを企画してくれるに違いない”、そんな確信をする。だがやはり滝沢自身が魅せる美しい姿が、そして何よりも今井翼と並んで立ち、多くのJr.たちが嬉しそうにそのバックについていた風景が見られなくなるというのは、やはり残念でならない。

■自分の興味に突き進む、今井翼のスタンス
 “ジャニイズム”の継承者である滝沢の相方でありながら、今井はどこまでも自分の興味に素直に突き進んでいくスタンスを貫いた。その勇気と努力は、ジャニーズアイドルの多様な個性が受け入れられる大きな一歩だったように思う。

 2007年、舞台で披露するフラメンコを、単なる挑戦で終わりたくないと考えた今井は、単身で本場スペインに乗り込む。会社に報告はしたものの、身の回りのことは全て自分で手配をして挑んだという。ロストバゲージにも見舞われながらも、何度も足を運んでレッスンを受けた。最初は通訳を頼んでいたが、自主的にスペイン語も習得。その語学スキルはNHK語学講座『テレビでスペイン語』のナビゲーターを務めるほどに。そして、ジャニーズとしては初の大学での特別講義も担当し、2012年には世界初のスペイン文化特使就任という快挙に繋がる。一度やると決めたら世界に認められるレベルまで大成する、それが今井の凄さだ。

 大好きな横浜DeNAベイスターズについてもそうだ。ラジオ『今井翼のto base』(文化放送)では、時折ファンを置いてきぼりにする勢いで語りまくる姿が微笑ましかった。中居正広の冠番組『ナカイの窓』(日本テレビ系)にはユニフォーム姿で出演。「タッキー&屋鋪でもいい」とまで屋鋪要選手への愛を熱弁し、番組を盛り上げた。そのアツい想いに、ベイスターズファンからも一目を置かれ、気づけばベイスターズ応援新聞『BAY☆スタ』で選手に熱烈インタビューを行なうポジションに……と、いつも“やるならとことん”というのが今井翼らしさ。

 また少年隊が積み上げてきた、ジャニーズ伝統のミュージカル舞台『PLAYZONE』の座長を2010年に引き継いだ今井は、マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」を手がけたコレオグラファーのトラヴィス・ペインとタッグを組み、ダンスで魅せるステージを創り上げる。2011年には『PLAYZONE’11 SONG & DANC’N。』と題し、歌とダンスのみで構成した圧巻のステージを披露。その模様を収録したDVDは『PLAYZONE』としては11年ぶりにオリコンDVD総合週間ランキングで初登場首位を記録する快挙を成し遂げる。

 ダンスにおいてもワールドレベルに達した今井は、世界のトッププロダンサーが“床が燃え上がるほど”激しいダンスを披露する『バーン・ザ・フロア』日本公演で、日本人初のスペシャルゲストダンサーを務めることに。ステージに立った今井の絞られた身体を見れば、どれほどの鍛錬を重ねてきたのかが伝わってきた。昨年の11月に今井はジャニーズweb内のブログで「いやー 踊りたい。そして叶うなら、また東山(紀之)さんと踊りたいです」「今井翼 踊りたいです。踊りたいんだ!!」と綴っていた。それが実現しないままに退所を迎えると思うと、胸が締め付けられる。

 そんなストイックな今井のこと、もしかしたら先の見えないメニエール病との闘いにも集中したいと考えたのかもしれない。そして、その真面目すぎるほど真っ直ぐな性格を、誰よりも理解している滝沢が今井の想いを知ったのなら……。そんなことを考えなければ、解散そして引退、退所という現実を受け入れるのが難しいほど、タッキー&翼はこのまま解散するには、あまりにも惜しいユニットだった。

 多くの後輩たちからは慕われ、先輩たちからは頼りにされ、伝統を守りながらも革新的な取り組みで、ジャニーズブランドを進化させた滝沢と今井。スタンスが異なるふたりの間には、いつもお互いの表現に対する尊重とリスペクトがあった。

 今井が病に倒れて出演が叶わなかったコンサート『Two Tops Treasure Tackey&Tsubasa Tour 2014』で、滝沢はひとりでステージに立つも、不在の今井がいるかのようにマイクスタンドをセット。そして“翼”とプリントされたTシャツを着込み、「僕が滝翼を守る」と話していたのを思い出す。

 今回の決断が、滝沢と今井の未来を守るために必要だったのだと思える日が来ることを、切に願っている。そして、いつかまた今井が思い切り踊れる日を、そして滝沢が広げる新たなジャニーズの可能性を楽しみに待ちたい。(佐藤結衣)

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