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『中学聖日記』教師と生徒の“純愛”はなぜ祝福される物語になったのか 強く優しい女性たちの生き方

リアルサウンド

18/12/23(日) 6:00

 『中学聖日記』(TBS系)の放送が終わった。中学生と教師の恋愛というセンセーショナルな題材を扱ったこのドラマは、有村架純と岡田健史演じる聖と晶の2人がどんなことがあっても守り抜いた「純愛」の物語として、清々しい終わりを迎えた。でも、このドラマがただ、「様々なバッシングと、親の反対、元婚約者の妨害を押し切り、余計に燃え上がった禁断の恋を純粋な心のみで守り抜いた」だけの話だったら、現代社会をキリキリと生きる私たち視聴者の心には届かなかっただろう。なぜ、最初は批判の声も多かった「純愛」が、大勢に祝福されるに至ったのか。

参考:『中学聖日記』ラストシーンに込められた“人生の奇跡” 有村架純と岡田健史の再会が意味するもの

 それは、白い画面の中に佇み、部屋の中になぜかいつもいる千鶴(友近)と会話してばかりで、結婚式のスピーチか就職試験の面接かと言いたくなるようなきれいな言葉で未来と自分の目標を語り微笑む聖ちゃんが、その内的世界を打ち破り、本当になりたい自分を見つけ、誰に頼るわけでなく、自分の人生を切り開いたからだ。

 白い画面の中で不安げに佇んでいた彼女は、最終回、観覧車に乗って上に、上に昇っていく。「がんばれ、がんばれ」と聖を見上げて叫ぶ晶が、彼女からは豆粒ぐらいの大きさに見えるぐらいに。

 これほど斬新な演出があっただろうか。ベタなラブストーリーの展開で、エスカレーター越しに運命の男女がすれ違うことはある。だが、聖と晶の場合は、たった1人で観覧車に乗ってゆっくり昇っていく聖と、それを目で追い続ける晶という、なかなかない、壮大なすれ違いをやってのけたのである。すれ違うどころか、「君(晶)はまだまだこれからで、なんでも手に入る、でも(女で20代後半に差しかかった)聖には何が残る」とまで勝太郎(町田啓太)に勝手に決め付けられていた聖が、勝太郎の誘いを拒み、晶も置いて、空を飛び、タイで日本語教師になるという道を選ぶ。

 彼女は恋を一旦昇華することで、未成年で未熟な晶に、時間と距離と可能性を与え、大人としての責任を果たす。それと同時に、自分自身の教師としての夢にも向かっていった。

 そして、ロマンチックな「純愛物語」は、もう1つ別の次元、2人の女性による「戦いの物語」へと昇華した。男たちを置きざりにして。原作とは違うドラマオリジナルのストーリーである終盤において、聖の恋は、彼女の「自分の気持ちに嘘をつかない」ための戦いへと転じた。その戦いにおいて、重要な役割を担ったのが、勝太郎の上司で恋人であり、後半の聖の良き相談相手でもある原口律(吉田羊)である。聖は、原口と共に「罵詈雑言浴びながらも、何かを得ようと戦う勇者」に、2人が「ライダー?」「変身じゃなくて」と冗談を言い微笑むその言葉通りに、強くしなやかに“変身”したのである。

 それまでの原口は、常に中立の立場で、勝太郎や聖に人生の先輩として澱みないアドバイスを送る存在だった。原口は、常にその名の通り自分を律していた。嫉妬で自分の信念と行動が揺らぐくらいなら、勝太郎を突き放し、別れることを選んだ。それは恐らく、聖とは反対に、「好き」という感情によって自分の理性が支配されることを拒んでいたのではないか。そうまでして、彼女は「自由」の精神を重んじた。

 原口は、8話で勝太郎からの結婚の申し出を前に「そんな試すようなことしないでいい。私たちは、自由に好きでいられるんだから」と勝太郎を抱きしめ、10話で「何もないって、何からも自由ってこと」と聖を抱きしめる。型にはめられることを嫌い、「自由でいること」を何より大切にするのが、原口というひとだ。

 そんな原口に、終盤、妊娠という身体の変化が訪れる。11話で彼女は当惑したような表情を垣間見せる。振りかざされた法的手段を前に「自分の気持ちに嘘つかないと決めたのに、誰のために、どうしたらいいのか、もうわからない」と言う聖に、「それはみんな、そうよ」と答える。そして、「私も考えた。誰のために、何ができるか、どうするのが正解か」と今までとは違う、どこか心もとない表情で彼女は言うのである。

 晶の母親・愛子(夏川結衣)が、たとえ晶に嫌われてでも、彼がちゃんと自立するまで守りぬこうと必死で考え行動したように、あるいは聖が、晶のために何ができるかを必死で考えたように、原口もまた、お腹にいる自分が守るべき存在のために何ができるかを必死で考えて結論を出した。それでも、彼女がどこか不安そうなのは、予期せぬ妊娠と、まだ聖と原口の間をフラフラしている勝太郎の姿を見ていて、「自由でいること」「型にはまらないこと」という彼女の信念が脅かされるからではないのか。

 「正解なんかない。わかるわけもない。だから自分自身の正解を探すの。1人で立って、その先に答えがあるって信じてる」という原口の出した言葉は、そのまま、聖の思いであると同時に、このドラマの本質なのではないかと思う。

 前述した「みんなそうよ」という11話の原口の台詞は、原口と聖だけでなく、生きづらい現代社会を生きる女性たち全てに投げかけているのではないか。ルールや形式に縛られ、理不尽なこともままあるこの社会において、それでも彼女たちは、大切な恋人や子どものため、そしてなにより自分が自分でいるために、己の信念を守り通そうとする。

 このドラマの女たちは優しく、強い。聖も、原口も、愛子も、聖の母親(中嶋朋子)も。誰かを愛し、守ると誓った女たちは強く、時に容赦ないのだ。その強さを前に、男たちはただ、彼女たちを遠くから応援するほかないのである。(藤原奈緒)

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