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ぴあ

チャットモンチーにとって“完結”は不可避だったーー兵庫慎司が観た武道館ラストワンマン

リアルサウンド

18/7/14(土) 10:00

 7月21・22日に地元徳島のアスティとくしまで開催のフェス『チャットモンチーのこなそんフェス2018』を最後に活動を「完結」(※彼女たちは「解散」ではなくこの言葉を選んでいる)するチャットモンチーの、ワンマンとしては最後のステージになる7月4日の日本武道館公演『CHATMONCHY LAST ONEMAN LIVE ~I Love CHATMONCHY~』を観た。このライブはWOWOWで生中継されたほか、全国21カ所の映画館でライブビューイングも行われた。つまり、武道館に来れないファンもリアルタイムで時間を共有できるように、手が尽くされていた。なので、こと細かに時間軸に沿って書くのはやめます。以下、まず、このライブの概要や要点などについてです。

(関連:チャットモンチーライブ写真はこちら

 二部構成で一部8曲、二部9曲、アンコール3曲の全20曲。一部はチャットモンチーの現在の形=最新形の「CHATMONCHY MECHA(チャットモンチー・メカ)」、橋本絵莉子と福岡晃子のメンバー二人によるステージで、ラストアルバム『誕生』の「びろうど」以外の6曲に、「惚たる蛍」と「染まるよ」を加えたセットリスト。曲によってそれぞれシンセやアコースティックギターやパーカッションなどを、同期のバックトラックに加えていくライブ。6曲目「クッキング・ララ」ではゲストでDJみそしるとMCごはんが登場、橋本絵莉子&福岡晃子もハンドマイクで前へ出て3MC編成になる。

 そのあとの「惚たる蛍」と「染まるよ」は同期なし。「惚たる蛍」は橋本絵莉子の歌&アコギと福岡晃子のベース、「染まるよ」は橋本の歌&ギターと福岡のドラムでプレイされた。

 二部は、ふたりにストリングス6名が加わった「チャットモンチー・アンサンブル」編成で、福岡晃子が指揮者を務める形で「majority blues」からスタート。「ウィークエンドのまぼろし」「例えば、」もそのフォーメーションで、福岡晃子がドラムを叩いたり笛を吹いたり、橋本絵莉子がアコギを弾いたりパーカッションを鳴らしたりして、曲に彩りを添えていく。

 12曲目「東京ハチミツオーケストラ」でドラム恒岡章が加わり、9人編成になる。この曲終わりでストリングスが去り、13曲目「さよならGood bye」から16曲目の「真夜中遊園地」まで3人編成でプレイ。17曲目「ハナノユメ」では再びストリングスが加わって、華々しく本編を締める。

 アンコールは、3人で「シャングリラ」と「風吹けば恋」、そしてそれぞれとハグした恒岡章が去ってから、ふたりだけで……いや、ふたりと武道館の360度の客席をびっちり埋めたお客さんたちも加わって「サラバ青春」を歌い、終了した。

 次、演出について。ステージ三方を覆う白い緞帳。開演前は、ステージ両側のスクリーンに「Every day is your birthday」という文字が映し出されており、開演が迫ると「Chatmonchy is coming soon…!!」に変わる。実質SE的な1曲目「CHATMONCHY MECHA」が鳴り始めると「私たちのこれまでと、皆さんのこれからが交わる、輝かしい1日になりますように」というメッセージが映り、緞帳がスルスルと上がってステージが現れる。なお、二部も最初に指揮者(福岡晃子)のシルエットが幕に映し出される、というふうに、その緞帳が効果的に使われていた。

 幕が上がると、ステージ後方の「CHATMONCHY」のプレートが左右に開き、そこからメンバーふたりがセリで登場。ステージ中央の床の楽器・機材が載る部分もセリになっていて、楽器編成が変わる時は、その床が下からウィーンと上がって来て、セットチェンジがされる。

 また、一部と二部の間の転換の時間には、2005年から2018年までのチャットモンチーの歩みを、それぞれの時代の映像と楽曲で振り返って行くヒストリーコーナーも設けられた。

 それから。最後のワンマンならではのピークポイント、何度もあった。

 最初のMCは3曲目「the key」と4曲目「裸足の街のスター」の間だったが、橋本絵莉子、「みなさんこんばんは、チャットモンチーです」と言ったあと、しばし黙ってから「最後までがんばります、応援してください」と、やたら素朴なひとことを発する。

 7曲目「惚たる蛍」の前のMCでは、福岡晃子が「ここまでやってみて、味わったことのない気持ちやな」と言うと、橋本絵莉子も「うん、不思議。味わったことない。説明し難い」と同意。福岡晃子、「ごめん、言葉が続かなくて。なんか、みんなに見守られてるなって感じがします。来てくれてありがとう」とお礼を言う。

 アンコールで、2曲やって恒岡章が去り、ふたりになったところでは、福岡晃子が「まあ座りなよ」と橋本絵莉子を促し、ふたりでステージ前方に座る。しかし橋本絵莉子、黙ったままで、福岡晃子「もうしゃべらん気なんやろ?」。客席から笑いが漏れるが、橋本絵莉子は「なんて?」と素で返し、また笑いが広がる。

 それまでも客席から飛ぶ声援に「もう泣いてまうわ、そんなん言われたら」と答えていた福岡晃子だが、ここで「今やさしい言葉かけられたら、えっちゃんヤバい」とひとこと。が、客席からどんどん飛ぶ声援を受けて、橋本絵莉子よりも先に福岡晃子が泣き崩れてしまう。「ありがとう……あたしがヤバかったわ」。

 「こんなにしゃべれんくなるとは思わんかったな」「うん」などと言い合いつつ、「本当にみなさん13年間応援してくれてありがとうございました」と橋本絵莉子も泣く。チャットモンチーのお客さんはやさしくておもしろい、お客さんはバンドを写す鏡やってよく言うけどほんとにそう思う、というような言葉のあと、「どういう精神状態になるかわからなくて、歌えなくなるかもしれないから、歌詞を出します。みんなで歌ってほしいと思う曲です」と、福岡晃子がグランドピアノを弾いて「サラバ青春」へ。途中で声を詰まらせてしまった橋本絵莉子を助けるようにお客さんたちが声を限りに歌い、橋本絵莉子がそれに聴き入る――というエンディングでは、ふたりも、歌っている人も、歌っていない人も、きっとスタッフ等も含めての落涙率、すごかった。なんだ「落涙率」って。ねえよそんな言葉。でも、こんなに大勢の人がこんなにいっぺんに泣いている光景、人生でなかなか味わうことはないなあと思った。

 以上、ざっとですが、概要でした。で、以下は、これをこの場で体験して私がどう思ったか、どう感じたかについてです。

 こんなラスト・ライブ、初めてだった。まだ『こなそんフェス』があるので、正しくはラストワンマンライブと呼ぶべきだが。とにかく、高2で初めて解散ライブをというものを観て以降(私の場合1986年2月22日、奥田民生がユニコーンの前にやっていた広島のバンド、READYの解散ライブが人生で初めて生で観た解散ライブになります)、33年間でけっこうな数の解散ライブや活動休止ライブを観てきたつもりだったが、こんな気持ちになったことは、一度もなかった。

 昨年(2017年)のライブから始動した、チャットモンチーの最新形であり結果的に最終形となった「チャットモンチー・メカ」で1曲目から6曲目まで。高橋久美子脱退後、福岡晃子がドラムにコンバートしたり橋本絵莉子もギター以外の楽器に挑んだりして「増員なし、ふたりだけ」で再始動した『変身』期のフォーメーションで7曲目と8曲目。

 9曲目から11曲目までは、「チャットモンチー・アンサンブル」という、今日ここで初めて挑んだ新しい形。12曲目からアンコールの「シャングリラ」「風吹けば恋」は、恒岡章がドラムということで「男陣」(恒岡章、下村亮介参加)、「乙女団」(世武裕子、北野愛子参加)期のフォーマットであるとも言えるし、3ピース時代のチャットモンチーのそれであるとも言える。つまり、過去のすべての時期と、現在と、これまでやってなかった未来までを提示してみせた、ということだ。

 という「20曲ですべて見せて聴かせる」構成も、選曲も、演出も、もちろんライブ・パフォーマンスそのものも含めて、これ以上はないだろう、というステージだった。掛け値なしにすばらしかった。ただ、そのすばらしさが、目標とする地点があったから成し得たものであることが、誰の目にも耳にも明らかだったところが、これまでのチャットモンチーとは異なるところだった。

 やってみないとどうなるかわからないけど、やらないとワクワクしないから挑む。リスクを避けたり安定を目指したりして「置きに行く」ようなことをするなら、音楽やってる意味がない――というのが、特に高橋久美子脱退後のチャットモンチーの行動原理だった。ふたりになって最初のシングル「満月に吠えろ」(2012年2月リリース)の〈大丈夫はもう誰も言わない だから行くんだろ 行くんだろ〉というフレーズが僕はもう「墓に持って行きたい日本のロック名リリック」レベルで大好きなんだけど、まさにそういう姿勢だ。

 で、今、その姿勢で「ワクワクできること」を思いつかなくなった、そこで「置きに行く」ことができないから活動の「完結」を選んだ――本人たちはインタビュー等ではそんな言い方してないが、そういうことだと思う。

 でもその状態で、ファンになんの挨拶もしないでいなくなることは、できないし、したくない。そこで、たぶん初めて、目標を設定して向かったのが、『誕生』というミニ・アルバムであり、この日本武道館だった。言うまでもなく、その目標が「完結」だ。つまり「完結」なしでは、『誕生』も、日本武道館もあり得なかった、ということだ。

 バンドにはいろんな続き方があるし、いろんな終わり方がある。次にワクワクすることがなくなろうが、やりたいことが浮かばなくなろうが、詞や曲が書けなくなろうが、とにかく続けるんだよ、生活かかってんだからこっちは、どんな状態であれ転がり続けるのがバンドなんだよ、という人もいる。

 ただ、どちらが正しいとか間違っているとかではなく、チャットモンチーはそういうバンドではなかった、ということだ。まず「これやりたい!」「どうなるかわからないけど進みたい!」という、向こう見ずでリスクを恐れない音楽への情熱ありきで、それをエンジンに進んできたバンドだ。で、そうじゃないと生まれ得ない音楽をクリエイトしてきたし、我々はその音楽を愛して来たわけだ。

 だからここで「もっとやれるじゃないか」とか言うのは、チャットモンチーに対して「チャットモンチーじゃなくなれ」と言うに等しいことなんだなあ、という話だ。僕は正直『誕生』を聴いた時「これめちゃくちゃいいじゃん! もっとやればいいじゃん!」と思ったのだが、考えたら『変身』のフォーマットも『共鳴』のフォーマットもアルバム1枚で終わっているわけだし。つまり、「フォーマットできました、これで何年かやっていきます」という人たちではハナからなかった、そのたびにフォーマットから作らないとワクワクしないタイプのクリエイターたちだった、ということだ。

 さらに言うなら、日本武道館一発じゃなくて全国ツアーやってよ、最後なんだし、と思ったとしても、この日のライブを観たら何も言えなくなる。これ、全国5カ所とか7カ所とか20カ所とかで、できます? 無理ですよね。「最後に一発」だからこそ、できたことですよね。でも、それでは観られる人が限られるからWOWOWで生中継したし、「WOWOW入ってねえよ」(もしくは「入れねえよ」)という人のために映画館でライブビューイングも実行した、ということですよね。

 『こなそんフェス』のように、短い持ち時間でお祭り的にライブやるのは可能だけど、たとえばそのライブセットで全国のフェスを回ってから「完結」、というの、うれしい? 違いますよね。

 と考えていくと、日本武道館でこういう、キャリアを総括する特別なワンマンをやって、そのあとアフターパーティーとして『こなそんフェス』を開催する、というのが、もう、「それしかない」選択だったこともわかる。

 要は、チャットモンチーにとって「完結」が不可避だった、チャットモンチーがチャットモンチーであるためにはそうするしかなかった、ということが、ふたりが何も言わなくても目で耳で肌で理解できる、納得するしかなくなる、そういう時間だった、ということだ。

 終演後、客席で、四星球の康雄と出くわした。よく知られているように、チャットモンチーの大学の同級生であり当時からのバンド仲間である彼は、「アッコ、18歳から知ってるんですよ……」と、終わりを惜しんでいた。そうか、四星球、チャットモンチーが「完結」する前年(2017年)にメジャー・デビューしたんだもんなあ、と思い出した。

 その5日後の7月9日、渋谷クラブクアトロで、ベース梅津拓也脱退以降初のライブ、サポートメンバー3人(ギター:カニユウヤ/突然少年、ベース:長谷川プリティ敬祐/go!go!vanillas、ドラム:タイチ/爆弾ジョニー)が加わって新体制になった、忘れらんねえよを観た。爆音でチャットモンチーを聴いて始まったバンドが、実質メンバーが最後のひとりになっても「バンドとして」続けることを選んだ、その第一歩だ。

 中盤のMCで柴田隆浩は、チャットモンチーの武道館に行った話をした。そして「ハナノユメ」をカバーして大シンガロングを巻き起こし、「バンドやろうぜ」につなげた。〈泣いた さあ あの夜を越えていくんだろ いつか花咲いたら みんなでビールでも飲もう さあバンドやろうぜ〉というリリックを、超満員のオーディエンスが叫ぶように歌うさま、柴田にとってチャットモンチーがどんな存在かをみんなが知っていることも含めて、なんだかとてもグッときた。(兵庫慎司)

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