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ぴあ

Neat’sから新津由衣へ、本人が明かす“DIY活動”からの転換「限界を知って手放せるようになった」

リアルサウンド

18/7/28(土) 19:00

 元RYTHEMのYUIであり、2011年からは宅録のソロプロジェクト・Neat’sとして活動してきた新津由衣が、改名後初のアルバム『Neat’s ワンダープラネット』を7月11日にリリースした。同作は長らく一人でDIY活動をしてきた新津が、SEKAI NO OWARI、ゆず、でんぱ組.inc、SKY-HIなどを手がけるプロデュースチーム・CHRYSANTHEMUM BRIDGEに出会ったことから制作がスタート。ベッドルームから映画の世界へ舞台を移したような、壮大な作品に仕上がっている。

 リアルサウンドでは、これまでの活動や経歴を中心に、彼女へインタビューを行った。楽曲制作をはじめ、アートワーク、MV、絵本、ディストリビュート、紙資料まで制作する“完全”DIY活動を始めた理由や、いくつかの絶望、そこからの運命的な出会いと華麗なる復活などについて、じっくりと話を聞いた。(編集部)

「『MOA』と『Bedroom Orchestra』で自分の限界を見つけた」

ーー新津さんは、2011年にRYTHEMが解散となり、ソロプロジェクト・Neat’sを始動。1stアルバム『Wonders』から3rdアルバム『MOA』まで、ずっとお一人で楽曲制作をはじめ、アートワーク、MV、絵本、ディストリビュート、紙資料まで作られてきたんですよね。

新津:そうですね。2011年の2月にRYTHEMを終えて、6月からNeat’sを始動して、2015年の8月までは一人でやってきました。

ーーDIYで活動することを選んだ、というと語弊があるかもしれませんが、RYTHEM時代のスタッフや知り合いに頼ることも選択肢としてあったと思うんですけど、なぜそうしなかったんでしょうか。

新津:18歳のときにデビューしてたくさんの大人たちに囲まれて活動が始まっていったのですが、当時は子供だったから、「大人たちを驚かせたい」という、ただただピュアな欲求で音楽を楽しんでいたんです。でも、自分の年齢が大人になるにつれて、自分の心のバランスとメジャーの活動のスピード感が釣り合わなくなっていった時があって。音楽はこの先数十年経っても続けていきたいと思っていたのに、ただ消費される存在になってしまうかもしれないという恐怖にも襲われました。言葉にするとふわっとしちゃいますけど、ホンモノのアーティストになって独り立ちしないと、この先どこかで風に吹かれて倒れてしまうなと確信したので、基礎固めみたいなことがしたかったんです。

ーーそれが困難な道だったとしても、消費されてすり減ることを避けて、自分が強くなっていくことを選んだんですね。

新津:はい。そこからプリミティブな生活から生まれたことを音楽に落とし込むというオーソドックスなことをちゃんとやろうと思い、Neat’sをスタートさせました。当時、海外ではGrimesが出てきた時期で。今ほど“宅録女子”という言葉も根付いていなくて、「わたしもこうなりたい」と刺激を受けたんです。私、子供の頃からなんでもかんでもやらないと気が済まない性格だったので、「自分ができることをフル活用したら、私もGrimesみたいなことができるんじゃないか」と思い込んでいました。

ーーGrimesへの憧れ以前に、DIY的なものをやりたいと思った契機はあったんですか?

新津:私、元々の夢は「絵本作家」なんです。だから、一直線に音楽の道を目指してきていたミュージシャンとは、思考が違うという感覚があったんですよ。最初はそれをマイナスのように捉えていたこともあって。ミュージシャンって肩書きをつけられると、申し訳ない気持ちになっちゃうというか。でも、Neat’sをやることによって、音楽的ではない脳みそを持っている人は、同じフィールドにそこまでいないので、武器になるだろうと思えました。

ーーでも、当時のインタビューでお話ししているように、実際にNeat’sとして活動を始めてからは、うまくいかないことも多々あったようですね。いざDIYの活動に踏み出してみて、思っていた通りになったこと、逆にうまくいかなかったことは?

新津:両方の側面があるので、まずはうまくいかなかったことをお話しします。私は、一人の人間として、本当の自分を掘り下げようとDIYを始めたんですけど、それって「本当の自分は自分の中にいるはず」という前提だったんですよ。でも、いざ自分の中身を掘り下げたら、何もないということに気づいてしまった。空っぽである自分を目の当たりにしたときに、「どうしてこうなったのか」と絶望したんです。

ーーその「何もない」という感覚はあまり理解できないです。何かしらにはたどり着くんじゃないかと思うんですけど。

新津:私、ちょっと変わった子供で、どうしても大人になりたくなくて。大人になってしまうと失われるものが多い気がしていたので、子供のときに見えている世界、大人たちに守られている世界から離れたくなかったんです。子供の自分を握りしめながら大人という階段を上がってきて、いざ一人になったとき、溜め込んでいる自分の個性を爆発させてやろうとやってみたんですが、あるインタビューを受けているときに「私が子供になりたくないと思う気持ちって、全然ピュアじゃない」ということや、「大人になるということを受け入れて成長していく友達のほうがピュアでまっすぐな生き方をしている」ということに気づいてしまった。一気に自分の中が真っ黒けっけみたいに感じちゃって、握りしめてきたものも、宝物じゃなくてゴミだったんだと分かって、それがショッキングだったんですよね。

ーーなるほど。ではうまくいったと思う部分は?

新津:それは音楽制作以外のあらゆる創作物においても、自分の脳みそを使うことが武器になると実感できたことですね。周りの同じようなシンガーソングライターとして活動している友だちと話すと、私の考えている視点は音楽だけの目線じゃないところでのクリエイティブだと言われたので、そこは伸ばしていきたいと思って、修行のように経験を積んでいましたね。

ーー多角的なものを作ることによって、それがまたクリエイティブに返っていく、という経験は、ご自身で振り返っても大きかったですか。

新津:大きかったですね。やっぱり音楽って音だけじゃないと思うんですよ、目に見えるし、空間でもあるし。音楽以外の美術の創作物や、広告を作るときの脳みそって、音楽のフィールドにはあまり直結しないけど、私は応用できるものだと考えています。広告や美術の分野の方のインタビューを読むと勉強になりますし。

ーーNeat’sは、途中の段階で誰かに手伝ってもらう、という選択肢もあったと思うんですけど、それを選ばなかったのはなぜ?

新津:音楽を含めた360度の視点を自分がコントロールすることに、Neat’sというDIYの美学を感じていたからですね。

ーーなるほど。では、Neat’s以外の別名義で360度ではないものを作る、という発想もなかった?

新津:そこまで考えが至る前にスランプに陥っていたのかもしれません。これしか答えはないんだとその時は思っていたので。私は自己プロデュースが最上級かつ最善なんだと思い込んで、それ以外の方法をとったら負けだと考えいました。だけど、そこから先に行けなくて、Neat’sで活動していた最後の1年は自分の中を行ったり来たりしていましたね。

ーー3rdアルバム『MOA』のインタビューでは、並行して手がけていた『Bedroom Orchestra』でビジュアルチームと出会ったこともお話していましたが(参考:OTOTOY )、あのあたりから色んな方との出会いが生まれてきたんですか。

新津:あの2作はすごく自信があって、本当に自分のピークだと思っていました。でも、思ったより世の中に受け入れられなくて、自信をなくしてしまったんです。

ーー受け入れられてないと感じていたんですか。

新津:想像以上の結果が出せないということがジレンマでした。これが自分のすべてなのに。受け入れてもらえないんだったら、アーティスト活動をやめよう、というくらいまで追い詰められていましたね。自信はなくなったけど、その創作は楽しかったんですよ。

ーー僕はNeat’sのことを2ndアルバム『MODERN TIMES』で知ったんですけど、リアルタイムで聴いたのは『MOA』と『Bedroom Orchestra』で、すごく良い作品だと思ったんです。

新津:2ndのときにもダメだと思ったんですけど、3rdは遺作だと思って、自分の武器だと思えることをやってみた作品だったんです。

ーーこの2作は、今回のアルバム『Neat’sワンダープラネット』とも密接に絡む音楽性のように聴こえますよ。

新津:『MOA』と『Bedroom Orchestra』を作ったことで自分の限界を見つけられたのは、決して悪いことだけではなくて。その結果、自分の中にブレない軸を見つけることができたので、いろんなものを手放せるようになったんです。その軸は消しゴムでも消せない宝物だと思っています。昔みたいにぎゅっと握りしめなくても、自分の中に血として流れている細胞を見つけたみたいな感覚だったので。だけど技術的な側面においては、これ以上自分の技量では進歩が難しいと思っていました。クオリティを上げたいけどどうすれば……と思っていたときに、CHRYSANTHEMUM BRIDGEの保本(真吾)さんに出会ったんです。

「私って、なんでもできるって信じていた」

ーー2015年に保本さんに出会ってから、一緒にやっていく上で考えていたことは?

新津:3年間という具体的な期間はお互いに考えてなかったんですけど、自分の覚悟が最初は揺らいでいたというか。このプロジェクトを本気で進めるとしたら、十代の時に不安を抱いた”スピード感”のあるレールにもう一度乗らないといけないんじゃないかと考えていました。自分の中でいろんな夢や幻想が真っ黒けっけになっている状態で、もう一度夢を追いかけるのは、人生をかけたことだしすごく覚悟がいるなと感じていたんですよ。今度は本物の自分、Neat’sで見つけたプリミティブな宝物を逃さないまま、レールに乗る強さを持てるかどうか、そこが一番重要な感覚だと思ったので、日々それを考えながら過ごしてましたね。

ーー明確に一緒にやっていけると決断できたタイミングはあったんですか? お話を聞く限り、どんどん覚悟が決まっていったようにも感じたのですが。

新津:最初の「ホップチューン」を作ったときに、これは覚悟するときだと感じました。この曲ならきっと誰にも負けないなと思えたので。でも、その曲を覆い尽くすくらいの自分にならなければとも思ったんです。その時はまだ自分よりも曲の方が大きいと感じたので「もっと大きな自分にならないと、この曲は世に出せない」と。そこから色々不安もあったんですけど、曲を聴き直すと自信が取り戻せて、その歌を歌っている自分に追いつくには、今自分が何をしなきゃいけないのか逆算しながら生きていた感じですね。

ーー音楽は保本さんに任せて一緒に作っていくという決断をしたわけですが、それをアルバムにしようというのは、どの段階で?

新津:それは「ホップチューン」のときですね。出すなら、アルバムじゃないと嫌だったんです。Neat’sのときに自分の良さとして見出していた世界観、それはシングルだけでは伝わらないと思っていました。「ホップチューン」を作ったことで表現したい世界観が明確になったので、アルバムでこの曲を世に出そうと決めました。

ーーそこから時間がかかったというのは、ゴール地点が明確で、そこにたどり着かないといけなかったから、ということですね。

新津:そうです! 何年かかるかわからないけど、こういう世界観が作りたいんだと決まっていたから、心が折れなかったんですよね。

ーー新津さん史上、一番時間のかかったアルバムですよね。そのぶん、時間をかければかけるほど、迷いも出でくるんじゃないですか?

新津:このアルバムのコンセプトが、あまりにも自分の核に近いものだったので、人生のテーマを表現していくような創作だったんです。だから、私がなぜ音楽をしているのかとつながっているので、迷ったり揺らいだりはしませんでした。

ーーそしてこのタイミングで、アートワークに関しても、ADに牧野惇さんが入ったりしているんですよね。ここに関しても手放すことを選べるようになったんですか。

新津:私って、なんでもできると思ってたんですよ。だからNeat’sもやっていたわけで、そこが自分の長所だとも信じていました。でも、それが180度変わる瞬間があって、それは保本さんの音を聞いた時なんです。最初は保本さんが作ってくれた音を、「私はそういう音が嫌いです」とはねのけて、自分の枠の中に収めようとしたんですけど、ある日それは正しくないと思ったんです。自分の枠に収めるならNeat’sでやればいいわけで、好きか嫌いかを問わずに、私という体と心にはもっと可能性があり、それは私自身には見えてないかもしれないから、他方に任せるべきだと。自分が自分の世界の住人として真ん中に立つのをやめようと思ったんです。私は王様ではないから。捉え方によってはアーティストなのに任せることが良いのかなと思われるかもしれないですけど、私の光っているものって、0.1mmの点みたいなものなんです。

ーーなるほど。では、その0.1mmを外に出すためにいろんな人の力を借りようと?

新津:私が考えた0.1mmを再現してもらおうとも思っていません。普段はその0.1mmを妄想シートという紙にアイデアをまとめて書き出したり、デモとして楽曲を作るんですけど、それを見た他の才能あるクリエイターがどう調理しようが、私はそれを楽しもうと思ってるんです。白だと思って出したものが紫でも、今は面白いと思うし、どんな色になっても新津由衣のものだって言えるようになったんです。

ーーそれを言い切れるようになった瞬間って、ある意味360度をコントロールしてきたNeat’sが崩れ去った、殻が割れた瞬間でもあるわけで。改名はその時点で決めたんですか?

新津:そうですね。新しく生まれ変わる気持ちで臨むことで次の幕が開くだろうと思っていて、その覚悟を表立って見せるためにも、本名名義に改名したほうがいいんじゃないかと保本さんに言われたんです。最初は怖かったんですけど、自分の考え方として、関わる全員を自分の体内に取り込もうと決めていたので、本名ではあるんですが、自分というアーティストの入れ物を総称する名義になったというか。もしかしたら個人的な宝物という概念は、Neat’sとして残っているのかもしれないです。でもこの本名名義は私の全てだし、私を超えていくものでもあるし。過去も今も未来も全部をつなぐ名前ですね。

ーープロジェクトとして使っていた名前がプライベートなものになり、本名名義がパブリックなものになる。面白い逆転現象ですね。

新津:自分自身を見つめて中に潜っていくほどに、自分になれるんだと思って心の旅を続けていたけど、そうではなくて。今回の方がよっぽど自分が解放されているし、自分をもっと超えていけているし、丸裸になれている。昔は本当の自分でありたいと思って内面を掘り下げていったけど、それは逆に扉を閉じちゃってたんだなって気づきました。

ーーどんどんアーティストが自分一人で完結できる時代になってきていると思うんですが、逆にいまからそういう活動を志す、もしく活動をしている人たちを見て、どんな言葉をかけたいですか? 

新津:やることは簡単だし、表現を気軽にできる時代になったと思います。でも、言葉が難しいんですけど、それを本気でやろうと思ったら「これを作って死ぬ」というくらいの覚悟がいると思うんです。でも、その死ぬ覚悟はみんながみんな持てることじゃない。私はそこにこの3年向き合ってきたから、断言できます。なので、誰でも気軽に表現できる時代だからこそ、私は絶対負けたくないんですよね。

ーーそんな中で生まれたアルバムですが、すごく映画音楽的な世界観が出ていて、それがかなりがいい方向に作用していると感じました。歌詞は100%明るいわけではないんですけど、リアルをファンタジーに変える音が絶妙だなと思いました。ご自身は映画音楽的なものを好んで聞いていた時期があるんですか?

新津:一番自分のルーツになっているジャンルだと思います。一番根幹にあるのがディズニーで、小さい時に擦り切れるほどDVDを見たり、初めて買ったのがディスニーのサウンドトラックでした。エレクトーンをずっと習っていたので、聞こえて来る音はオーケストラのようなものが多くて。私の体の中にあるメロディって、そういうところから注入されたものが多いんです。だから、空き缶が風に吹かれて転がっている音はマリンバに聞こえるし、風が笑ってる感じならこういうシンセの音だな、みたいな。自然が多いところで育ったということもあって、葉っぱと会話しながら教えてもらったメロディを出してみたりとか、いつも視覚と連動しているんです。私、聴覚より視覚の人だと思ってるんですけど、目で見た情報が音になる感じなんですよね。

「“私とあなたの間にあるもの”を見ないまま死にたくない」

新津由衣「ワンダープラネット」MUSIC VIDEO

ーークリエイターとしては、聴覚より視覚というのは広告やデザインなどのクリエイティブに発揮されているからこそなのかなと。

新津:そうですね。音楽を作っている時から映像が必ず見えていて。ここは絶対ピンクとか、ここで人物が振り返るとか。

ーー”音楽にまっすぐ向き合えなかった”と言っていましたが、それは他の人には持ち得ない素晴らしい武器だと思いますよ。

新津:今はそう思えるようになりました。人とやることに抵抗があって、保本さんに関しても最初は心を閉じていたんですけど(笑)、オーケストラサウンドが得意だったりアナログな手法を用いて録音していくことは、私の世界観に欲しかった部分でした。これは武器になり得るのでは、と思えるようになってから、心を開いてお任せできるようになったので。

ーー無理やりなこじつけかもしれないですけど、新津さんのリアルなものでもファンタジーに見えるというクリエイティビティと、保本さんがなるべくアナログな機材を使って、ファンタジーな世界観をリアルに変えていくというのは、逆方向のアプローチだからこそ、お二人の化学反応があったのかなと思いました。

新津:2人のバランスはいいんだと思います。あと、センサーみたいなものが私の軸にあって、そのセンサーが反応していれば大丈夫だって思えるようになったんです。RYTHEMの時も大ヒットがあって、それと同じような曲調のものを求められちゃったんですけど、繰り返すのが苦手で嫌だった記憶があるんです。「これのようなものを」と言われちゃうと左脳で作っちゃうし、そういうことができてしまう自分もいるんですよ。真面目で決められたルールを守っちゃう自分と戦って勝たないとつまらなくなっちゃう。

ーーご自身の中に、そういう職業作家的な感覚はずっと残っているんですね。

新津:はい。そのモードってつまらないんですよ(笑)。一方で俯瞰した視点が必要な時もあって。広告を作ることはまさに俯瞰の視点が必要なんですけど、音楽以外の作業には役に立つ感覚ですね。

ーーこの人にはこの自分が向いている、みたいな配役が自分の中でできていると。

新津:そうですね。クリエイターさんに任せられる作業は、俯瞰する自分を持ち込まなくても大丈夫だと思ったので。それに、私に関わってくれる全員のモチベーションとか気の流れが、今すごくいい温度なんですよ。これって考えてもできるものではなくて、「私を売ってください! 頑張ってください!」という関係性だと生まれないと思うんです。こうして私が誰よりも先に熱を上げて、その気持ちがピュアで本物なら伝染すると思っていて、実際にそうなっているんです。

ーー今は新津由衣という名義の、一つのチームになることができたわけですよね。そのチームを新津さんは今後、どうやって一緒に動かしていきたいと思っているんでしょうか?

新津:このアルバムは私にとっては一つの区切りになるのかと思いきや、これを作り終えた瞬間に扉が開いた感じがして、次の世界が見えちゃったんです。アイデアは尽きることがなくて、一本芯の通ったものをどう出していくかなんですよ。私が音楽で伝えたいことって一つくらいしかなくて、その形がいろいろ変わっていくだけ。ライブをしていても言いたいことは同じなので。

ーーその一つというのは?

新津:私とあなたの間にあるもの、なんです。それを見ないまま死にたくないというか。誰も知らない世界の秘密みたいなものって、この世に溢れていると思うんですよ。それを見過ごす人間にはなりたくなくて、一つでも多く見つけて死にたいんです。

(取材・文=中村拓海)

■リリース情報
『Neat’s ワンダープラネット』
発売中
価格:3,024円(税込)

<収録内容>
1. Overture
2. FLAG
3. ワンダープラネット
4. 愛のレクイエム
5. Bye-Bye-Bee-By-Boo
6. Unite
7. フローズン・ネバーランド
8. スイム・イン・ザ・ワンダー
9. 月世界レター
10. ホップチューン
11. BIG BANG!

■ライブ情報
2018年10月28日(日)初ワンマンライブ開催決定(代官山 UNIT)

■関連リンク
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