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芳根京子は土屋太鳳との演技バトルを勝ち取った? 『累-かさね-』で魅せる“憑依的な演技”

リアルサウンド

18/9/13(木) 10:00

 醜い顔を持ちながら群を抜いた演技力を持つ淵累と、美しい顔を持ちながら女優としてのスランプに陥っている丹沢ニナの2役を、芳根京子と土屋太鳳という、今をときめく2人の若手女優が2人1役(そして1人2役でもある)で演じるという点に関しては、どう考えたって真実味がないのは仕方あるまい。それでも、そんな役にさえ真実味を持たせてこそ、女優としての真価を証明することができるのであろう。

 ともに20代前半であり、かたや『まれ』、もう一方は『べっぴんさん』とNHKの連続テレビ小説でヒロインを演じた経験を持つ2人は、同世代の女優をリードするだけの演技力とルックス、スター性の持ち主であることは言うまでもない。現在公開中の『累-かさね-』は、この2人の演技バトルこそが、最大の見せ場であるといえよう。

 映画全体を通して、この芳根vs土屋の演技バトルでどちらに軍配があがったか。“顔が入れ替わる”という設定上の役得として、ふたつの異なる性格の人間を演じると同時に“下手な芝居”と“上手な芝居”の両方を演じるというインパクトと、かつ自身の特技である舞踊を披露した土屋の方が、鮮烈な印象を残していることは間違いない。だが、土屋のように明確な見せ場となる部分を与えられることがなくとも、それに肩を並べるだけの存在感を見せつけた芳根の演技にこそ、大きな価値があるのではないだろうか。

 いかにシンプルで、それでいて着実にその演技の特異性を発揮するか。それは画面に初登場した瞬間から漂わせる、圧倒的な負のオーラによるものであろう。“醜”という極めて外見的で部分的な要素を、満遍なく全身を使って表現し、土屋演じる女優・ニナと初対面を果たす小劇場の場面でそれを爆発させたと思いきや、“入れ替わり”によって一瞬でガラリと放つ空気全体を変える。もうこの時点で、女優・芳根京子がこの映画を勝ち取ったと容易に見て取れる。

 序盤では劣等感にまみれた負の累から高慢さを露呈させるニナに、そして中盤以降は累に人生を乗っ取られ自信を喪失させはじめたニナとしての割合が多くなる。この複雑なキャラクター変遷を(もちろん土屋も同じようにそれらを演じ分けているのだが)、演じるというよりも“憑依的な様相”で体現させていく芳根。いわば土屋が演じたキャラクター変遷は、自信にまみれ、そして自信を獲得していく“陽”の側であるのに対し、芳根が演じる変遷は、序盤のニナの役どころに置かれていたとしても、そこには立場が脅かされる不安や恐怖が垣間見え、最後まで徹底して負のオーラが放たれつづけ、“陰”の立場でありつづける。

 ここまで“陰”の役柄に徹した芳根京子というのは、正直なところあまりイメージが湧かない。これまで清楚・清廉なパブリックイメージに近い役柄を多く演じてきた彼女のフィルモグラフィを辿ってみると、たとえば『64-ロクヨン-』で演じた主人公の娘役が本作に一番近いかもしれない。醜形恐怖症を抱える少女という設定であったが、如何せん前後編4時間強の中で出番がわずかしかない役柄なだけにはっきりと比較するのは難しいところだ。

 他にも『心が叫びたがってるんだ。』の成瀬順も心に傷を追った少女であり、『海月姫』(フジテレビ系)の倉下月海も周囲の視線を気にしながら自分を卑下して生きているという点では共通している部分があるものの、いずれも内向的で攻撃性が皆無のキャラクターであった。つまりは完全にダークな部分に徹し、他者を蝕む攻撃的な役柄というのは本作が初挑戦。それを踏まえると、芳根の持つ表現力と対応力の高さは、まだまだ計り知れないものがある。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『累‐かさね‐』
全国東宝系にて公開中
原作:『累-かさね-』(講談社『イブニング』連載中)
監督:佐藤祐市
出演:土屋太鳳、芳根京子、横山裕、筒井真理子、生田智子、村井國夫、檀れい、浅野忠信
脚本:黒岩勉
製作:フジテレビジョン
配給:東宝
製作プロダクション:共同テレビジョン
(c)2018映画「累」製作委員会 (c)松浦だるま/講談社
公式サイト:kasane-movie.jp

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