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尻子玉って何だ? 『セーラームーン』の幾原邦彦が『さらざんまい』で描く、現代の男の子像

リアルサウンド

19/5/16(木) 12:00

 フジテレビのノイタミナ枠で、木曜深夜0時55分から放送されているアニメ『さらざんまい』に毎週圧倒されている。

【動画】TVアニメ『さらざんまい』劇中歌「さらざんまいのうた」PV

 監督は『少女革命ウテナ』や『輪るピングドラム』といった作品で知られる幾原邦彦。舞台は浅草。中学二年生の矢逆一稀、久慈悠、陣内燕太の三人は、謎のカッパ生命体・ケッピと出会い、無理やり尻子玉を奪われ、カッパにされてしまう。

 元の姿に戻りたければカパゾンビと呼ばれる怪物を倒し、カパゾンビの尻子玉を持ってこいと言われた三人は、欲望を暴走させるカパゾンビを倒していく。カパゾンビを倒すと、ケッピは願いの叶う「希望の皿」をくれる。金の皿なら1枚、銀の皿なら5枚で願いが叶うと知った三人は、カパゾンビを倒しながらお皿を集めていく。

 基本的な物語は、一話完結のバトルヒーローモノで、カッパ化した一稀たちのビジュアルもキャッチーで親しみやすいのだが、演出があまりにも独創的でストーリーが謎に満ちている。そのため毎週「尻子玉って何だよ?」と困惑しながらも「よくわからないけど、凄い」と目が離せずにいる。この「わからないけど凄い」というのが幾原作品の特徴で、わからないなりに追っていくと、毎回とんでもない世界へと連れていかれる。

 幾原は1986年に東映動画(現・東映アニメーション)に入社。90年代に『美少女戦士セーラームーンR』、『S』、『SuperS』のシリーズディレクターを務めたことで注目される。東映動画退社後、1997年にオリジナルアニメ『少女革命ウテナ』の監督を務めたことで独自の作家性が広く知られるようになった。

 彼のスタイルは一言で言うと演劇的。『ウテナ』では宝塚と寺山修司の天井桟敷のテイストを用いることで独自の世界観を作り上げた。台詞もキャラクターも記号的で作り物めいており、その記号性を用いて、アニメでしかできない物語を作り続けている。

 幾原のような独創的な作風の場合、独りよがりの閉じたものになりがちだ。しかし映像がポップでテンポが良いため、意味がわからなくても楽しめる。例えば『さらざんまい』には、カパゾンビに対決を挑む場面で、カッパに変身した一稀たちが歌いながら歩くシーンが毎話、挿入される。

 一方、主人公と敵対する謎の警察官・新星玲央と阿久津真武が、犯罪者をカパゾンビに変身させるシーンも「カワウソイヤ」という歌に合わせて二人が踊るというミュージカル調の演出となっている。一見、奇抜に見えるが、これは『セーラームーン』や『プリキュア』における変身シーンの応用で、アニメではバンクシステムと呼ばれるものだ。毎週、同じ映像が流れるので、普通なら早送りしたくなるが、映像の快楽が高いので何度でも見ていられる。このMV的な面白さがあるからこそ、幾原作品は深夜アニメとして成立しているのだ。

 ではストーリーはどうか? 『さらざんまい』も含め、幾原の作品はいつも難解だと言われる。

 思わせぶりな台詞や映像が散りばめられているため、毎回、ネット上には考察記事が多数登場する。しかし重要なのは毎回、パズル的な答え合わせだけで終わらず、謎の向こう側に同時代的な強いメッセージ性が存在することだ。

 例えば2011年に発表された『輪るピングドラム』には「95」と書かれたアイコンが意味ありげに登場し、やがてそれが95年に地下鉄であるカルト団体が起こしたテロのことだったことが明らかにある。劇中では違う団体として描かれているが、言うまでもなくこれは同年にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の暗喩であり「95年の日本」が、大きなテーマとして描かれた。

 『さらざんまい』も、河童という題材で同時代的なテーマを描こうとしているのだろう。その全貌はまだ見えていないが、「つながり」や「欲望」といキーワードから浮かび上がる世界観はとても現代的で、第一話のAmazon(劇中ではkappazom)の箱の中に一稀たちが人には知られたくない秘密を現すアイテムを入れて、持ち歩いているという導入部は実に見事だった。

 同時に嬉しいのは『さらざんまい』がBL(ボーイズラブ)という枠組みを使って、現代を生きる男の子たちと向き合っているところだ。

 『セーラームーン』シリーズでキャリアを確立した幾原監督は、颯爽と活躍する少女たちを描き続けてきた。だが男たちは、理想化された王子様か、王子様であることに挫折した堕天使として描かれ、少女に捨てられお城に取り残されるか、自己犠牲の果てに忘れ去られるという切ない顛末ばかりだった。

 しかし、本作の主要人物は男ばかり。それぞれが友達以上BL未満の淡い愛情でお互いを支えあっている。無論、彼らもまた愛する人のために献身的に生きようとする意味において、理想化された王子様である。

 ただ、助けたい相手が全員男だというのは新基軸である。王子様がお姫様を救うという物語を、性別の面でキャンセルした時に何が描かれるのか、興味深く見守っている。

 今の時代にふさわしい男の子像を描いてくれたら嬉しく思う。

(成馬零一)

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