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川谷絵音×ちゃんMARI対談 バンドが起こす化学変化の面白さ「想像できなかった方向に進んでいる」

リアルサウンド

19/1/19(土) 12:00

 前回のインタビュー(「川谷絵音が語る、“新しい音楽”を求め続ける理由「いつの時代も作る人は絶対にいる」)以降、年末年始に限っても、稲垣吾郎のソロシングル「SUZUNARI」への楽曲提供、テレビを含む様々なメディア出演、サガミオリジナル20th PROJECT・「originals」の作詞作曲など、多彩な活動を続ける川谷絵音。また、ゲスの極み乙女。のメンバー休日課長が『TERRACE HOUSE OPENING NEW DOORS』に出演し、毎話話題をふりまいている。

 そんな川谷個人としてもゲスの極み乙女。としても注目を集める今、今回は川谷とちゃんMARIの対談を行った。両者の出会いからゲスの極み乙女。の結成秘話、楽曲制作における一貫したスタンス、海外展開への思いなど、これからの活動についてたっぷりと語ってもらった。(編集部)

・もう、論理がわからなくて(笑) (ちゃんMARI)

ーーちゃんMARIさんが最初に川谷さんの楽曲制作の過程に触れたのは、いつのことですか?

ちゃんMARI:ゲスの極み乙女。を始めたときなので、2012年です。最初はバンドをやることも決まっていなくて、ただ一緒にスタジオに入ってセッションする、という感じでしたね。そのあとに実際に曲が作られていくのを見て、衝撃を受けたんです。私は自分の家である程度、形にしてから聴かせるのですが、川谷くんは最初のリフくらいで、あとはリアルタイムで作っていくので。

ーーなるほど。川谷さんはざっくりと、メンバーの前でアイデアを披露しながら作っていく、という感じでしょうか。

川谷絵音(以下、川谷):いえ、何も考えていないことが多いと思います。別にリアルタイムで作るのが好きなわけじゃなく、その場で考えるしかない、という状況に追い込まれているだけなんですけどね。

ーーその場でギターを鳴らしてみて、という感じですか?

川谷:そうですね。ただ、必ずギターというわけでもなくて、初期(2013年)の「私、跳び箱6段跳べたのよ」のときは、シンセサイザーだったり。

ちゃんMARI:あ~、そうだ! 私が持ってきたシンセサイザーで、最初のリフを作って。

川谷:「いけないダンス」なんかも、鍵盤で作ったね。まあ、ほとんどはギターですけど。

ーー以前、indigo la Endの方はリズム隊で固めて、ゲスの極み乙女。のほうはわりとメンバーみんなで作ることが多い、と語っていましたね。

川谷:そうですね、indigo la Endは最初にリズムをガチガチに決めちゃうので。ゲスの極み乙女。は、わりとリフを決めてから、リズム決めよっか、みたいなことが多いです。パーツを作って組み上げるというより、イントロ、Aメロと順番に作っていく感じで。

ーーなるほど。ちゃんMARIさんから見て、どんな部分がユニークだと思いますか?

ちゃんMARI:作っているときは、その曲が面白いかどうかわからないんですよ。わりと楽曲ができあがってから、「あ~! こうなってたか!」って、面白さに気づくというか。作っているときはただ夢中で、完成図がどうなっているかわからずにやってます。

川谷:俺も分かってないんで(笑)。最後に歌が乗って「お~!」みたいな感じになることが多いですね。

ーー歌詞もないことが多いんですか?

川谷:そうですね。たまにサビだけフレーズがあったりして、「ロマンスがありあまる」なんかは、〈ありあまる〉という言葉が、僕の中にあったりはしました。

ちゃんMARI:だいたい、作っていく過程でサビのコードを何回かまわして、そのときにメロディと歌詞を作ったり。

川谷:レコーディングのときに変わることもあるけどね。

ーーなるほど。ちなみに、一曲あたり、メンバーでのやり取りにはどれくらい時間がかかるんですか?

川谷:早いときは、1時間くらいで全部できちゃうし、そこまで時間がかかることはないですね。最後に詰める作業みたいなものはある程度、時間がかかったりはするんですけど。

ーー曲づくりでは、ちゃんMARIさんがアイデアを出すこともあれば、休日課長さんやほな・いこかさんがリードすることもあるわけですよね。

川谷:基本僕がアイデアを出します。例えば「キラーボール」は口でピアノのリズムを説明して、ちゃんMARIに弾いてもらったり。最新曲の「ドグマン」は、PARKGOLFというトラックメーカーの家で、ほぼ全て作りました。

ーーみなさん揃ってやるんですか?

川谷:この曲に関してはほとんど俺とちゃんMARIですね。ただ、休日課長は部屋にはいました。いるだけでもベースをどう弾くか、というイメージが湧きますからね。

ーー「できあがるまでわからない」というお話もありましたが、音楽理論を学んできたちゃんMARIさんの立場からすると、思いもよらないことも多い?

ちゃんMARI:そうですね。もう、論理がわからなくて(笑)。単純にメロディや歌詞の乗せ方が面白いなと思うこともあって、例えば「颯爽と走るトネガワ君」という曲だと、〈颯爽と走るトネ〉で、一度切れるんですよ。これは思いつかないなって。

川谷:あれ、本当は「出木杉くん」だったんですよ。ただ、そこでアニメ『中間管理録トネガワ』のオファーがあって、文字数は一緒だなと。

ちゃんMARI:いけるなって(笑)。

川谷:そのときも〈颯爽と走る出木〉で切れてましたね。自分としては特に何も考えず、普通に自然なメロディで切ったら〈トネ〉〈ガワくん〉になったので、それはそれでいいのかな、という。

ーー「颯爽と走るトネガワ君」も最新アルバム『好きなら問わない』に収録されていますが、どの曲もいい仕上がりでした。ちゃんMARIさんから見て、川谷さんの曲は1stからどう変化していますか?

ちゃんMARI:大人になったというか、円熟味が増しているな、と思います。最初のころは最初のころで好きなんですけど、最近の曲は前の感じも残しつつどんどん洗練されて、グレードアップしていて、もっといいなと思っています。

川谷:そりゃそうだ、っていう感じもありますけどね。これで俺がずっと変わっていなかったら、逆にすごいでしょ。

ちゃんMARI:まあ、やばいね(笑)。

川谷:大人になるというか、自分が好きな音楽はちゃんとあるので、それをゲスの極み乙女。の文脈でどう成り立たせるか、みたいなことは必要だと思うんですよ。ただ、そんなに考えてないですけどね。「トネガワ君」なんかは、確かに昔っぽさもあるし、どこか変わっていて、円熟味は出ているかなと思いますけど。

ちゃんMARI:あとは「ホワイトワルツ」のadult ver.で、サックスを入れていたり。これも初の試みでした。

ーージャズテイストで、まさにちゃんMARIさんが好きなサウンドというか。

ちゃんMARI:そうですね。休日課長のベースもよくて、これも川谷くんが最初のリフを指定して、できていった感じです。

川谷:たぶん、俺のいいところって、みんなのいいところを「つまむ」のが上手いところなんですよ。だから、みんなが普通に弾いていて気がつかないところに気づいて、「あ、これだ」って曲に生かすことが多くて。リフも、けっこうもともとみんなの中にあるものなんですけど、それをここに使う、という精度が上がっているのが、だんだん洗練されていっているポイントだと思います。耳が育っているというか。

ーーメンバーそれぞれのプレイに対しても、耳がよくなっていると。

川谷:そうですね、わりとみんなの得意な部分を分かってるつもりで。こんなに楽器がガンガン目立っているバンドも、東京事変以降、なかなかいないですよね。歌ものだけど、楽器が目立つもの、というのは変わらずにやっているかな。

ーーちゃんMARIさんもステージでは常に目立ってますよね。川谷さん、バンドにとってちゃんMARIさんはどんな存在ですか?

川谷:ちゃんMARIも感性豊かなので、自分が思っているラインよりも、もっと上のアイデアが出てくることがあるんですよ。「こういうの」って伝えたら、自分が思っていたものより、もっと新しいものがフィードバックされる時がある。あとは、ちゃんMARIの鍵盤を聴きながらメロディを作ることも多いですね。どうしてもメロディを考えるとき、ギターを弾いていないことが多くて、いつもベースとピアノとドラムに回してもらっているところで考えているので、ちゃんMARIの鍵盤で導き出されているものがけっこうあります。あとは、弦アレンジなんかは僕が大枠を作りますが、具体的な積みなんかの専門的な部分はちゃんMARIにやってもらいます。

ーー「アオミ」あたりの曲はサウンドのバランスがすごくよくて、大きめのスピーカーで聴くと最高ですね。

川谷:いまファンクラブで曲への投票をやっているんですけど、普通、けっこう古い曲が上位にくるなかで、「アオミ」はトップ10に入っているんですよ。なんかいいな、って思いました。

ーー「キラーボール」「サリーマリー」などもそうでしたが、ちゃんMARIさんの鍵盤でクラシックの楽曲を一部取り入れるのも、曲のアクセントになっていると思います。これはどういう経緯で始まったんですか?

川谷:もともとMUSEのマシュー(・ベラミー)が曲の間にクラシックを弾くことがあって、俺はMUSEのコピーバンドもやっていたので、クラシックを途中で入れるの、いいな、と思って勝手に取り入れました。「キラーボール」を作っているときに、「これにショパンが入ったら面白いかも」と思ったのは、完全にその影響ですね。

ーーショパンの「幻想即興曲」でしたね。

川谷:ちゃんMARIに「なんか弾ける?」って聞いたら、「幻想即興曲なら」と。

ちゃんMARI:もう、これしか弾けないみたいな。かなり胃痛でした(笑)。

川谷:衝撃的だとよく言われますが、俺からすると「MUSEがやってたし」というところなんですけどね。ただ、こういうバンドは全然いないから。

・何かが生まれた感覚があった(川谷絵音)

ーーこうしてお話ししている雰囲気とはまた違い、ステージのちゃんMARIさんは本当に華があるし、やはりメンバーのみなさんの個性が印象的です。

ちゃんMARI:私、だいぶヤバい奴と思われてますね(笑)。

ーーそれぞれのキャラクター付けは、川谷さんのプロデュースだったんですか?

川谷:もともと俺がみんなの名前を勝手に決めて、それぞれキャラをつけていった、みたいな感じでしたね。ライブで「ここで誰と誰が喧嘩して」みたいな時間を作ったり。

ちゃんMARI:休日課長はほな・いこかが好き、みたいな設定があったり(笑)。

川谷:もともとそういうキャラ付け、名前付みたいなところから始まって、だんだん曲もそっちに寄っていったというか。だから、インディーズ時代の曲はわりと変というか、面白い感じで。そこからだんだん年齢を重ねて、ちょっと恥ずかしいなと。そうなってから、曲がしっかりしていきました。

ーーちゃんMARIさんは、前のバンドCrimsonのころはどんなパフォーマンスをしていたんですか?

ちゃんMARI:もう、かなりストイックな感じで、そんなに喋りもせず。

川谷:だから全然喋らない人だと思っていて。髪も今と全然違って短く、ボーイッシュだったし、ストイックな印象だったんですけど、普通に喋ったら鹿児島弁が出るし、俺も長崎なので波長が合って。たぶん、ゲスの極み乙女。のときのほうが、本来の性格なのかなと思います。

ちゃんMARI:そうですね。

ーーちなみに、川谷さんはindigo la End、ちゃんMARIさんはCrimson、という時代に出会って、お互いのバンドにどんな印象を持っていましたか?

ちゃんMARI:曲がいいし、素敵なバンドが東京にいるんだな、と思いました(笑)。私はまだ、上京して1年も経っていなかったころだったので。

川谷:当時からちゃんMARIの鍵盤が好きで、特に「hush and the endroll」という曲のシンセサイザーを聴いて、めっちゃセンスあるなと思ったんですよ。ポストロック全盛の時代で、僕らもゴリゴリのギター2本。鍵盤を入れても、エフェクトをかけるような人はあまり見たことがなかったので、Crimsonみたいなバンドは珍しくて、新鮮でしたね。

ちゃんMARI:だから本当に、肩身が狭かったんですよ。

川谷:当時は時代的にも混沌としていたよね。ポストロックが流行っていたとは言え、うまくいってたバンドがいたかというとそうでもないし、みんなtoeのコピーをして劣化していく、という。7バンドいて、Indigo la End以外全部インストバンドで、やっていることも同じ、みたいなこともあったもん。俺らだけ歌があるから、転換にめちゃくちゃ時間がかかる、みたいな。

ちゃんMARI:普通は逆なんだけどね(笑)。

ーーそこから、ちょっと一緒にやってみよう、という話になったのは?

川谷:ちょうどその時、休日課長がまたindigo la Endをやり始めて、よく下北沢のバーでみんなで飲んでいたんですよ。そこにほな・いこかもいて、一緒にバンドやろうよ、と言ったときに、鍵盤を入れたいという話になって。

ちゃんMARI:そう、私は当時ちょうど、ほな・いこかとスタジオに入ったりもしていて、なんか面白かったね、と言っていたので、それで誘ってくれたんじゃないかと。

川谷:顔見知りだったし、休日課長は女子とバンドをやりたがっていたし。

ーーそして、4人でスタジオ入ったのが2012年。

川谷:5月ですね。そこでは、ただセッションしただけ。別にうまくいかなくても、とりあえずご飯食べようぜ、みたいな感じでした。曲ができたのは、2回目のスタジオのときですね。

ちゃんMARI:「ゼロの理由は花束」という曲で。

川谷:『魅力がすごいよ』に入っている「星降る夜に花束を」の原型ですね。それがすごく新しかったんですよ。ちょっとヒップホップっぽさもあるし、かつお洒落で、ギターも鍵盤も絶妙に入ってる感じで。いま、こういうバンドいないかも、って、自分たちのなかで何かが生まれた感覚があったというか。これはバンドにしないと、と思って、休日課長は就職もしているのに、無理やり8月の土日にレコーディングをして。それで、デモみたいなものを作ってディスクユニオンに置いたら、これがかなり売れて、何週かずっと1位だったんですよ。そのあと、15万円という低予算でレコーディングしたのが、インディーズのデビュー作『ドレスの脱ぎ方』ですね。

ーーそれが2013年のことで、翌年にはメジャーデビューも果たし、一気に知れ渡りました。このバンドでやっていくんだ、という確信ができたのはいつごろでしたか?

ちゃんMARI:あえて挙げるなら、最初のインディーズ盤を出して、その後の4月にERAでリリースイベントみたいなものをやったんですけど、そのときにめちゃくちゃお客さんが来てくれたのを見たとき、ですかね。これは様子がおかしい、もしかしたらこれで生活できるんじゃないのかな、とちょっと希望を持ちました。

川谷:でも、俺らもふざけてやっていたし、休日課長なんか仕事と並行して続けていたので、相当大変だったと思うんですけどね。朝4時に起きて、2時間かかるところまで出勤していたんで。風呂もシャワーがなく、水を溜めてから40分かけて沸かすタイプの家で(笑)。

ちゃんMARI:レコーディングで夜中の2時になって、そのままスタジオの床で仮眠して、そのまま仕事に行く、みたいなときもありましたね。

川谷:休日課長は本当に休みがない状態が続いていたから、大丈夫かなと思いながらも、だんだんいろんな話が来るようになって。インディーの2枚目も12月に出して、もうメジャーデビューすることは決まっていたんですけど、年明けまでずっと、休日課長はどうすればいいのか、みたいな感じでしたね。

ーー2014年になっても?

川谷:はい。3月になってもまだ普通に働いてましたね。それで、6月にメジャーのツアーをやるということで、それも全部、土日で組んだんですよ。そんななかで、4月1日のエイプリルフールに、会社を辞めると。会社も嘘だろうと思ったでしょうね(笑)。僕がこのバンドでちゃんとできるなと思ったのは、このときですね。別に俺らは強制していなかったんですけど、休日課長が会社を辞めたとき。

ーーあらためて、4人の出会いをどう振り返りますか?

川谷:奇跡の出会いだと思いますけね。みんな下北沢ERAというところにいた、というのがまたすごいなと。バンドってそうやって結成するんだろうけど、わりと幼馴染とかも多いじゃないですか。俺らは出身もバラバラで、そのなかからバンドになったのはすごいなって。しかも、演奏だけじゃなく、みんな顔を覚えられる。4人の名前と顔が一致する数少ないバンドだと思うので、そういう部分も本当に奇跡だなと思いますよね。

 先にindigo la Endで活動していたんですけど、お客さんの手が上がるようなバンドじゃなかったんですよ。そんななかでゲスの極み乙女。が始まって、最初に企画したERAのライブで、曲も少ないのにワッと手が上がったんですよね。あれは初めての体験で、不思議な感覚でした。

ーーお客さんも新しいものを待っていた、ということなんでしょうね。

川谷:いろんな化学変化があって、自分の知らないところでいろんなことが起こっているんだなと。

ーーそれからもう5年になりますが、まだ化学変化は続いていますね。聴き手からすると、やはりこの4人の面白さが大きい気がします。

ちゃんMARI:そうですね。5年前だと全然想像できなかった方向にどんどん進んでいると思いますし、もともと個々人が立っているバンドで、オールスター感が出てきてビックリしています。個々の活動も増えて。休日課長も、ひとりで番組に出ていますしね(笑)。

ーーそれも『テラスハウス』ですからね。

ちゃんMARI:ほな・いこかも女優をやったり。

川谷:音楽に関係ない(笑)。でも、『テラスハウス』への出演はふざけた感じで捉えられがちですが、あの番組自体、ニューヨーク・タイムズが賞賛する記事を載せるくらい、外国人が日本人の生活や文化に触れられるものとして、海外では高く評価されているんですよ。課長は恋愛したくてテラスハウスに入ったわけなんですが、結果論、俺らのライブシーンが、Netflixを通じて190カ国に配信されるわけじゃないですか。そんなこと、普通に音楽活動していたら無理ですよね。実際、ストリーミングでゲスの極み乙女。を聴いてくれる人がだんだん増えていて、ここからさらに伸びていけば、良いプロモーションになったということだと思うし。増えなかったら、ただ休日課長の心が傷ついて終わるだけかもしれない(笑)。

ーーこれも、川谷さんによるプロデュースの一環かもしれませんね。ちゃんMARIさんから見て、プロデューサー・川谷絵音のすごさとは?

ちゃんMARI:めちゃくちゃ愛があるんですよね。例えば、ジェニーハイのプロデュースをしていますけど、ボーカルの中嶋イッキュウさんがブランドをやってらっしゃって、リハでそのバッグを持って行ったりするんですよ。そういう気遣いがすごいなって。

川谷:(笑)。

ちゃんMARI:本人に言わずに買ったりとかしてて、あとは、一人ひとりの強みを分かってるから、どうすればいいっていうのがもうはっきりと分かっているところが強いと思います。

ーーお二人としてはichikoroでも一緒ですが、今後も活動は続いていきますか?

川谷:はい。来年はいろいろと決まっていますね。

ちゃんMARI:ぶっちゃけ、趣味みたいな感じでやってるんですけど。

川谷:スタッフも誰もいないので、レンタカーを借りて機材を積んで、ちゃんMARIが運転してツアーに行ったり。俺は俺で、「何時にライブハウス行けばいいですか?」みたいな連絡をして(笑)。そういう駆け出し感はありますけど、ichikoroは他のバンドだとアクセスできないところにアクセスできるので、それが面白いですね。

ちゃんMARI:これまで出たことがないようなフェスに出られたり。

川谷:あとはichikaくんが海外にコネクションがあるので、いい経験になりますね。

ーーNetflixもそうですが、海外に出て行くというのも、今後期待したいですね。

川谷:そうですね。Spotifyのデータでもけっこう海外から聴かれているし、ランキングにリードトラックでも何でもない「はしゃぎすぎた街の中で僕は一人遠回りした」が入っていたりして、自分としても発見があります。海外展開は長い目で考えていきたいですね。まあ、楽しければいいので。

ちゃんMARI:私も海外はすごい興味があります。たぶん、ichikoroが一番先に行くことになるんじゃないかな。

ーー最後に、多くの活動が控えているなかで、2019年はどんな年になりそうか、聞かせてください。

ちゃんMARI:2018年はわりとプロデュースもそうで、外の人と一緒に音楽をやる機会が多くて、いろんな経験をさせてもらいました。なので、2019年はゲスの極み乙女。もふくめて、自分主体でどんなことができるか、ということを考えていきたいですね。

川谷:俺はソロでピアノアルバムを出してほしいんですよね。

ちゃんMARI:いずれ出す!

ーー楽しみですね。川谷さんはどうですか。

川谷:そうですね、相変わらず楽しければいい、という感じなので、特に2019年になにをしよう、というのはないです。全然関係ないですけど、今度スタッフと一緒に海外旅行に行くんですよ。そういうことも増やしていきたいなと。あと、最近浮世絵を何枚か買ったんですよね。すごい霊能者の人が、俺の前世に浮世絵が見えると。いますぐ買いなさいと言われて実際に買ってみたら、確かに落ち着くんですよ。そういうことも含めて、周りにいろんな人がいるので、新しい感性に触れつつ、そのなかで何かが音楽にフィードバックされたらいいなと思っています。

(取材=神谷弘一)