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関西弁の歌詞の“名曲”が多い理由 言葉がメロディに与える影響を考える

リアルサウンド

19/2/8(金) 8:00

 標準語に比べて、方言の歌は少ない。なぜか「歌詞」というだけで、日常のお喋りでは方言むき出しのアーティストも、標準語で言葉を紡ぎがちだ。しかし、そんな方言の中でも例外なものがある。関西弁だ。全ての歌を関西弁で歌うアーティストは少ない。けれど、ポイントで関西弁を用いた歌を作るアーティストはそれなりにいる。なにより、「関西弁の歌こそがそのアーティストの代表曲」になっている例がとても多いのだ。

(関連:ボーカルが作詞をしないバンドから考える、“バンドのボーカルと歌詞”の関係性について

 植村花菜の「トイレの神様」は、関西弁を用いた歌が自身の代表曲になった最たる例であろう。歌詞が話題となって売れたこの歌は、サビの末尾が「関西弁」だったからこそ、より多くの共感を得た歌になったように感じる。距離感が近くなった、「本当のお話」感が出た、植村花菜の言葉で、実話を紡いでる感が生まれた……そんな効果があったように思う。同じく、関西弁で言葉を紡ぐことで多大な共感を得た歌としては、三木道三の「Lifetime Respect」も挙げられるだろう。レゲエというジャンルにおいて、日本の音楽史的快挙を成し遂げたヒットソングなのだが、この歌もサビの関西弁が印象的だったからこそ、多くの人を魅了したことに間違いない。関西弁になると、途端に言葉のフックが強くなるし、独特の響きが生まれやすい。「や」や「ん」や「E」の母音の音が印象に残りやすくなる。

 ところで、関西弁がある程度、全国区になっているのは、吉本などのお笑い芸人の力によるものが大きい。明石家さんまをはじめ、全国放送のテレビに出る、関西弁を喋る芸人が躍進したからこそ、関西弁だけは方言という立場でありながら、多くの人が認知し、独特のイメージを持つ方言になった。逆を言うと、歌詞において標準語が支配的になっているのは、マスメディアで話す人=標準語となっているからこそ、ある程度パブリック性を要する場面では、標準語で言葉を紡ぐべきという考えが普遍的になったように感じる。

 また、関西弁は単に言葉のフックが強いだけでなく、メロディに良い影響を与えることも多い。例えば、ウルフルズの「ええねん」は、基本的にずっと同じメロディが続くシンプルな歌だ。けれど、ほぼ全てのフレーズの末尾を〈ええねん〉という関西弁で締めることで、本来なら単調なはずのシンプルな歌なのに、その「単調さ」を感じさせず、最後まで疾走感のある歌になっている。これは、韻を踏むという技法を終始使っているから、という部分もあるのだろうが、それ以上に関西弁が果たしている役割が大きいように感じる。「ん」の音で終わることや、母音をしっかりと響かせることなどが、標準語をメロディに乗せる場合とは違うグルーブを生み出すことになり、独特のビート感を生んでいるのだ。

 実際、メロディに疾走感を与えるために意図的に関西弁を使うロックバンドも多い。その代表がヤバイTシャツ屋さんだ。

 ヤバイTシャツ屋さんが昨年リリースした「かわE」もある意味で、ウルフルズの「ええねん」と似たようなアプローチを用いた楽曲である。サビに〈やんけ〉という関西弁を多用することで、リフレインするメロディの気持ち良さを最大限にしている。そもそも関西弁の音構成は、標準語とは少し違いがある。マクドナルドのことを「マック」と略すのが一般的なのに、関西では「マクド」と略す方が一般的と言われている。これは、関西弁の特質を如実に表している。音の一つ一つをはっきりと発音するのが関西弁の特色なのだ。「ん」という音もきちんと発音するのが関西弁の特徴だ。こういう音の性質がロックサウンド、特に疾走感のある歌のメロディにメリハリをつける働きを行い、言葉がメロディに機能的に働きかけるのである。

 つまり、関西弁は単に「強い言葉」なだけではなく、歌詞を印象的にし、メロディも魅力的なものに変えてしまう要素があるのだ。だからこそ、関西弁の曲には名曲が多く、長いこと歌い継がれる歌が多いのかもしれない。まあ、そんな筆者も関西人のくせに、思いっきり標準語でこんな文章を書いてはいるのだけれども……。(ロッキン・ライフの中の人)

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