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ヒトリエ wowakaが音楽シーンにもたらした“発明” ロックをアップデートしてきた足跡を辿る

リアルサウンド

19/4/20(土) 8:00

 ヒトリエのwowaka(Vo/Gt)が4月5日、逝去した。

 死因は急性心不全。享年31歳だった。

(関連:ヒトリエ、ボカロシーン発の“源流”としての存在感 アルバム『HOWLS』にある興奮の方程式

 あまりに突然のことで、第一報を見たときには、しばらく目を疑った。バンドは今年2月に最新アルバム『HOWLS』をリリースし、それを引っさげて全国ツアー『ヒトリエ TOUR 2019 “Coyote Howling”』で各地をまわっている最中だった。彼の死を受け、6月1日の新木場STUDIO COASTで開催される予定だったツアーファイナル公演も含め、ワンマン公演は中止、イベントへの出演は全てキャンセルとなった。

 「突然の悲報に接し、メンバー・スタッフ一同、現実を受け止められない状況です。バンドの今後の活動については現在未定ですが、イガラシ、シノダ、ゆーまおの各メンバーは、これからも音楽活動を続けてまいります」と、オフィシャルサイトでは報じられた。

 僕自身、ショックはとても大きい。

 ツアー中だったというだけでない。ヒトリエというバンドの歩んできた道程自体が、まだまだ途上だった。昨年には初の海外公演もあった。もっと大きなステージに立つようになるだろう、もっと沢山の人にその音楽が届くだろうと信じていた。

 特に、『HOWLS』に収録された「ポラリス」は、バンドの輝かしい未来を想起させるような曲だった。wowaka自身の切実な思いを込めた、とても大事な曲だった。それを紐解くために、彼の足跡を改めて振り返っていきたい。

 彼がボカロPとしての活動を始めたのは2009年。およそ10年前のことだ。ニコニコ動画に最初に投稿した楽曲は「グレーゾーンにて。」。曲に添えられた「現実逃避って、いいよね!」というコメントから、一時期「現実逃避P」と呼ばれたこともあった。

 彼はそこから3カ月で続けざまに6曲を投稿している。初音ミクと出会ったこと、ボーカロイドで音楽を作るということは、きっと当時の彼が没頭した最高の「現実逃避」だったのだと思う。

 その登場は鮮烈だった。ニコニコ動画上で最初に大きな注目を集めたのが2009年8月に投稿した「裏表ラバーズ」。この時点でwowakaの作風は確立されていた。癖のある高速のビートに乗せて音数を詰め込んだ“過圧縮”のバンドサウンドと共に早口の節回しで歌う、その後のボーカロイドシーンでも日本のバンドシーンでも2010年代に一大潮流を築き上げた曲調は、まさしく彼の“発明”だった。

 それまでにも、cosMo(暴走P)による「初音ミクの暴走」など、ボカロだからこそ可能になった“機械のボーカリゼーション”として早口のメロディを追求した楽曲はあった。しかしwowakaが革新的だったのは、彼自身が影響を受けたNUMBER GIRLやTHE BACK HORNなどの音楽性を基盤に、それを邦楽ロック、特にポストハードコアやエモの系譜に連なる音楽性として展開したこと。

 そしてもう一つ鮮烈だったのは、『THE IDOLM@STER』由来の「◯◯P(=プロデューサー)」という名乗りが一般的だったことからもわかるように、同人音楽やアニソンやキャラソン的な表現が主流だった初期のボカロシーンにおいて、あくまで自己表現としての音楽を貫いていたこと。それも、懊悩する自意識を“自分の中に住まう少女に仮託した”形で歌にしたことだった。

どうして尽くめ の毎日 そうしてああしてこうしてサヨナラベイベー
現実直視と現実逃避の表裏一体なこの心臓
どこかに良いことないかな,なんて裏返しの自分に問うよ。

 こう歌う「裏表ラバーズ」の歌詞は、きっと、当時のwowaka自身の心の声でもあったはずだ。

 そこから「ローリンガール」、「ワールズエンド・ダンスホール」、「アンハッピーリフレイン」と、wowakaは続けざまにニコニコ動画で100万回再生を達成する楽曲を発表していく。

 そこには、あきらかに彼自身の作風がシグネチャーとして刻み込まれていた。無邪気で可愛いキャラクターとしての初音ミクに「歌わせてみたい」というモチベーションではなく、最初からwowakaの中にはマグマのように沸々とたぎる熱があった。その衝動を轟音に乗せた叫びとして表現するかわりに初音ミクというツールを通して表出したからこそ、高速のリズムに手数の多いフレーズ、言葉を次々と畳み掛けるような彼独特の音楽性が生まれたのだ。

 言ってしまえば、00年代末に、新しいテクノロジーを用いてそれまで誰もやっていなかった形でロックという音楽をアップデートしたのが彼だった。

 また、当時のニコニコ動画に競い合うように楽曲を投稿していた沢山のボカロPたち、特にほぼ同時期に「ハチ」名義で活動を始めた米津玄師の存在は、彼にとってとても大きかったはずだ。

 wowakaは、2011年春にインターネット発のレーベルとして発足したインディーズレーベル<BALLOOM(バルーム)>の設立第1弾として、アルバム『アンハッピーリフレイン』を発表している。同レーベルからは米津玄師の1stアルバム『diorama』もリリースされた。

 <BALLOOM>は、立役者である「とくP」=阿部尚徳いわく「“2009年組”のボカロPを中心とした集まり」。まだまだアマチュアの遊び場だった当時のシーンで、プロとしてやっていく野心と才能を持ったクリエイターたちの集団だった。その代表格がwowakaであり、ハチ=米津玄師。

 二人は、親友であり、「負けたくない」と互いに思うライバルだった。

 2011年冬、wowakaは「自分自身の声で歌うこと」を選び、ヒトリエの前進となったバンド「ひとりアトリエ」を結成する。2012年には、wowaka、シノダ(Gt/Cho)、イガラシ(Ba)、ゆーまお(Dr)というそれぞれネットや同人音楽のシーンで活躍してきたプレイヤーが集い4人組のバンドとして「ヒトリエ」が始動。2014年1月にシングル『センスレス・ワンダー』でメジャーデビューを果たす。

「音楽を作る者として、楽器や演奏やパフォーマンスにちゃんと主張のある人が集まった」

 wowakaは、1stフルアルバム『WONDER and WONDER』のリリース時のインタビューでそう語っていた。個性が強く、卓越した演奏力を持った4人がバチバチと火花を散らし合うように音を奏でる。そういうバンドとして、ヒトリエはめきめきと頭角を現していった。

 2017年、初音ミクの10周年にあわせてwowakaは「アンノウン・マザーグース」という6年ぶりのボカロ曲を投稿している。

 同曲は、同年12月にリリースされたヒトリエのミニアルバム『ai/SOlate』にも収録され、ライブでも披露された。

 この曲にはヒトリエ結成以降の彼の目覚ましい成長が垣間見える。

 早口の節回しばかりが注目されるwowakaの作風だが、そのオリジナリティは、促音と撥音(「っ」と「ん」の音)という日本語独特の音韻を駆使して“高速で跳ねる”符割りの妙にあった。

 そして、この「アンノウン・マザーグース」の〈誰も知らぬ物語 思うばかり 壊れそうなくらいに 抱き締めて泣き踊った〉という箇所では、BPM220でのトリプレット(三連符)という、おそらく誰もやったことのないだろうボーカリゼーションも形にしていた。

 wowakaは、単にボカロシーンとバンドシーンの両方の橋渡し役となったというだけでなく、ボーカロイドの“機械が歌うボーカリゼーション”だからこそ生まれた音楽的発想を自らの身体性を通して表現することのできた、稀有な才能の持ち主だった。

 2018年11月、ヒトリエはシングル『ポラリス』をリリース。2019年2月に、同曲が収録されたアルバム『HOWLS』を発表した。

 バンド名の由来が象徴するように、wowakaの想像力の源泉は、「ひとり」であることにあった。孤独から彼の音楽は生まれていた。

 しかし「ポラリス」という曲には、その衝動を他者と深くわかちあえるようになった数年間のバンドの音楽活動を経て、20代から30代になった彼の変化と心境が刻み込まれていた。

 おそらく、『NARUTO-ナルト-』の登場人物の子供たちが主人公となる『BORUTO-ボルト-』の主題歌というオファーも楽曲のモチーフに大きく影響したのだろう。そこには、かつての自分自身と同じ思いを抱える沢山の人たちに〈あなた〉という言葉で呼びかける、とてもストレートなメッセージが綴られていた。

 歌詞にはこんな言葉がある。

どれだけ涙を流して 明けない夜を過ごしたろう
そのすべての夜に意味はある、
そう信じてやまないんだよ

きっとあなたは大丈夫 誰より「ひとり」を知ってる
この言葉の意味すら超えてさ、とても強い人だから

(中略)

色褪せぬ誇りを知れたのは
誰でもなく、あなたのせいで
僕はどれだけ何を与えることができていたのでしょうか

(中略)

あなたはとても強い人
誰も居ない道を行け 誰も居ない道を行け

 何より、wowaka自身が〈誰も居ない道〉を歩んできた、とても強い人だった。

 だからこそ、こんなところで、こんな風に、その旅路が終わるはずがなかった。終わっていいわけがなかった。

 せめて、その魂が安らかであることを願う。冥福を祈ります。(柴那典)

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