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横浜流星『愛唄』、登坂広臣×中条あやみ『雪の華』……“楽曲モチーフ映画”成功のポイントは?

リアルサウンド

19/2/2(土) 6:00

 横浜流星と飯島寛騎、清原果耶といった伸び盛りの若手俳優が共演を果たした『愛唄 -約束のナクヒト-』と、三代目J Soul Brothersの登坂広臣と中条あやみが共演した『雪の華』。2000年代に発売され、今なお様々なアーティストにカバーされるなどして歌い継がれている人気楽曲をモチーフにして作り上げられたという共通点を持つ2本の映画が、奇しくも同じタイミングで劇場公開されている。

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 改めて説明するまでもないが、前者のもととなった楽曲は同作の脚本も担当しているGReeeeNが2007年に発売した『愛唄』で、当時流行のまっただ中だった“着うたフル”で記録的なセールスを叩き出した、いわば当時を象徴するラブソングのひとつだ。そして後者は中島美嘉が2003年にリリースし、初週のオリコンランキングでは4位と、時間をかけて徐々に“冬の定番ラブソング”として定着してきた印象のある同名楽曲がもととなっている。

 この両作には楽曲モチーフという点以外に、思わぬ共通点がある。それはどちらも余命わずかの主人公の恋模様を描いているということだ。余命3カ月を宣告された主人公が古い友人と、ある1冊の詩集に出会う。そして偶然にも同じ病院に入院していた詩集の著者である少女と心を通わすようになり、余命と恋の狭間で苦悩しながらも真正面から向き合っていく『愛唄』。そして『雪の華』では恋をすることに憧れていたヒロインが余命1年を宣告され、偶然知り合った青年を助ける代わりに期間限定の恋を自ら持ちかける。結果的には似たようなテーマ性を持ち得ているものの、その導入として存在する恋愛に対するモチベーションに関しては正反対の作品といえるだろう。

 もっとも、この2作のように既存のヒット曲をモチーフにした映画というのはかなり前から数多く作られてきた歴史がある。有名なところでは石原裕次郎が歌い、また映画版でも石原が主演を務めた『銀座の恋の物語』であったり、はたまたコマーシャルソングとして作られ流行語にもなったフランク永井の『有楽町で逢いましょう』であったりと、とりわけ映画産業が柔軟だった50~60年代を中心に、楽曲のヒットに乗じる形で作られるケースが多かった(おそらくその中には、映画を作ることを前提に作られた楽曲も少なくはないだろう)。

 その後2000年代に入り、大林宣彦監督が伊勢正三作詞・作曲の往年の名曲をモチーフに『なごり雪』と『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』を手がけ、「楽曲モチーフ映画」というジャンルに“リバイバル”という側面が付け加えられるようになった(同様のパターンで言えば、海外ではすでに『プリティ・ウーマン』という先例があるわけだが)。それからは『涙そうそう』や『未来予想図』(映画版タイトルは『未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~』)、『ハナミズキ』といったように、比較的近い年にリリースされロングヒットを続ける人気曲を中心に映画化。中にはボカロ楽曲からメディアミックスされた小説を経由して映画が作られた『脳漿炸裂ガール』のような変わり種も存在している。

 そんな中で、何故いま改めて「楽曲モチーフ映画」が立て続けに作られたのか。その背景にはいくつかの理由が考えられる。まず大前提として考えられることは、現在の日本映画界が最も重宝している“原作知名度”という点だ。それは漫画・小説・アニメなどを原作とした他の作品にも共通していえることではあるが、それらは既存の明確なストーリーやビジュアルイメージが根付いており、“映画化”というフレーズに対して拒絶されるケースが少なくない。しかし、音楽にはそういった視覚的なイメージが先行しないというメリットがあるため、映画としてのオリジナリティを生み出すことが可能なわけだ。それに加えて、楽曲の知名度によってそれが映像化されたという興味をそそることで、普段映画を観ない観客に対して訴求効果を生み出すこともできる。

 その反面、実はその“世界観”という非視覚的な漠然としたイメージは想像以上にデリケートだったりもする。今回の2作品に関して言えば、両作とも「余命わずか」というオリジナリティとはかけ離れた題材を扱ってしまっているのだが(以前別のコラム<『僕の初恋をキミに捧ぐ』なぜ映画からTVドラマへ? “少女漫画実写化ブーム”にも変化が>でも指摘した通り、ちょうど“難病映画ブーム”が再燃しはじめていることを踏まえれば、こうした題材を扱うこと自体は充分に納得できる範疇にある)、楽曲としての「愛唄」「雪の華」はどちらも、継続型で未来へ持続する愛の可能性を綴った歌詞であるため、映画と楽曲の間に微妙なズレがを生じてしまう。どことなく、“モチーフ”という言葉がとても便利に使われた感が拭い去れなくなってしまう。

 現在の「楽曲モチーフ映画」にはまだ、前述したような半世紀前の映画黄金期のようなメディアミックス型で柔軟さを携えた時代とは異なり、オリジナル作品不足という課題に向き合おうとしすぎた結果、かえってオリジナリティとはかけ離れたところへと向かってしまう予感が漂っている。今後もこのような作品が増えていく可能性は高いだけに、重要なのは(とくに楽曲の発表から時間を置いて映像化される場合には)オリジナルとなる楽曲の漠然とした雰囲気ではなくバックグラウンドや、歌詞として視覚化された世界観をどのように映画に反映させていくのかということに尽きるだろう。その点で、映画脚本の経験がない楽曲の作者に、脚本家として物語を委ねた『愛唄』は、ひとつの斬新な選択肢を提示してくれたといえるのではないだろうか。 (久保田和馬)