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『ウトヤ島、7月22日』エリック・ポッペ×松江哲明が語る、映画だからこそ伝えられること

リアルサウンド

19/3/5(火) 12:00

 2011年7月22日、ノルウェーで起きた1人の青年による連続テロ事件。排他的極右思想の持ち主であった青年は、移民を積極的に受け入れていた政府の方針に強い反感をいだき、首都オスロ、ウトヤ島で合計77人もの命を奪った。ウトヤ島で起きた惨劇の72分間を映画化した『ウトヤ島、7月22日』(3月8日公開)は、全編ワンカットでその全容に迫っていく。

 リアルサウンド映画部では、本作を手がけたエリック・ポッペ監督と、ドキュメンタリー監督・松江哲明氏の対談を行なった。ミュージシャン・前野健太の路上音楽ライブを全編ワンカットで収めた映画『ライブテープ』を撮った松江氏は、本作をどう捉えたのか。

 ワンカットを用いた意図から、制作の裏側、そして今後の映画に求められるものまで、じっくりと語り合ってもらった。(編集部)

●偶然を必然に変えたワンカット撮影の凄さ

松江哲明(以下、松江):少年少女たちが無差別に銃撃された72分という時間を、ほぼリアルタイムで描こうとしていることに勇気を感じました。

エリック・ポッペ(以下、ポッペ):ありがとうございます。おっしゃるように、時間をどう描くことができるかが本作のテーマでした。私は映画制作を行っていないときは、コンゴやパキスタン、ソマリアといった紛争地域に足を運び、映像を記録しています。紛争地域では、いつ何が起きるか分からないので、カメラを回し始めたらオンとオフを切り替えている余裕がありません。記録の最中に反乱軍がやってきて難民たちと一緒に逃げたこともあります。そんなパニックに落ちている状況の最中もカメラはそのまま捉えている。そうした映像をBBCに提供した際に、「編集を一切せずにそのまま放送するのはどうか」と提案したことがあります。TVを見る視聴者もその場にいるような臨場感を味わえるはずだからと。しかし、「視聴者には刺激が強すぎる」という答えが返ってきました。当然ではありますが、編集を通すことによって、そこにあったリアルな時間は削ぎ取られてしまうわけです。ウトヤ島での事件を描くにあたり、観客に逃げ場のなさや攻撃されている恐怖を肌で感じてほしいと思い、ワンカットでの撮影を選びました。

松江:準備にはどれぐらいの時間を?

ポッペ:準備には3カ月をかけ、150名の出演者とエキストラ全員に台詞とカメラワークを徹底的に覚えてもらいました。出演者・スタッフ全員が頭の中で次に何が起きるかを把握していたため、本番撮影中は、ある程度自由に動くこともできました。その結果、あたかもドキュメンタリーを撮っているように仕上げることができたと思います。

松江:ドキュメンタリーのような自然な空気感がある一方で、そこにプラスされているのがカメラマンの存在です。本作は、主人公・カヤ(アンドレア・バーンツェン)が直面する状況を客観的に撮っていくのではなく、カメラ自体が“人格”を持っているように映画の中にいます。突然の銃声に反応して動いたり、カヤの視線とあわせてカメラも動いたり。こうした動きをつけたのにはどんな狙いがあったのでしょうか。

ポッペ:この悲惨な事件から目をそむけてはいけない、観客自身をこの物語の中に誘いたいという狙いがありました。カメラは観客自身でもあるのです。映画の冒頭、カヤは携帯で母親に「聞いて」と話していますが、一瞬だけカメラ目線になります。あの言葉は監督である私から観客へのメッセージでもあるんです。この物語を観て、この事件を知って、自分が何をなすべきか考えてほしいという思いがありました。

松江:なるほど。映画のラストシーンで登場人物が観客に語りかけるようにカメラ目線になる作品はこれまでも多々ありました。ただ、映画の冒頭で語りかけてくるものはあまりないと思います。あの言葉によって、カヤたちと一緒にこれから起きる事件を受け止めないといけないとう覚悟が生まれたと感じます。

 映画がほかのメディアと違うのは、ポッペ監督が先程おっしゃっていたように「時間を描く」ことができる点にあると思っています。本作は全編ワンカット、つまりリアルタイムを記録していくわけですが、リアルタイムなはずなのに、同じ時間が流れているように思えない瞬間があります。例えば、肩を銃で撃たれた少女が、徐々に生気が抜けていき、命を失うシーンです。少女が命を失った後、身体に蚊が止まりますが、まるでスローモーションを見ているような不思議な感覚がありました。

ポッペ:このシーンは、死とは何か、暴力とは何かを捉えるために描きました。我々が日々浴びるように観ている映画では、命の奪い合いが当たり前のように描かれています。そんな暴力に慣れきった我々の神経を、再び呼び覚ます必要があると思いました。エンターテインメントとして消費されている死ではなく、無情に命が奪われる瞬間をどう描くことができるか。私にとって大きなチャレンジでした。少女の顔色がどんどんぬくもりを失っていき、少女を見守っていたカヤは無力感と罪悪感に苛まれていく。非常にシリアスなシーンではあるのですが、美しいとも言える瞬間を撮ることができたと自負しております。

 ご指摘いただいた蚊は狙ったものではなく、まったくの偶然です。蚊に気付いた撮影監督が咄嗟に映すことを決めてくれました。蚊を振り払うこともできずにただ吸わせているカヤの姿に、彼女が感じた無力感がよく表れてくれたと思います。

松江:蚊が血を吸うということはその人間が生きている証拠でもあるわけです。一方で、彼女の目の前には血を流し、命を失う少女がいるという状況。偶然のできごとを必然に変えているのが本作の強さだと思います。

●ポッペ「キャストの精神的負荷は予想以上のものでした」

松江:撮影は全部で何テイク撮られたのでしょうか。

ポッペ:1日ワンテイク、月曜日から金曜日までの5日間行いました。最終的に使用したのは4日目のものです。1日目と2日目はあのシーンでハチがやってきました。今回は血糊ではなく、牛の血を使っているんです。それが虫をおびき寄せていたんだと思います。3日目は何も来なくて、4日目に蚊がやってきたのです。僕は神を信じているわけではないのですが、この物語を語るために、蚊を送り込んでくれたのではないかと今は思います。

松江:蚊という要素もあったと思うのですが、全5回のテイクの中で4日目を選んだ一番の理由はなんだったのでしょうか。手応えを感じつつも5日目も撮っているわけで。

ポッペ:最後のテイクはキャストたちが余りにも疲弊していたというのが使わなかった理由です。キャストたちがこの撮影を通して得た経験は大きなもので、特にカヤを演じたアンドレアンは、役に入り込み過ぎて5日目は演じきれなかったのです。撮影に入る前に重ねた3カ月のリハーサル期間は、銃声は一切使用しませんでした。キャストたちにより入り込んでもらうために、本番用にとっておいたのですが、こちらの想像以上に、銃声をともなう撮影は精神的に大きな負荷を与えていたのです。最終日は、犯人への怒りが溢れ、涙もこぼすキャストたちも少なくありませんでした。このバージョンも決して失敗したものではなく、大きな意味を持つものになるとは感じたのですが、センチメンタルになりすぎるのも違うなと。その結果、4日目がベストと判断しました

●問題提起をし続ける意義

松江:日本での報道が限られていたウトヤ島での事件は、本作を通して多くの人に改めて認知されると思います。本作に圧倒されるのは、事件の全容を観客が体感することだけでなく、ウトヤ島で亡くなった少年少女たちの過去と未来が垣間見えるところにもあると思います。この事件が起きたとき、ノルウェーでは犯人に対して憎悪の感情をぶつけるというよりも、なぜ犯人がこの行動を取ってしまったのか、なぜ事件が起きたのかを、世論も訴えていました。現在の日本では何か事件が起きたときに、怒りに対して怒りをぶつけ合うような社会になっていると感じます。世界全体が不穏な空気に包まれる中、ポッペ監督は今後の世界をどのように捉えていますか。

ポッペ:現在の西欧諸国では極右思想が台頭しています。インターネット上ではヘイトスピーチが横行し、私たちはそれをずっと見過ごしてきてしまいました。アメリカのトランプ大統領が象徴的なように、それはネット空間だけではなく政治の世界にまで浸透してきています。ウトヤ島の事件も、そのようなヘイトスピーチに扇動された、たった1人の男によって引き起こされました。現在の状況では、ウトヤ島で起きたような事件がまた別の国でいつ起きてもおかしくないのです。とても残念なことに極右思想の人々のほうが狡猾にインターネットを使いこなすことができます。活字離れが進み、ニュースを読むとしても見出しだけ、せいぜい2、3行しか読まないわけです。そういったことを彼らはよく理解して、うまく操作している。しかし、これは現代に初めて起きたことではありません。歴史は繰り返すではないですが、政府の側が、メディアが報じているニュースを「フェイクニュースだ」と言い張る論法は1930年代にも起きていたことでした。その結果、世界大戦も起きてしまったわけです。絶対に同じことを繰り返さないためにも、何かを生み出す人、アーティストとして活動している人たちは、世の中に対する解決策を編み出すことができなくても、問題提起をする責務があると私は思っています。映画には確実に力があり、そういった映画作りがもっともっと生まれていかなければならないと思います。

(取材・文=石井達也/写真=服部健太郎)

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