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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

喜人の入り口に飾られた提灯。

ファンの店 第5回 椎名林檎の再訪を待ち続ける福岡の和風創作料理店

ナタリー

19/2/25(月) 18:00

自らがファンであるという理由から、お店を好きなアーティストの色に染め上げてしまった“筋金入りの〇〇ファン”な店主たちがいる。ここには、同じアーティストのファンたちが全国から集まる。本企画ではそんな筋金入りのファンが集う飲食店をレポート。今回は椎名林檎の出身地である福岡県福岡市にある、彼女のファンが集まる居酒屋を訪問した。

突き出しの飾りは店主が描いた椎名のイラスト

喜人は京風の創作料理が評判で、平日でも予約でいっぱいの地元の人気店。地下鉄七隈線の薬院大通駅から3分ほど歩いたところにある、マンションの1階に店を構えている。目印は、リンゴのマークや東京事変のシンボルである折鶴などが店名と共に描かれた大きな白い提灯。低い引き戸をくぐるように中に入ると、壁一面に描かれた迫力ある和風の絵と、店中に飾られた椎名のグッズの数々が目に入る。

店主の三橋邦弘さんは1stアルバム「無罪モラトリアム」が発売された頃からの椎名の熱烈なファン。もともと趣味でバンド活動をしていた彼は「亀田誠治のベースがすごい」という噂を聞いてこのアルバムを聴き、椎名の独特な世界観に衝撃を受け一気にのめり込んでいった。

16年前、この店がオープンした当初は、店内は今のように椎名の要素を前面に出してはいなかった。しかし三橋さんがBGMとして毎日のように曲を流していたところ、福岡の椎名林檎ファンたちによる私設ファンクラブから貸し切りの予約があり、これをきっかけにだんだんとファンが集まる店になっていったという。ちなみに三橋さんと共に接客をしている奥さんも椎名林檎ファンで、友人に誘われてこの店に訪れたお客さんだったそうだ。

内装はもともと白壁だったが、椎名が初めて音楽監督を務めた映画「さくらん」を観た三橋さんがそのビジュアルに影響を受け、吉原遊廓をイメージした赤色に塗り替えた。常連客はポスターやライブ会場で販売されている手旗などの椎名林檎グッズ、関東エリアでしか載らなかった椎名の新聞広告などをおみやげとして少しずつ店に持ち寄り、いつしか店内はグッズでいっぱいに。

また、趣味で絵を描いている三橋さんは、伊藤若冲のテイストで椎名のイラストを月替わりで描き、その紙を突き出しの飾りにして客に提供している。壁に描かれた絵もすべて三橋さんによるものだ。

本人が来店! しかし店主はパニックで……

この店には1度、椎名本人が訪れたことがあった。友人の結婚式に出るために地元に帰ってきていた椎名は、自分のファンがやっている店があるという話を聞き、結婚式の帰りに立ち寄ったのだ。このときちょうど何人かのファンが会食をしていたため、椎名の登場に店内は大騒ぎに。しかしこの日はほかにも多くの客で賑わっており、店内は満席。焦った三橋さんは知り合いの客に席を譲ってもらおうとしたが、気を遣った椎名は挨拶をして帰って行ったという。

あまりに突然の出来事にパニックになっていた三橋さんは、椎名が帰ったあとになって、写真を撮らせてもらうことも、サインをもらうことも忘れていたことに気付いて大後悔。この反省から、三橋さんは「絶対にもう一度店に来てもらって、今度こそサインを書いてもらう」と決意し、壁画の一部をサイン記入用のスペースとして今も余白のままにしている。

そして椎名はこのときのエピソードを、ファンクラブ会員限定で公開している日記で紹介。具体的に店の名前は出していなかったものの、喜人の存在はファンの間で話題になり、これがきっかけとなって遠方からもさらに多くの椎名ファンが訪れることになった。「他県から来てくれるファンもいるし、最近は台湾とか香港とか、海外からも店に来てくれるんです。林檎さんのライブを観に日本に来て、ネットで調べたらここが出てきたからって。“東京事変”っていう入れ墨を入れたフランス人も来ましたよ」とうれしそうに話す三橋さん。今では椎名のデビュー記念日や誕生日、ニューアルバムの発売日などメモリアルな日になると、たくさんのファンが店に訪れオフ会が行われる。

そんな熱烈なファンでありながら、実は三橋さんが椎名のライブに行くことができたのは昨年が初めてだった。喜人がファンの間で話題の場所になったこともあって、福岡公演の前後には多くの人が訪ねてくれるようになり、店を空けるわけにはいかなかったのだ。「ライブが決まると、ブワーって予約の電話がかかってきます。せっかく遠くから来てくれて休みだと申し訳ないし、なるべく営業はしとこうかなって」と話す三橋さん。しかし2018年、彼は意を決して店を休み、4月に行われた「ひょっとしてレコ発2018」の福岡サンパレスホテル&ホール公演、および11月に行われた「(生)林檎博'18 -不惑の余裕-」のマリンメッセ福岡公演に、8歳と5歳の子供たちを預けて夫婦で参加した。

念願叶って初めてのライブを体験した感想を聞くと、三橋さんは「DVDを観てれば十分だと自分に言い聞かせていたけど、やっぱり生はいいですね。1回行ったらもうダメだ。もうDVDを観てもあの空気感を思い出して『生で観たい』って気持ちになっちゃう(笑)」と言って笑った。なお喜人は昨年のマリンメッセ福岡公演の際に椎名に祝花を贈っており、その花は会場入り口近くの目立つ場所に飾られた。

ここでしか食べることができない、評判の創作京料理

喜人の看板メニューは、鴨肉の鍋を覆うように山芋のとろろをたっぷりとかけた「喜人鍋(2200円)」。あんかけのような食感のこのユニークな鍋は、ひと口食べると、山芋や出汁の風味と鴨肉の旨味が絶妙なバランスで口の中に広がる。優しい味でありながら満腹感も満たされ、ヘルシーで女性客からも人気の一品だ。なお、喜人鍋を求めて遠方から来店する人も多いため、三橋さんは近いうちにこのメニューの通販を行いたいと考えているという。

このほか「生麩のゴルゴンゾーラ(850円)」「カマンベールと海老の湯葉かき揚げ(750円)」「クリームチーズの西京漬け 生麩と角煮でパイ包み(200円)」など、生麩と湯葉をメインに使った、京料理をベースにした創作料理も人気。インスタ映えするおしゃれな見た目でありながら、味に関しても本場・京都から訪れた人々から毎度絶賛されているという本格派だ。これらの料理を作った発想の源について、三橋さんは「生麩とか湯葉って、おいしいし種類もあるのに添え物みたいな感じで、なんでメインにしないんだろうって思ったんですよね」と語っている。

「福岡でライブがあるたびに、大阪とか東京とか遠いところからお客さんが来てくれます。自分と共通の人を好きな知り合いが増えていくのは楽しいし、この店をやっていてよかったと感じます」。再び来店した椎名に今度こそサインをもらうことを目標に、三橋さんはこれからもファンの憩いの場を作り続ける。

なお本連載は当初は全5回で終了する予定だったが、連載の続行が決定。今後も全国にある、さまざまなアーティストのファンが営む店を紹介していくので、次回以降をお楽しみに。

店舗情報

住所:福岡県福岡市中央区薬院2-4-26 ライオンズマンション薬院第5 1F
電話番号:092-716-2502
営業時間:18:00~25:00(ラストオーダー / 24:00)
曲のリクエスト:不可
最近で一番感動した曲:「人生は夢だらけ」

取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 濱本英介

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