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マルジェラの成功と悲劇にみる、ファッション産業の問題点 伝説的メゾン創始者デザイナー達の葛藤

リアルサウンド

19/2/19(火) 12:00

 ここ2年、ファッション・デザイナーのドキュメンタリー映画が立て続き公開されている。特に目立つのが、マルタン・マルジェラやヴィヴィアン・ウエストウッドなど、1970年代から80年代にかけてブランドを立ち上げた創始者デザイナーをフォーカスする作品群だ。大企業傘下メゾンの「雇われデザイナー」トレード競争が激化している今日からすれば、伝説的メゾンを立ち上げたパイオニアの物語は別世界のようにうつるかもしれない。しかしながら、彼らの成功譚と悲劇は、今日のファッションを考察する際の問いかけも与えてくれるはずだ。

 1970年代デビュー組を追った2作品を見てみよう。シューズ・デザイナーの王のキャリアを総括した『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』は、ある種、継承を意識した遺言のような作りだ。1970年代を謳歌したマノロ・ブラニクが今日のファッション産業に情熱を感じられなくなっていることが示唆されている。反して『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』は、70代のウエストウッドがデザイナーとしてもアクティビストとしてもまだまだ現役であることを示すパワフルな映画だ。今や生ける伝説である英国の「パンクの母」だが、長らく母国で笑い者にされてきたこと、さらには1980年代までブランド経営がパンク状態だったことが明かされている。現在、複数ラインを持つまでに至ったViVienne Westwoodは、創始者であるウエストウッドの意向に反して事業拡張をつづけている。

 1980年代デビュー組の映画としては、まず『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』が挙げられる。「ファッション」という言葉を嫌いタイムレスな服作りを心がけるドリスによる同名ブランドは、大企業のメゾン買収合戦が始まった2000年代以降も独立を維持する貴重な存在とされている。このドリスと同期にあたるファッション史の重要人物が、今回ドキュメンタリー『We Margiela マルジェラと私たち』が公開されることとなったマルタン・マルジェラだ。

 Maison Martin Margiela(2015年よりMaison Margielaに改名)は、まさしくファッションの歴史を変えたブランドと言えるだろう。反モードを掲げてファッションを脱構築したこのメゾンは「反社会的なブランドの草分け」と評されており、今現在でもVetementsとBalenciagaを率いるデムナ・ヴァザリアやYeezyでお馴染みのカニエ・ウェストなど多くの新進デザイナーに影響を与えている。豪華さと対極な「貧困者風」コレクションやブランド表記のないタグなど、革新の例を挙げればキリがないが、映画『ディオールと私』でフォーカスされたラフ・シモンズは、地元の子どもたちが入り乱れた1989年のMargielaショーの衝撃をこのように語っている。

「一学生として、私はつねにファッションは少しばかり浅はかで、つねに派手で華やかなものだと思っていました。しかし、あのショーを見て、私にとってのすべてが変わった」

 マルタン・マルジェラは匿名的なデザイナーだ。2008年に突如ファッション業界から去ったあとも顔写真は数枚しかリークされておらず、謎の存在でありつづけている。もちろん『We Margiela』にも登場しない。このドキュメンタリーは、マルタンと創作をしたことがあるメゾンの人々による証言だ。タイトルの「We」はマルタンが使用していた一人称であり、彼含むメゾンのメンバーを指す。

 『We Margiela』で明かされることの一つは、Maison Martin Margielaが日本とイタリアに事業拡大した2000年代においても自転車操業だったことだ。当時のマルタンは、プライベートを重視する人物であったにも関わらず、休む暇なく最低賃金で働いていたと証言されている。その後、メゾンはOTBグループに買収され、それまで起用していなかったようなスターモデルたちをショーに登用する方向性へシフト。初期からMargielaに関わっていたメイクアップ・アーティストは、有名モデル起用はマルタンの意向ではなかったことを示唆している。そして2008年、証言によるとポップスターのリアーナのフィッティングをしていたとき、マルタンは突如姿を消す。報道では、1990年代から台頭していったセレブリティ文化への嫌悪反応が強かったとされている。

 『We Margilela』によると、表舞台から去って数年後、マルタン・マルジェラはかつてともに働いたデザイナーにこう投げかけたという。

「君はあそこで働くことが好きなのか?」

 カリスマとして伝説化したマルタンだが、おそらくは、ウエストウッドのような存在とは異なり、ファッション産業のビジネスに順応できず表舞台から去った。逆に言えば、21世紀のファッション産業は、天才マルタン・マルジェラを失ったのだ。その悲劇をつづる『We Margiela』は、相次ぐデザイナー交代劇によって「モードのクリエイティビティとビジネス」が物議をかもしている今だからこそより深い問いかけを与える作品になっているはずだ。

 2019年、ドキュメンタリーで映されたデザイナーたちはどうなったのか。「インディペンデントの雄」と謳われてきたドリスによるDries Van Notenは、ドキュメンタリーが公開された翌年、ついにプーチ社の傘下となった。そして『ディオールと私』のあとCalvin Kleinに移籍したラフ・シモンズは、初コレクションから2年たらずで退任が決定している。マルタン失踪現場に居合わせたポップスターのリアーナは、世界最大のファッション大手企業体LVMHグループでラグジュアリー・ブランドを立ち上げるとの噂だ。ちなみに、マルタン・マルジェラに関しては、2019年、かつて自身がグランプリに輝いたANDAMファッション・アワードの審査員を務めることが発表された。ビジネスではなく、新たな才能に光を与えるためのカムバック。なんとも彼らしいのではないだろうか。(文=辰巳JUNK)

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