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椎名林檎×櫻井敦司、大森靖子×峯田和伸……三者三様のアプローチで魅せる男女コラボ作品

リアルサウンド

19/7/13(土) 8:00

 ここ数年、アーティスト同士がコラボした楽曲のリリースが相次いでいる。なかでも昨今は、大森靖子×峯田和伸をはじめとした男女コラボによるものが多い印象だ。そこで本稿では、下記3組の男女コラボ作品に触れたいと思う。

(関連:『(生)林檎博’18-不惑の余裕-』写真

 シンガーソングライターかつ”超歌手”の大森靖子と、銀杏BOYZのフロントマンである峯田和伸がコラボレーションした本作。大森が歌詞を、峯田が作曲を手掛けている。そもそも、大森はかねてからずっと、峯田のファンであった。今年の2月には初のツーマンライブを行っており、その時の心情を大森は公式ブログ(https://lineblog.me/oomoriseiko/archives/13175551.html)に長文で書き連ねている。ブログの中盤には「いつだって、わたしがこわれてもあなたが壊れても、私はあなたを思って歌ってゆくから、それにあなたの感性でなにかをおもって、あなたの感性で幸せになってください。あなたの感性はあなたのものです。それを死ぬほど愛してます。」とあることからも察せる通り、相当な熱量で峯田の姿を目に焼き付けてきたようだ。

 大森靖子は魂が炸裂した歌声が特徴で、かつては「激情派」とも呼ばれていたほど。かわいらしい声と少ししゃがれた太い声をうまく使い分けながら、ギターと共にガチンコ勝負を挑んでいるシンガーソングライターだ。バンドサウンド中心の楽曲からシンセが中心のアイドル的な曲まで、完全に”大森靖子”の色に染めることができる。

 峯田は銀杏BOYZの前身であるGOING STEADY時代から、熱狂的なファンが数多く存在している。パンクの精神とグッとくる歌詞。「青春といえばゴイステ! 銀杏!」という人も少なくないだろう。

 そんな2人が作った「Re: Re: Love」は、キラキラとした印象を与えるシンセを挟みながら、バンドメインで青春を感じるサウンドに仕上がっている。Dのコードをベースに、GやAなど明るさを全面に出しつつも、F#やG♭などちょっと憂いを帯びた音をフックとしていれるのが峯田らしい。フォークの香りが漂い、どこかノスタルジックな感じもする。大森がメインで歌っていき、所々でそれを峯田が支えるようにハモったり、同じ部分を叫びながら1つになる様から、父と娘のような深い愛が感じられる。

 かつて「追われる側」であった峯田と「追う側」であった大森が、時を超えて同じステージを踏むようになった。〈ひかれ 1秒を超えて〉や〈愛させてくれ/愛させてくれ/音楽で〉という歌詞でグッときたのは私だけではないだろう。そもそも、愛する人が今会えるか会えないかなんて、そんなことはどうでもよくて、〈僕より僕をひどいと知っていてよ/夏に似合う痣/100年たっても まだ痛いといいな〉と思える存在がいること。〈僕より僕を覚えている君のこと/気持ち悪いけど〉と叫びたくなるくらい、骨の髄まで知ってほしいと思うこと。まるで呪いのようだが、全部ひっくるめて「愛」なんだ、と教えられた1曲だ。

 近年、数多くのアーティストとコラボしてきた椎名林檎。ウルフルズのトータス松本やエレファントカシマシの宮本浩次と曲を作った時も驚いたが、次にタッグを組むのがBUCK-TICKのボーカリスト・櫻井敦司とは、誰も想像できなかっただろう。

 櫻井敦司が身を置くBUCK-TICKは、ヴィジュアル系バンドの先駆けといっても過言ではない。色気のある歌声を武器に、30年以上第一線で活躍してきた大ベテランだが、椎名林檎とのコラボは櫻井の魅力をどう引き出したのだろうか。

 椎名林檎は言わずと知れた特徴ある声が印象的だが、もうひとつ、彼女のプロデュース能力を忘れてはならない。コラボしたときに化学反応が起きるアーティストの選び方が絶妙なのだ。加えて、歩んできた背景や持ち味が最大限に生かされるよう、曲を構成できる強みがある。ビックバンドやジャズ、ラテン、エレクトロ、ラップなどあらゆるジャンルの要素をミックスし、そこに椎名林檎らしさを感じるコード進行を散りばめてアウトプットするのだ。

 そんな2人が歌う「駆け落ち者」は、とにかくガチンコ対決。地鳴りのような音から始まり、不安な気持ちになったところで、突然聞こえてくる2人の声に圧倒される。個々で歌を聴かせるところや掛け合いは基本的にはなく、歌う音は異なるが、2音は終始同じ動きをしている。音程は5度、4度、3度と近づけたり離したりしながら、下の音と上の音を転回させ、うねったまま進んでいく。

 歌詞は「対」の構造が浮き彫りになっている。1番では〈正反対の番同士〉が〈実態を匿い合い〉、2番では〈とうに特性を失い切っている〉へと変わる。また、1番で〈自由は欲しくない ずっと奪っていて欲しい〉と歌っている部分は2番で余裕は欲しくない もっと塞いでいて欲しい〉に代わる等、対になるモチーフが多用されている。最終的に〈そう本来完成しているの/酸性と塩基性らしい〉の部分で2人は初めて同じ音を歌うのだが、ここでやっと2人は、何かと交わらずに得ていた、元来完成している自らの特性の存在であることを自覚し、〈pHは7の侭結び付く侭の箇所で、呼応しながら互いの存在を少しずつ確認する。

 若くして音楽と「駆け落ち」した2人。〈もう生涯完成しているの〉といえる状態まで到達した自分たちに対するリスペクトの念と愛が、この曲に込められているのだと思う。

 映画『Diner ダイナー』の主題歌として起用された、DAOKOとMIYAVIによる楽曲「千客万来」。YouTubeの動画のコメント欄には英語で二人のコラボを称賛するコメントが目立ち、世界を見据えて活動する2人の注目度の高さが伺える。

 2人は制作にあたり、藤原竜也演じる元殺し屋のシェフ・ボンベロと、ひょんなことからボンベロの店で働いてくことになった玉城ティナ演じるカナコの、バチバチとした関係性-ー“VS感”を描くことに注力したと公言している。

 DAOKOは独特なウィスパーボイスが印象深い。しかし、彼女の強みは、それだけではない。ウィスパーボイスを保ちつつ、ラップの発語や声色に変化をつけるのにかかせない音の強弱やハネ、スラー(伸ばす音)などのアーティキュレーションを駆使して息の量を調節し、そして、それがよく聞かないとわからないくらい自然にできている。

 一方MIYAVIは、代名詞ともいえるギターの”スラップ奏法”を駆使し、メロディを弾きながらリズムを刻むことができる離れ業を持っている。それに加え、「相手の魅力を最大限に引き出す」ために、メロディを弾くために前に出るのか、一歩引いてリズムキープにつとめるのかを判断し、即座に切り替えを繰り返して緩急をつけるのが非常にうまい。

 そんな異なる強みをもつ2人が、本曲でどのようなコラボを果たしたのか。

 「バチバチとした関係性-ー“VS感”を意識した」と当人たちが述べていたように、基本的に掛け合い(オブリガード)が中心となった構成になっている。ギターがボンベロ、ラップと歌声とシンセサイザーがカナコを表現しているといってもいいだろう。ラップでいうMCバトルを体現するような構成だ。ラップの箇所ではジャストで合わせるのではなく、スネアとバスドラを強くしてほんの少しだけ後ろに重心をもたせ、DAOKOのラップが際立つように構成されている。ドラムとギターがまとまった状態でラップに完全に沿わせることができるのは、今までKREVAやSKI-HIなど、数々のラッパーと対峙し、培われた感覚が生かされているといえよう。

 コードはサビ以外では基本Emを、サビではCm7をそれぞれ軸として、かっこよさと明るく爽やかな雰囲気をスイッチ。Cm7はEmの構成音を内包しているため、違和感なく雰囲気を変えることに成功している。AメロとMIYAVIのソロではルート音がほぼ1音ずつ下降してはEmに戻る進行、Bメロは音を伸ばしながらルート音が上がったり下がったりと不安定な進行、サビとCメロはルート音がほぼ1音ずつ上がる進行になっており、Bメロを間に挟んだ対比構造となっている。

 トーンも上記の構造に準ずる。MIYAVIはDAOKOの変化に合わせ、ラップをしているときは低めに、サビで上がる部分はギターの音に聞こえないくらい高めにしたりと、ギターリフの音域をいい塩梅に変えている。この上昇と下降がボンベイとカナコの不安定な心の揺れ動きを表しているのではないだろうか。つきまとう不安を振り払いながら前を向いて走っていこうともがいているものの、ふとしたタイミングで「あのひとの言葉の意味」を何度も反芻してしまうカナコ。そんなカナコに対し、決して言葉で伝えることはないがいつもどこかで助け舟を出しているボンベイ。なんとなくお互いを思っているが、両人ともはっきりと自覚はしていない、いびつな関係性が描かれている。これもある種の愛といえよう。

 「愛」について三者三様のアプローチが見られた今回のコラボレーション。この先どんなアーティストが新たな魅力をみせてくれるのか。今後も注目していきたい。(pohiko)

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