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趣里が語る、女優の仕事と断念したバレエの夢 「後悔っていうのは絶対になくならないのかな」

リアルサウンド

18/11/12(月) 15:30

 今を懸命に生きる不器用な男女を描いた映画『生きてるだけで、愛。』が11月9日から公開されている。劇作家で小説家の本谷有希子による同名小説を映画化した本作は、鬱が招く過眠症のせいで引きこもりの寧子と、出版社でゴシップ記事の執筆に明け暮れる津奈木の同棲するカップルに焦点を当てたラブストーリー。監督を務めたのは、本作で劇場長編映画デビューを果たす関根光才。生身の人間に宿る心のなまめかしさとざらつきを16mmのカメラで捉えた。

 今回リアルサウンド映画部では、主人公・寧子を演じた趣里にインタビュー。趣里が思う寧子という人物像や、けがでバレエを挫折した過去、そして目まぐるしい活躍を見せる現在まで幅広く語ってもらった。(取材・文・写真=阿部桜子)

参考:白塗り姿の趣里

ーー寧子の引きこもりの部分に激しい共感を覚えたのですが、趣里さんは学校とかすんなり行けるタイプでしたか?

趣里:全然、行けるタイプじゃなかったです。内気な子で、バレエを始めた頃も行きたくなくて、泣いて、引っ張り出されて行っていました。たぶん環境の変化が怖かったのだと思います。

ーー身内には口達者なのに、社会に出た途端小さくなってしまう寧子のリアルさも怖いくらいでした。

趣里:寧子が、心を許している人には、なんでも見せすぎてしまうところって、わたしの中にもすごく思い当たる節があります。中には違う人もいると思うんですけど、たぶん多くの人がそうなのかもしれないなと思います。「親しき仲にも礼儀ありだな」ってわかっていながらもどうしても思いを止められないときってありますよね。だから、それで怒られたこともあるし、「自分だけが大変じゃないんだぞ」と言われたこともありました。それで、またやってしまったって自己嫌悪に陥るんですけど、でも止められないことってあると思うんです。

ーー寧子は100%自己中なわけではなく、罪悪感を抱えているので愛おしいですよね。

趣里:朝起きて「またやってしまった」って後悔しているので、ダメな自分にも実はちゃんと気付いているんです。それでも、またやってしまうという繰り返し。演じてみて、寧子に凄く人間味を感じました。

ーー目覚まし時計で頭を叩くシーン、痛くなかったですか?

趣里;あれ発泡スチロールだったんですけど、思いっきりやっていたので、たんこぶはできました(笑)。

ーー自分への怒りを消化しきれずに暴れてしまうというのは、すごく共感できます。

趣里:結構、観て「え?」って思う人もいるんですけど、こういう人実際にいますよね。表に出るときはきれいにしているけれど、裏では違う。でも、そういうものは誰しも抱えているように思います。

ーー寧子は複雑な役柄だったと思いますが、どう役作りをしたのでしょうか?

趣里:わたしも彼女の気持ちがすごく理解できたんです。なぜ寧子がこういう行動を取るのかを考えました。自分も、相手とのちょっとしたすれ違いで「なんでわかってもらえないんだろう」って思ったり、逆に相手を理解できなかったりっていう部分はすごく思い当たりました。今回は調べるとかではなく、自分の経験とも重なる部分を思い出して役作りしました。とにかく寧子のことを考えると自分に返ってくるので、自分と向き合う。その繰り返しでしたね。

ーー自分の中の理性を削ぎ落としたら、全員が寧子になれる気がするんです。

趣里:その表現はまさにそうですね。だからちょっと羨ましくもあります。道を走って「ギャー」って言えたり、初対面の人に「つまんねえな」って言えたり思っていることをストレートに言葉にするってなかなかできないですよね。

ーー人を否定することも、エネルギーが必要ですもんね。

趣里:だから同じくらい、寧子は自分のことを否定しているんだと思うんですよね。そういうところが苦しいんだと思います。

ーーハンバーグと目玉焼きを作るシーンで、「頑張るぞ!」と意気込んだ日に限って壁が立ちはだかるのも印象的でした。

趣里:そういうとき、ありますよね。頭で組み立てていたものが全部、崩れちゃって、「じゃあこれ作れないじゃん」ってなってしまう。そういう自分に対面するのはすごく怖いですよね。

ーー寧子は躁鬱という病気でしたが、病名がなくても皆さん「今日はやれるぞ!」という日や、どうしようもなくダメな日があると思います。趣里さんにそんな瞬間は?

趣里:もうそれの連続です。色々なことに対して自信はないです。ただ、1つみんなで何かを創るお芝居に対する思いというものは、強く持っているつもりです。でも、やっぱり人前に出ると緊張しますし、自分にコンプレックスもあります。日々、浮き沈みの連続ですね。

ーー今年は、テレビをつけたら趣里さんがいる印象だったんですけど、今でもそんな感情はお持ちなんですね。

趣里:確かに人に見て頂ける機会は、今年多くなった気はします。でも取材とかでも聞かれるんですけど、自分の中では舞台もドラマも映画もCMも、何も変わりません。1人で創るのではないっていう状態が好きだから、みんなで作品を創って楽しんでもらえるのであれば、どんなエッジの効いたものでもチャレンジしようと思っています。

ーーまだ実感は湧かない?

趣里:でもお手紙貰ったり、Twitterでいただくメッセージは、すごくありがたくて、本当に励みになっています。

ーーああ、羨ましい。そう言ってくれる人が、わたしの人生にも現れたら……(笑)。

趣里:そうですよね。だから本当に支えられていると感じます。誰か1人でも「観てよかったな」って思ってくれる人がいてくれたら、作品と向き合った意味があったなと感じます。でも、やっぱりお客さんと通じ合える瞬間ってわかるので、一緒に頑張りましょうみたいな気持ちでいつも挑んでいます。

ーー表に出ている人にも、弱い部分があるのだと思うと親近感が湧いて励みになります。

趣里:女優さんって強かったり、美しかったりするイメージがありますけど、わたしはそんなことなくて、1人で回転寿司とかラーメン屋に行くタイプなんです。慣れちゃったので、1人でなんでも大丈夫です。

ーー逆に1人の時間がないとダメですか?

趣里:それかもしれない。わたしは、皆さんが想像するようなキラキラした生活は全くしていません。でも、誰かに寄り添っていたい気持ちはあります。

ーー趣里さんも、けがでバレエを諦めた際、エンターテインメントが励みになったと聞いています。

趣里:バレエをやっているときから劇場に足を運ぶことがあったんですけど、そのときに衝撃的だったのが、岩松了さんの舞台でした。おもしろすぎて6回くらい観に行きました。そこから岩松さんの作品などを観に行くようになったのですが、バレエばっかりの生活だったので、そのときの感覚がすごく新鮮だったのを覚えています。それからもバレエ一筋でやってきたんですけど、後から思うとケガをしたときももっと頑張れたのかなって考えてしまうんです。痛いし、しばらく経っても治らなくて、当時は限界だなと思っていたんですけど。それから、しばらくどうしようもない時期が続いて、みんなが大学に行くんだなっていうのを知って、高卒認定を取って、大学受験をしました。そうすると、だんだん外の空気に触れて、新しいものを見てみようかなって気になるんですよね。大学も芸術学科で、おしゃれなフランス映画に触れてみました。私にとって映画って本当に日常を変えてくれる存在です。自分が辛いときに明るいものを観たら、ちょっと気持ちが楽になるし、表現するお仕事ってすごいなって感じたんです。で、もしかしたら舞台とかで、いつかバレエも活かせるかもしれない、ということでレッスンを始めました。

ーー実際、活かせてますよね! 趣里さんが踊るシーンをよく見かけます。

趣里:ありがとうございます。正直に言うと、今でも本当はけがしていなかったら、やってたはずだなっていうのは思っているんです。なんでけがしたんだろうって、あの頃に戻っちゃうときもまだあります。もしバレエを続けていたら、どういう人生だったのか想像しちゃいます。ただ、そういう経験があるのでずっとこの仕事ができるという保証はないし、どうなるかわからないなって思ってしまうんですよね。

ーー映画とかでバレエのシーンや音楽が流れると、胸が痛みませんか?

趣里:踊りたいんだけど、できないっていう気持ちが生まれますよね。で、バレエのドキュメンタリーを観て号泣したりします。

ーー『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』ですね(笑)。

趣里:そうです! でも本当にあの方はバレエに選ばれた人だし、自分は違ったんだなと思いますね。街を歩いていて、ふいにバレエの音楽が流れると考えてしまいます。

ーーそれでも過去の経験を、今活かせられている趣里さんは美しいと思います。

趣里:そう思いたいっていうのが、正しいのかもしれないですね。たまにSNSや動画サイトのおすすめで、海外のバレエ動画が出てくるんですよ。見たいし好きなんだけど、「うっ」と感じることはあるから、後悔っていうのは絶対になくならないのかなと思います。その反面、そういう自分と付き合っていくしかないなっていう事も今は多少冷静に考えられています。

ーーじゃあ、バレエのエッセンスがあるお仕事って嬉しかったりしますか?

趣里:嬉しさ半分、怖さ半分です。やっぱりけがってかなり怖いんですよ。ねんざも癖になっていますし。でも軽く踊れるのは嬉しいです。

ーー今回も踊りの場面がありましたが、こんな綺麗なシーンがあるかと見とれてしまいました。

趣里:踊りをやっていたということは表現のうちの1つだから、「踊る」というト書きに対して自分なりの表現ができるのかなと思います。

ーー脚本には「踊る」とだけ書かれていたんですか?

趣里:「ゆらゆらと踊り出す」って書いてありましたね。振り付けは自分でつけました。

ーーエンターテインメントに励まされてから、様々な作品に出演して、芸術と対峙する姿勢は変わりましたか?

趣里:自分が今度は舞台の上に立つと、周りのスタッフさんや相手役の方からもらうものがすごく大きくて、1人でここに立っているのではないっていうことを実感します。それまでは、映画を観ていても、カット割も何も分からず、ただただ「すごい世界だな」とは思っていたんです。作品を観ているとこの人の芝居はすごいなって思ったりしますよね。でも、お芝居がすごいなと思わせるには、役者はたくさんの努力が必要で、その上色々なことを考えてくださる周りのスタッフさんがいらっしゃるということは、身をもって感じました。1つ1つ生半可な気持ちではもちろんできないです。

ーー作品が、誰かの糧になるかもしれませんし。

趣里:誰かの糧になってほしくて、作品それぞれの中のポジションを担おうと思っているタイプです。求められる方向性に、あわせていきたい。その時のキャラクターを考えて、自分にあるものや、例えなくても、もし自分だったらこういう感情だな、というのを考えて自分と役を近づけていこうとしています。

ーー今回の寧子は共感できるポイントが多いと言っていましたが、自分と正反対の役を務めるときは?

趣里:幽霊の役もありますし、何万年も生きていて、人間の生き肝を食べて生きている怪物役とかもやりました。でもなんかわかる部分があるんです。だから共通点を探すし、なくても面白いと思えたら気持ちは寄り添えます。自分の心が離れないように興味を持つようにはしています。

ーー趣里さんは、舞台・ドラマ・映画と様々な場所で活躍されていますが、それぞれで表現方法は変わるのですか?

趣里:舞台は生ものでお客さんの反応がわかるし、稽古期間も1か月くらいあり、いいものを見せるために日々変化できます。でも映像は1回撮ったらそれが残る。生の緊張感と、一発勝負の緊張感の違いは感じます。

ーー今回16mmフィルムでの撮影だったので、さらに緊張感が増したのではないでしょうか?

趣里:もちろん16mmのカメラを見たことはあったのですが、今までやったことがないから16mm撮影の実感がなかったです。フィルムで映像を撮るっていうのは初めてだったので、興味の方が強かったです。フィルムチェンジや、チェックの仕方も違うし、現場でチェック用の映像とかも見るタイプじゃないんですけど、簡単に見られないのがかえって面白かったです。でも、田中哲司さんが、「緊張するよ。NG出すとお金のチャリンチャリンっていう音が聞こえる」っておっしゃっていて、緊張しました。

ーー作品が持つ冷たさ、切なさ、愛おしさを、フィルムがうまく表していたと思います。

趣里:この作品に出演して、SNSが発達した今だからこそ、人に対する思いや、逆に向こうが何を思っているんだろうっていうことを、より考えるようになりました。家族や恋人だけじゃなくて、何をするのでも、人と一緒に歩んでいくものじゃないですか。なので、現代に生きてちょっと疲れちゃったりしたら、1人じゃないよって、この映画で思ってもらえたらうれしいです。

ーー本作をきっかけに各々の寧子を打ち明けあって、多くの人が肩の荷を下ろせるといいですね。

趣里:「こういう子、嫌だな」と思う人もいるかもしれないし、苦しくなっちゃって嫌悪感を抱いちゃう人もいるかもしれないけど、何かを感じていただけるだけで充分です。

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