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配役と演出の妙が生み出す物語の奥行き 『轢き逃げ 最高の最悪な日』は水谷豊監督“渾身の一本”に

リアルサウンド

19/1/31(木) 12:10

 白昼の住宅街で、青のジープに乗った青年2人がスピードを緩めずに右折し、その先にいた女性をはねてしまう。運転していた青年・秀一は結婚式を目前に控え、同乗していた親友の輝は結婚式の司会を頼まれていた。車内で茫然としていた2人は「人生、終わったな」「こんなことで人生終わっちゃダメだよ」とのやり取りを交わす。そして周囲に目撃者がいなかったことを確認し、その場から立ち去る決断をする。

参考:水谷豊監督第2作『轢き逃げ 最高の最悪な日』2019年5月公開 キャストに小林涼子、毎熊克哉ら

 俳優・水谷豊は2017年に、タップダンスにすべてを懸ける若者たちの姿を描き出した『TAP THE LAST SHOW』で念願の監督デビューを飾った。それにつづいてメガホンを取り、今度は自ら脚本にも挑戦した最新作『轢き逃げ 最高の最悪な日』は、このような静かな不作為から幕を開ける。『TAP THE LAST SHOW』といえばあまりにもエキサイティングなダンスシーンをクライマックスに持つ作品だったが、その幕切れから一転、監督2作目は正反対の緊迫感を持つ作品なのだと、序盤の段階で決め打ちする。

 まずここで現実世界の話をひとつ。無免許運転や飲酒運転などを原因とした交通事故に対する厳罰化を望む声が相次ぎ、それまで刑法に規定されていた「業務上過失致死傷罪」から「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が成立したのは2013年のことだ。その第5条にある「過失運転致死傷罪」において、その法定刑は7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金。さらにその場から立ち去る、いわゆる“轢き逃げ”の場合、道路交通法第72条の緊急措置義務を怠ったとして同法第117条の罰則が加えられ、併合罪として15年以下の懲役刑が科されることとなる。

 前述した罰則規定を知っていようが知らなかろうが、“轢き逃げ”という選択肢が正しいものでないことなど言うまでもない。法務省の統計によれば、轢き逃げ事件の検挙率は、死亡事件で95.3%。ほぼ確実に捕まるのである。しかしながら物語の世界でも現実の世界でも、何故か人は“逃げ”てしまう。それは人間の持つファンダメンタルな弱さの表れであり、そして何を差し置いても、たとえ被害者の生命という法益を侵害しようとも、自己の利益を追求してしまう生き物だという証明でもある。仮に不利益と、より不利な不利益しか選択肢がないとしても、あくまで一時的な利益に走ってしまう。それは“轢き逃げ”や他の犯罪に限らず、日常の些細な出来事でさえも同じであろう。

 閑話休題、この『轢き逃げ 最高の最悪な日』という作品は、大きくふたつのパートに分けて物語が運ぶ。前半は、この“轢き逃げ”を起こした2人の青年が、被害女性が死亡したことを知り、罪の意識に囚われながらそれまでの日常を何とか取り戻そうと過ごす姿。そして後半は、監督である水谷豊自身が演じる被害者の父が、娘の死の真相を独自の捜査でたどっていく物語だ。水谷が事件の捜査に乗り出す姿を漠然と見ていると、その内面に潜む少し狂気じみた執念は、東野圭吾原作で2009年に映画化された『さまよう刃』で寺尾聡が演じた、娘を殺した少年への復讐を企てる主人公とどこか似ている。この二者に共通しているのは「なぜ愛する娘が死んだのか」を知りたいということで、それもまた人間の本質的な部分だ。

 ひと口でこの映画をジャンルに括るとするならば、「サスペンス」とするのが最もふさわしいだろうか。前半こそ、物語の発端にある事件の犯人を観客がわかった上で、その犯人と警察のある種の攻防のようなものが描かれるが、後半は父と娘のドラマであり、そしてそのさらに奥に新たな「ミステリー」が顔を覗かせていく。水谷は監督として本作を手がける上で「『嫉妬』という感情を掘り下げて、普段、他人には見せることのない“人間の心の奥底にあるもの”を映画として描いてみたい」と語っている。物語が進むにつれてその色合いが変化していくのは、ある意味では登場人物たちの感情や思惑の変化、“心の奥底にあるもの”が徐々に露呈していく様を象徴しているのかもしれない。

 そんな本作で、ひときわ目を引くのが主人公である2人の青年の演技だ。秀一を演じているのは俳優として実に15年のキャリアを持つ中山麻聖。一方で輝を演じているのは、こちらも子役時代から長いキャリアを持つ石田法嗣。中山は『牙狼〈GARO〉』シリーズの4作目『牙狼〈GARO〉 -魔戒の花-』など、石田もまた塩田明彦監督や中江裕司監督らの手がける映画など、多くの主演作を経験してきた逸材2人が、本作ではオーディションを経て役を勝ち取ったというのだから驚きである。そこには俳優の知名度にこだわることなく、あくまでもリアルさを追求した水谷“監督”の強い信念があるという。もちろん多くの観客にとって顔と名前がなかなか一致しない俳優だから身近に感じてリアルだというわけではない。中山と石田もともに俳優としての底知れないポテンシャルを持ち、その演技力をふんだんに発揮しながらも、時折良い意味で“素人くさい”表情を見せる絶妙さ。それが共感性と別のベクトル上にある、そこはかとない“怖さ”を引き立てていき、物語に果てしない奥行きを生む。

 その“怖さ”を他のキャスト陣も小林涼子や毎熊克哉のように映画やテレビ、舞台など枠にとらわれずに活動する“巧い”若手俳優と、檀ふみや岸部一徳といったベテランが器用に盛り立てていく。とりわけ冷静沈着な捜査で、着実に秀一を追い詰めていく岸部の演技には脱帽せずにはいられない。いずれにしても派手すぎず、それでいて確実に役に染まった演技をしてくれる俳優を見つけ出すということは、ストーリーに重きを置いたタイプの本作において何よりも欠かせないことだ。俳優として半世紀以上のキャリアを誇る水谷が培ってきたノウハウが、あらゆる面で活かされているまさに“渾身の一本”と呼んでもいいのではないだろうか。(久保田和馬)

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