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ジャクソンハイツは楽園ではない フレデリック・ワイズマンが浮き彫りにした世界を考えるヒント

リアルサウンド

18/11/1(木) 10:00

 様々な民族の人々が共存し、「人種のるつぼ」とも言われるニューヨーク。なかでも、もっとも多民族が集まり、167もの言語が飛び交うというエリアが、クイーンズ区にあるジャクソンハイツだ。この地区は、100年程前にマンハッタンに通勤する中産階級向けに開発された。やがて、そこにブロードウェイで働くエンターテイメント業界の人々が住み始めると、ゲイ・コミニュティが生まれることになる。そして、当初は白人だけが住むエリアだったジャクソンハイツが変わっていったのは60年代に入ってから。まず黒人が住むようになり、さらに南米やアジアからの移民が急増。現在では、ニューヨークで最も移民の比率が高いエリアになった。そんな街に住む人々に焦点を当てたドキュメンタリーが『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』。監督はアメリカを代表するドキュメンタリーの巨匠、フレデリック・ワイズマンだ。

【写真】映画で映されたジャクソンハイツの生活

 作品に触れる前に、ワイズマンのユニークな作風について紹介しておこう。多くのドキュメンタリー映画は、撮影前に題材について詳しく調査して、それに基づいて映画の流れや構成=台本を作っていく。一方、ワイズマンは題材を決めると、簡単な打ち合わせをするだけでいきなり撮影を始めるのだ。撮影する対象に先入観を持たないことがワイズマンの信条で、「撮影することが調査」だと彼は言う。そして、気になるものをどんどん撮影して、撮影終了後に撮りためた素材を吟味。シークエンスごとに、星1つから星3つまで三段階で評価して振り分け、絞ったものを半年かけて編集していく。その段階で映画のテーマが浮かび上がってくるという。そして、映画にはナレーションや音楽を加えず、撮影時に録音した音だけを使う。

 こうした「台本がないドキュメンタリー」は、日本のドキュメンタリー監督、想田和弘にも影響を与えたが、こうした手法をとることで、観客は映画のなかで起こる出来事に対して、作り手の意図を介さず、自分の感覚で判断できるのだ。40作目となる本作でも、ワイズマンのスタイルは貫かれている。ワイズマンは9週間に渡って、ジャクソンハイツの「路上」「商業施設」「宗教施設」の3つのポイントで撮影。120時間分の撮影素材を10カ月かけて編集した。

 映画はジャクソンハイツを見渡す風景のショットからはじまるが、街には色とりどりの看板が並び、そこには様々な言語が書き込まれている。ジャクソンハイツの活気溢れる街角。そこから、カメラは建物のなかで繰り広げられる様々な日常風景を捉えていく。なかでも、冒頭で印象的なのは市民集会の様子だ。そこでは、様々な民族/文化の共存について話し合われ、30年以上前から行われているゲイのプライド・パレードのことが語られる。93年にラテン系の同性愛者フリオ・リベラが殺害されたことがきっかけに始まったパレードは、民族を越えて街の人々に支持されてきた。映画では移民の人々の暮らしぶりとともに、LGBTのコミュニティについても視線が向けられている。

 また、街の商店では、再開発のために建物の家主から店を追い出される店主が今後の行く末について話し合っている。近年、ブルックリンやマンハッタンの土地、物価が高騰するなか、ニューヨークの中心部まで30分という距離にあるジャクソンハイツは再開発が進み、古くから店を営んでいる移民のオーナーは、家主から契約更新を断られることが増えている。彼らが出て行った後に出店を予定しているのは有名な大型チェーン店だ。さらにメキシコ移民による集会では、彼らを不法入国させた手配師たちや、彼らを低賃金で働かせて解雇する雇い主への怒りが爆発する。その一方で、ジャクソンハイツには。白人の裕福な階級の人々も住んでいる。老人たちの集まりでは、お金はたっぷりあるけれど、毎日が孤独で自殺する勇気がほしい、と90歳を超えた女性が溜め息をつく。

 モザイクのように散りばめられた人間模様から浮かび上がるのは、グローバリズム、移民、マイノリティなどアメリカが抱えている数々の問題だ。多民族が平和に共存しているようで、そこには越えられない壁や限界もある。例えば街をあげて支援しているはずのLGBTのコミュニティの会合では、警官から嫌がらせを受けたとトランスジェンダーの女性が訴える。ジャクソンハイツが抱えた問題は、そう簡単に解決されそうにない。それでも、この街の至る所で人々は集まり、額を寄せ合って問題を解決しようとしている。映画を観る限り人種間に緊張感はなく、通りには人が溢れ、様々な言葉や音楽が飛び交っている。そして、映画のラストでは、遠くにマンハッタンの高層ビル街を望みながら、下町のジャクソンハイツから小さな打ち上げ花火が上がる。

 世界中で排除と分断が進むなか、いま改めて問われている多様性を象徴する街、ジャクソンハイツ。ワイズマンは巧みな編集を通じて、街で繰り広げられる人間模様から、今の世界が抱える問題を庶民的な視線で浮かび上がらせていく。そこに具体的な解決方法が紹介されるわけではないが、人々の触れ合う姿に希望を感じさせる。例えば、末期ガンを患った父親を見舞いに行く女性が、街の清掃をしているボランティアの女性たちに声をかけ、一緒に父親のために祈ってもらうシークエンスは印象的だ。ジャクソンハイツは楽園ではない。差別や貧困から抜け出ようとしている大勢の人たちがいる。それでも、この街が不思議と魅力的に感じるとしたら、その理由は何なのか。そこに、これからの世界を考えていくうえでのヒントが隠されているのかもしれない。

(村尾泰郎)

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