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いま、最高の一本に出会える

橋本愛が語る、『告白』と上京当時の思い出 「日活撮影所に行くと胃が痛くなってしまって」

リアルサウンド

18/10/20(土) 12:00

 『ここは退屈迎えに来て』が10月19日に公開された。山内マリコの同名小説を映画化した本作は、2004年の高校時代から2013年までの時間軸の上で、みんなの憧れの的だった椎名くんを柱にキャラクターを交差させながら描く、痛く切ない群像劇。

 今回リアルサウンド映画部では、何者かになりたくて東京に出たけれど実家に戻った27歳の「私」を演じた橋本愛にインタビュー。もともと好きだったという原作への思いや、過去と向き合うことについて語ってもらった。(取材・文・写真=阿部桜子)

ーー『dele』(テレビ朝日系)にゲスト出演されたときもそうでしたが、今回の「私」は27歳という橋本さんより年上の役でしたね。

橋本愛(以下、橋本):「私」役は27歳という設定ですが、撮影したのはわたしが21歳にのときだったので、当時6歳の差がありました。この作品の中には、高校時代の「私」も出てくるので、演じ分けるにあたって、ほんの少しだけバレない程度に声のトーンや質感を意識しています。どちらかというと「私」というのは普遍の人というか、いい意味でも不本意な意味でも、あまり変わらない女性だったので、わかりやすく変化を表現しようという計画はありません。27歳の役だけど21歳のわたしが演じられると思った人がいるのでしょうから、じゃあもうそう見えるのだろうと信じるのみでした。でも意外とアイラインを入れるだけでもちょっと老けたりして、顔って面白いなと思いながら演じていました。

ーー橋本さんは、もともと原作が好きだったと聞いています。

橋本:小説は発売当時に読者として読んでいました。今回のお話をいただいたときに、この小説が映画化するんだと嬉しくて、さらに自分がもしかしたら関われるかも知れないと思ったときは、心踊りましたね。

ーー当時は「私」に思い入れはありましたか?

橋本:「私」というのは大人で、ある程度のバランスを獲得している女性だったので、読んでいてインパクトが強かったのは映画で門脇麦ちゃんが演じている「あたし」でした。早朝の静かな空気の青みがかった空の下を1人で歩いて、「誰か~」と叫んだらロシア人と会うっていうのは小説としても「なんだこれ」という面白さがありましたし、その空気感はすごく知っていて、好きだなと思ったのは覚えています。原作は冬だったのでキーンとした鼻に来る冷たさがあったのですが、映画の場合は夏なんだけどちょっとした肌寒さみたいなものがあって、朝焼けというか夜明けというか、あの絶妙な情景が好きでした。

ーー今回「私」を演じて、大切にしたことはなんでしょうか?

橋本:一番重要だったのは、椎名くん(成田凌)との心の距離感。サツキちゃん(柳ゆり菜)は、ずどんと地元から動いていないから、あのゲーセンで遊んだ1日とか椎名くんのようなスターの存在がずっしり心に残っている女の子でしたけど、「私」は結構行ったり来たりというか、椎名くんが色んな場所に点在しています。「私」にとっての椎名くんは、最初は別に固執もしていないけれど、とあるシーンでの言葉にある程度のショックを受けるくらいの存在ではあるんですね。2人の距離感がシーンごとに結構違っていて、このシーンはここにいるけれど、あのシーンはこっちだな、とか色々工夫しました。特にプールのシーンが1番ときめいたのは覚えています。面白いのは、「私」が椎名くんがいない場所で彼にときめいているところです。新保くん(渡辺大知)と話していて、「彼女に見えた」っていうのがすごく嬉しいっていう変な女の子なんですよね。

ーーでも結構女の子あるあるな気がします。他人に言われてようやく嬉しいみたいな。

橋本:すっごい浅はかだと思うんですけどね。でも青春って浅瀬のきらめきじゃないですか。プールも浅かったし、あれはたまたまですけど(笑)。あのシーンの浅瀬のキラキラ感が私はすごく心に残っていて、逆に大人になればなるほど、その浅さが認められなくなるし、どんどん深さを持った人から評価されていきますよね。その浅さが許されたときの輝きというのは、戻ってこないものだから、無鉄砲に楽しんでいるプールのシーンは美しくて痛いものだなと思っています。

ーー確かにそうですね。そういえば制服、久しぶりだったのではないでしょうか?

橋本:めちゃくちゃ久しぶりでした。そわそわしました(笑)。実際に短いスカートを履いて、制服で街を歩いたことがないので、演じてみて気が知れなかったですね。高校時代は制服を買わなかったので、持っていなかったんです。それに中学時代は、こだわりがなかったので、学年で1番スカートが長く、売っている見本の通り着ていました。背が伸びると自然とスカートの丈が短くなって、先生から怒られたのですが、「これそうなんだ?」と違反している自覚はなかったですね。みんなは可愛くしようとして短くするんですけど、私の場合は成長でした(笑)。

ーー橋本さんにとって高校時代はどんな印象でしたか?

橋本:高校時代は、わたしにとってフィールドが学校というよりは、こっちの現場だったので、学生生活というものがそんなに自分には根付いていません。こういう映画をやるときにいわゆる“キラキラした青春”を思い描くときは、全部中学校の思い出なんです。中学校のときは仕事を始めてはいたけれど、まだフィールドとしては学校が土台にあって、ちゃんと無鉄砲に楽しめていたので。今でもそれ以降の根付いている友人って全員中学生の頃の同級生で、夢にもその人たち以外出てこないんです。だから、高校も大学も充実している人って夢の中色んな人出てくるんじゃないかと思ったりします(笑)。

ーー今でも熊本の夢を見るんですか?

熊本:めちゃくちゃ見ます。授業受けたり、体育をしたり……。基本がノスタルジーな人間なので、あんまり良くないんですけれど、過去をさかのぼって、思い出しがちなんです。

ーーわたしは自分の声の録音を聞くのが嫌なくらい、1秒前が黒歴史です。

橋本:それは一緒ですよ(笑)。映画とか試写会とかあっても、できれば見たくないですし、録音してあとで聞こうとやっても再生ボタン押せないですね。自分の声を好きになるのって大事ですね。

ーーそれでは、本作のように過去を見つめることは好きなのですね。

橋本:そういう意味で、過去を振り返るというのはすごくやってしまいます。地元に帰った時も小学校の周りの道を歩いて、昔祭をやっていた神社を探してみたり。でも意外と見つからないんですよね。ここじゃなかったんだって、思い出せないことに悲しくなります。でも逆に、あの頃には知らなかった面白い景色や建物を見つけることもできます。なので、帰省したときは、昔の記憶と新しい発見が混ざった散歩をしています。

ーー逆に後悔は……?

橋本:やっぱり制服を買っておけばよかったと思います(笑)。あの時は学校というものに重きを置かないだろうと思っていたので、制服も高いし買わなくていいかなと思っていたんですけど、東京の街をブレザーで歩いてみたかったっていうのはあります。熊本で生まれ育って、熊本での学校生活がほとんどだから、東京で中学校の制服とかを見ると、ぎょっとしますし、この地で育つ人がいるんだって驚きます。「学生時代にここ来たわ」と言われたら驚くし、「渋谷区の保育園行ってた」と言われると「え~!」みたいな。

ーーこの物語には漠然と「東京」が存在していますが、橋本さんは「東京」に思い入れはありますか?

橋本:あんまり東京を東京として見ていないんだろうなと思います。どこに行っても好きになれないんですよ。あと、住んでいた場所は毎回嫌いになって引っ越しているんです、もう行きたくないくらい。住むたびに嫌いになってしまって、23区住んだら23区嫌いになってしまうかもしれないので、危険だなと思っているんですけど(笑)。東京というよりも場所って捉えていて、主観で生きているからかもしれないけど、結局どこ行っても同じだなというのはすごい思います。「ここがわたしの終の住処だ」みたいな風に思う場所ってないんじゃないかな。結局そこで何をしたかによると思います。そこで誰といたかとか、何をして自分がどうすごしたかによって、その場所が自分の中に根付くっていう意味だと、東京には楽しいも苦しいも存在しています。密度としては楽しいは少ないけれど、でも少ないからこそ1個1個楽しい瞬間をじっくり味わうように、貴重だぞと思いながら、楽しんでいますね。それは自分でバランスが取れている部分かもしれないです。

ーー「私」は何者かになりたくて東京に行きましたが、橋本さんは……?

橋本:わたしはまったくなくて、むしろ逆です。中学校がキラキラしていたから離れたくなくて、東京に半ば無理やり連れ出される感じで、赤ちゃんみたいに抵抗しました。その時は夢とか目標とか何にもなくて、ただ目まぐるしく変わる周りの状況とか環境に対してついていくのが精一杯だったので本当に記憶がなかったですね。ずっとしっくり来てなかったんでしょう。

ーーそれは『告白』のころでしょうか?

橋本:『告白』なんて中学生だったので意識も自覚もなにもなかったですね。結構つらい現場で監督も厳しかったので、愛情があっての厳しさというのは感じていたのですが、やっぱり力がないことに対しての苦しさがつらかったです。早く乗り切って帰りたいという気持ちはあったと思います。だからちょっと前まで日活撮影所に行くと胃が痛くなってしまっていて、悪夢の場所で(笑)。最近はむしろ「カモン」という感じなので、やっと過去の苦しさとか足りなさを補ってきたんだなあというのは日活撮影所で感じました。

ーー前向きになれるターニングポイントがあったのですか?

橋本:わたしの人生の始まりは『告白』だったのですが、この仕事をちゃんとやらなきゃだめだという社会人としての自覚が出てきたのが『桐島、部活やめるってよ』でした。最近気付いたんですけど、それ以降7年間くらい何もなかったんですね。もちろん細かいことはあったのですが、自分が大きく何かがガラッと変わるということはなくて。でも、まだ言えないんですけど、今やっている現場が人生で一番大きなターニングポイントになるだろうなと思っています。

ーー進化し続けているんですね。

橋本:進化しないと終わっちゃうから……。頑張ります(笑)。

ーー劇中ではオードリー・ヘプバーンの「何より大事なのは、人生を楽しむこと、幸せを感じること」という言葉が引用されていましたが、橋本さんの人生はどうですか?

橋本:今はそれよりも集中することがあるんですけど、ちょっと前までは自発的にそう思って過ごしていました。楽しまなきゃ損だなと。何かにつけて、良い点を見つけて、一見くだらなかったり、もっと言えば悪いものに見えているものの良いところを探して、それを自分に取り込むということはやっています。なのでその期間は健全で、生き生きしてるなと感じました。

ーー映画がお好きだと思いますが、最近心に残ったセリフはありますか?

橋本:細かく覚えてないけど、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』のラストシーンでの息子と父親の海辺のシーンは、3分間くらいで全部入ってくるほど圧巻でした。苦しいことも楽しいことも全部めぐり合わせで、自分にとって起こるべきことであって、その宿命感というのを圧倒的映像で説き伏せられたというか。すごく楽になりました。「あなたが僕を愛してくれなかったことで、僕は人を愛することを学びました」。それが言えるって最高だなと思って。何か不満を抱えていても、全部原動力に変えられるじゃないですか。でも魔法の言葉ではないんですよね、ただの事実でしかなくて。でもそれがすごく良かったです。

ーー本作のセリフも印象に残るものばかりだったと思います。

橋本:小説が素晴らしいですし、山内さんもセリフや言葉をどうしてもクサくしたくなく、ちゃんとみんなが腑に落ちる言葉選びにしようと気をつけたとおっしゃっていました。映画として脚本になると、届けるためのギリギリの言い回しになるのですが、山内さんのマインドを自分にも落とし込んだ、ちゃんと言葉の真実が伝わればいいなと思っていました。