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ぴあ

没後30年・小貫政之助 語りえぬ言葉

18/8/11(土)~18/9/23(日)

武蔵野市立吉祥寺美術館

画家・小貫政之助は、1925年、旧・東京市京橋区に生まれた。幼少期から画家を志していた小貫は、画塾や研究所で学んだのち、1943年に太平洋美術学校を卒業、画家としての一歩を踏み出す。第二次大戦中は軍需工場への徴用や陸軍への召集も経験するが、戦後は同世代の作家たちの影響も受けながら意欲的に制作、読売アンデパンダン展や自由美術展などの場で発表を重ねていった。しかし、反安保デモや反戦運動への参加を経て、1960年代後半には次第に世の芸術運動から距離を置くようになっていく。美術団体のあり方にも疑問を抱き、1968年には所属していた自由美術協会を退会。以降没年まで無所属のまま、小貫の言葉を借りれば「孤独な精神作業」としての制作に没頭し、自らの存在を「証言」するごとく画面に向かい続けた。
小貫においてしばしば注目される主題は“女”です。画業の初期からさまざまな女の姿をとらえ、後期にはひとつの様式美に昇華させている。一方で、生涯にわたっておびただしい数の自画像を描いているのも注目に値する。このほか、風景、花、魚など小貫自身の日常生活とかかわりが深いものを題材とした作品や、さまざまな技法をもちいた版画、材料研究のための試作などが多数残されている。
直木賞作家・黒岩重吾(1924-2003)との親交も印象的だ。黒岩の希望により『蒼ざめた虹』(新潮社、1970)の装画として使用されたのをきっかけに、その後の多数の黒岩小説を小貫の絵が飾ることとなった。小貫にとって黒岩は、多くを語らずとも通じ合う、貴重な友人のひとりであったという。
下町育ちで、いわゆる“江戸っ子”の気風をもっていた小貫だが、常にお洒落に気を配り、言動も小貫流の美学にもとづいていた。そういった姿が人びとに良くも悪くも強い印象を与え、ときに誤解を生むことにもなったが、実際の小貫は、心の内に埋めがたいものを抱えていたようだ。家族との関係や身近な人たちの死も、小貫の人生に影をおとしていた。小貫の絵は、年齢を重ねるごとに、独特のマチエールや、小貫ならではの技巧・様式がきわだっていく。硬質な感触の画面の奥には、彼が語りえなかった多くの言葉が込められているようだ。
小貫が世を去って30年を迎えた今夏、これまで公開されることのなかったスケッチや習作を含めた約100点によって、画家・小貫政之助の仕事を再考する。画面にしるされた小貫の“語りえぬ言葉”に向き合いつつ、画家として生きるということの奥深さを感じてほしい。

開催情報

10:00〜19:30、毎月最終水曜日休館

料金

一般300円、中高生100円

※小学生以下・65歳以上・障がい者の方は無料

出品作家

小貫政之助

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