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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

荘司福・荘司貴和子展-院展の巨星・創画の新星

19/4/20(土)~19/6/9(日)

平塚市美術館

荘司福(1910-2002、松本市生)は、女子美術専門学校師範科日本画部(現女子美術大学)卒業後、結婚して仙台に移り住む。夫と死別後の1941年河北新報社が主催する東北美術展(現河北美術展)に初入選し画家として出発した。1946年院展に初入選、郷倉千靱の画塾・草樹社の塾員となり研鑽を積むと、次第に院展で頭角を現し、1964年同人に推挙される。1967年以降千葉、東京を経て1975年に横浜に居を構え、画業の後半生を展開していく。作品は、初期の構成的な群像表現から、朽ちてゆく物象のモチーフを経て、1960~70年代には中国やインド、カンボジア、エジプトやケニアなどに取材旅行し、仏教遺跡やオリエントの神々の造形に着想を得て壮大なイメージを展開。さらに自然物や自然景を対象とした根源的な世界観の表現へと移行した。
荘司貴和子(1939-1979、神戸市生)は、東京藝術大学日本画科を卒業後、高校で教えながら制作活動に取り組んだ。1964年から新制作協会日本画部に出品を重ね、1973、74年には春季展賞を受賞して画家として頭角を現す。1974年に新制作協会を離脱した日本画部会員により創画会が結成されると、1978年まで創画展に出品。1975~78年にかけて連続して春季展賞を受賞し、その後の活躍が期待されたが、1979年腸癌のために39歳という若さで惜しまれながら死去する。旅先でみた自然や建物をモチーフにしたその抽象的な作品は、簡潔な構成の中に、どこか懐かしさを感じさせる情感と気品を漂わせ、見るものの心に迫る。
1971年以降、義理の親子として一緒に取材旅行に出かけ、それぞれの違いを認めながら制作に励んだ二人は、互いの才能に尊敬の念をもって相対した。本展では、92歳で没するまで人間や自然と真摯に向き合った荘司福と、若くして没したがゆえに広く知られることがなかった荘司貴和子の作品、併せて約50点を紹介する。

開催情報

ジャンル
美術館

9:30〜17:00、月曜日(ただし4月29日(月)、5月6日(月)は開館)、4月30日(火)、5月7日(火)休館

※入館は閉館の30分前まで

料金

一般800(640)円、高大生500(400)円

※( ) 内は20名以上の団体料金
※中学生以下、毎週土曜日の高校生は無料
※各種障がい者手帳をお持ちの方と付添1名は無料
※65歳以上の平塚市民の方は無料、市外在住の方は団体料金(年齢・住所を確認できるものをご提示ください)
※本展覧会の観覧券で同時開催の「空間に線を引く-彫刻とデッサン展」も観覧できます。

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